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幕間
1-7.5 シスターメランコリー
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突然だが、紫紺寺瑠羽はニートである。
いや、それは過言であったか。彼女は気が向くと虚構競魔宴武という現代魔導戯の解説役を務め、僅かばかりの収入を家ではなく自分の懐に収めている。紫紺寺瑠羽という少女は、そんな彼女なりの社会への奉仕を行うのだ、時折。
故に訂正しよう。
紫紺寺瑠羽は歷とした兄のヒモであり、引きこもりのフリーターであると。
とまあ、そんなぐうたら娘な彼女ではあったが、今日は珍しく複数の試合の解説をしていた。
そう、仕事を、勤労を、していたのだ。
しかし、彼女が家を出ることはない。それは彼女の仕事場が自宅である事に起因する。
そう、彼女は家を出ることなく働くことが可能なのだ。
それは、彼女の兄、裁駕がその同僚であるクレアに頼み込み実現した労働形態。元々は完全引きニート化していた妹の社会復帰の為に兄が奮闘し実現させた労働形態だったのだが、結局彼女の引きこもりを加速させてしまったという本末転倒なもの。
瑠羽の部屋にあるモニターに試合の様子を映し、クレアとの回線を設け、それ等に対する瑠羽の反応を観客用の映像に反映させる。それ等面倒なやり取りをクレアは全て一人で行っている。その功績によって瑠羽は自室に陣取りながら働くことが可能なのだった。
そんなわけで、自宅での一仕事を終えた瑠羽は自室でだらっとしていた。当然その小さな体とショートの白髪を、フード付きの一体型猫寝巻きに包み込ませながら。
しばらくそうして時折寝返りを打ちながらまどろんでいた瑠羽だったが、ふとむくっと起き上がった。
「おなか、すいた……」
そう言って彼女はとてとてとダイニングキッチンを目指して歩く。
そして、彼女が扉を開けた先では、改造黒セーラーを身に纏い毛先を遊ばせたロングの黒髪にギャルメイクといった出で立ちの通称なっちゃんと、上品な和服姿の大和撫子通称しょこたんという、対照的な黒髪美人がこれまた対照的な態度でテレビを見ていた。
かたや大変下品なあられもない格好で、かたやどこに出しても恥ずかしくないきちんとした正座で。
そんな二人の姿を見慣れていた瑠羽は、とくにそれに対してはこれといった感想を抱く事はなくキッチンへと向かう。ただ、兄がまだ帰っていなかったことに対し少しイラッとしながら。
すると、いつの間にか瑠羽の背後に立っていたしょうこが口を開く。
「サイ様であれば今日はお帰りになられないようですよ」
瑠羽は、自分の心の内を見透かされたようなしょうこの発言に、びくっと体を震わせた。
「……なんで、急ににぃのいはなし?」
「ネトラレの気を瑠羽ちゃんから感じましたので……。半兄妹だからと、抜け駆けは、ワタシ……きっときっと、許シません」
妄想虚構入り混じるしょうこの言葉に、瑠羽は引き気味で返答した。
「いや、なにそれ。わけわかめ」
「恋するモノ、皆嘘吐きです……。ワタシ、もう騙されません」
「あそ」
「瑠羽マジ塩対応、ウケる!」
少し離れたところで二人のやり取りを聞いていた愚者のストラージャが、背を向けながらそう言った。床をバシバシ片手で叩きながら、とても可笑しそうに。
「それより、るうにはそんな連絡来てないけど」
自分ではなくしょうこに連絡がいっているという事実に、小さなほっぺたをふくらませながら瑠羽はそう言った。普段無表情なその顔に、ちょっぴりむっとした成分が浮かぶ。
「ワタシにも連絡は来ていませんよ。だって、良妻センサーが働いただけですから……」
「あっ」
「で、出たー、しょこたんの良妻センサー! 今日もビンビンかよーー? ウケる!」
良妻センサーという言葉に、二人はいつも通りの反応をする。
良妻センサーとは、恋人の役のストラージャであるしょうこの不過業であると本人が強く主張している予知能力のようなものである。その効力は、彼女の想い人である裁駕の近況を、離れた場所にいながら妻としての直感で感じ取るというもの。恐らくはただ彼女の感がいいだけなのだが、あまりの的中率に本当に彼女の不過業なのではないかと、一部では囁かれていたりする。
「そういうわけですから、二人にはお夕飯を作ってありますが」
そう言って彼女が指し示した鍋には、美味しそうな匂いを放つほくほくの肉じゃがや焼き魚、おひたし等が用意されていた。
瑠羽は垂れそうになったよだれを細い指で拭うと、言う。
「じゃあたべる」
「うちもー」
「ワタシはもちろんサイ様が帰ってくるまでは手を付けませんので」
そう言いながら二人分の食器の用意をするしょうこ。彼女にとっての食事とは、夫との食事をおいて他にない。
「知ってる」
「知ってた」
そんな彼女のスタンスに慣れている二人は、いつも通りに返事をして食事の席に着く。
「これはもう二人の仲は公認ということでしょうか……。嗚呼……ウレシイ。嬉しいですサイ様。ゴールはもう目前なのですね……」
しょうこの目はここではない遠いどこかを見つめ、うっとりとしていた。
「なんかしょこたんまたトリップしてるし、とりまぱくつこっか」
「ん」
「「いただきます」」
そう言って二人は食事を始める。
しょうこの作った夕飯はやはり美味しかった。瑠羽はそう思う。しかし彼女はどこか物足りない気持ちになってしまう。それは贅沢な悩み。満たされているのに、それ故に寂しさを覚える。そんな、王様のような不満。
簡単な話、彼女はここ数日、兄と夕食を共にしていないことが不満だったのだ。
彼のつくる何ともいえない出来のチャーハンや、カレーが食べたかった。時々インスタント食品やハンバーガーなどのジャンクフードが突然食べたくなるような、そんな感覚なのだろうか。自分でもよく分からないけれど、瑠羽はそう思った。
あるいは、おかわりと言えば、嬉しそうに杯を受け取る彼のあの冴えない馬鹿面が見たかった。
今朝朝食を共にしはしたが、それきりだ。久々の休みだと言っていた癖に結局仕事に行ってしまったし、ちょっとしたことで喧嘩もしてしまった。それに、ちょっとやり過ぎたかなと思ったから、賭けのメッセも送ってやったのにまだ返事をよこさない。全くにぃは妹のことを好きだとか平然とのたまう恥ずかしいやつのくせに、るうの本質を全くわかってない。まあ、にぃはるうのことを知らないのだから当たり前か。
でも、でもでも。
全く、腹が立つ。
なんだか腹が立つので、やけ食い的におかわりをしようとお椀を持って立ち上がると、横からお椀をしょうこに持ち上げられた。
「サミシイ、ですか? 得てして、女とはそういうものなのです。ですが……それは殿方も同じなのですよ? ……お代わり、お持ちしますね」
しょうこのそのよくわからない言葉は、不思議な重みがあった。
それをしょうこなりの励ましなのだと受け取った瑠羽は、少し照れくささを覚える。
「……ありがと」
「うちもー」
「ハイ」
「うー、しょこたんマジ有能。あざまるー」
「居候の世話も良妻の務めですから……」
「それ言うならしょこたんもじゃん?」
「戯言を……悪い子にはしつけが必要。サイ様もわかってくれるはずです……」
「お? やるぅ?」
ヒートアップした二人はそれぞれ各々の武器に手をかけたが――
「けんかしたら強制送還ね」
その言葉で二人は矛を収めた。兄よりも妹の発言力の方がこの家では強いらしい。
そうして瑠羽が二人を嗜める頃、さっきからずっと垂れ流されていたテレビ番組が丁度バラエティからニュースへと切り替わるところだった。
『治安維持局、再び愉快犯逮捕』
テレビに示されたそのトピックに対し瑠羽達が反応する。
「あ、さっきの試合のやつだ」
「へー」
「サイ様のご活躍でしょうか!!!(ガタッ)」
「え、ちがうけど」
そして、次のトピックは瑠羽の度肝を抜いた。
『上帝戦開催』
「ふぇ!?」
ニュースは続く。
『なんと、突然の決定のようですが、明々後日の五月十四日、十四時より、上帝戦が開催される模様です。詳細は未定ですが、対戦カードは既に決定しているとのこと。治安維持局からは若手の紫紺寺裁駕警邏菅が抜擢され……』
「おー、てことはうちの出番? 嬉潮―!」
「嗚呼……サイ様……!」
「なに、これ?」
三者三様の反応を見せる中、瑠羽は衝撃で思わず手に持った箸を落としていた。
それもそのはず、上帝戦とは上帝直々に指定した選手同士が戦い、一般大衆だけでなく上帝も公に観覧を行うという虚構競魔宴武の花形試合。そんな重要な試合に兄が参加するとの急なニュース。瑠羽の驚きは無理のないものであった。
そして、それ以外の感情の昂まりも。
「そんなのどーでもいーから……、すぐかえってきてよ。………………ばか」
瑠羽はぼそっと、そう呟いた。
いや、それは過言であったか。彼女は気が向くと虚構競魔宴武という現代魔導戯の解説役を務め、僅かばかりの収入を家ではなく自分の懐に収めている。紫紺寺瑠羽という少女は、そんな彼女なりの社会への奉仕を行うのだ、時折。
故に訂正しよう。
紫紺寺瑠羽は歷とした兄のヒモであり、引きこもりのフリーターであると。
とまあ、そんなぐうたら娘な彼女ではあったが、今日は珍しく複数の試合の解説をしていた。
そう、仕事を、勤労を、していたのだ。
しかし、彼女が家を出ることはない。それは彼女の仕事場が自宅である事に起因する。
そう、彼女は家を出ることなく働くことが可能なのだ。
それは、彼女の兄、裁駕がその同僚であるクレアに頼み込み実現した労働形態。元々は完全引きニート化していた妹の社会復帰の為に兄が奮闘し実現させた労働形態だったのだが、結局彼女の引きこもりを加速させてしまったという本末転倒なもの。
瑠羽の部屋にあるモニターに試合の様子を映し、クレアとの回線を設け、それ等に対する瑠羽の反応を観客用の映像に反映させる。それ等面倒なやり取りをクレアは全て一人で行っている。その功績によって瑠羽は自室に陣取りながら働くことが可能なのだった。
そんなわけで、自宅での一仕事を終えた瑠羽は自室でだらっとしていた。当然その小さな体とショートの白髪を、フード付きの一体型猫寝巻きに包み込ませながら。
しばらくそうして時折寝返りを打ちながらまどろんでいた瑠羽だったが、ふとむくっと起き上がった。
「おなか、すいた……」
そう言って彼女はとてとてとダイニングキッチンを目指して歩く。
そして、彼女が扉を開けた先では、改造黒セーラーを身に纏い毛先を遊ばせたロングの黒髪にギャルメイクといった出で立ちの通称なっちゃんと、上品な和服姿の大和撫子通称しょこたんという、対照的な黒髪美人がこれまた対照的な態度でテレビを見ていた。
かたや大変下品なあられもない格好で、かたやどこに出しても恥ずかしくないきちんとした正座で。
そんな二人の姿を見慣れていた瑠羽は、とくにそれに対してはこれといった感想を抱く事はなくキッチンへと向かう。ただ、兄がまだ帰っていなかったことに対し少しイラッとしながら。
すると、いつの間にか瑠羽の背後に立っていたしょうこが口を開く。
「サイ様であれば今日はお帰りになられないようですよ」
瑠羽は、自分の心の内を見透かされたようなしょうこの発言に、びくっと体を震わせた。
「……なんで、急ににぃのいはなし?」
「ネトラレの気を瑠羽ちゃんから感じましたので……。半兄妹だからと、抜け駆けは、ワタシ……きっときっと、許シません」
妄想虚構入り混じるしょうこの言葉に、瑠羽は引き気味で返答した。
「いや、なにそれ。わけわかめ」
「恋するモノ、皆嘘吐きです……。ワタシ、もう騙されません」
「あそ」
「瑠羽マジ塩対応、ウケる!」
少し離れたところで二人のやり取りを聞いていた愚者のストラージャが、背を向けながらそう言った。床をバシバシ片手で叩きながら、とても可笑しそうに。
「それより、るうにはそんな連絡来てないけど」
自分ではなくしょうこに連絡がいっているという事実に、小さなほっぺたをふくらませながら瑠羽はそう言った。普段無表情なその顔に、ちょっぴりむっとした成分が浮かぶ。
「ワタシにも連絡は来ていませんよ。だって、良妻センサーが働いただけですから……」
「あっ」
「で、出たー、しょこたんの良妻センサー! 今日もビンビンかよーー? ウケる!」
良妻センサーという言葉に、二人はいつも通りの反応をする。
良妻センサーとは、恋人の役のストラージャであるしょうこの不過業であると本人が強く主張している予知能力のようなものである。その効力は、彼女の想い人である裁駕の近況を、離れた場所にいながら妻としての直感で感じ取るというもの。恐らくはただ彼女の感がいいだけなのだが、あまりの的中率に本当に彼女の不過業なのではないかと、一部では囁かれていたりする。
「そういうわけですから、二人にはお夕飯を作ってありますが」
そう言って彼女が指し示した鍋には、美味しそうな匂いを放つほくほくの肉じゃがや焼き魚、おひたし等が用意されていた。
瑠羽は垂れそうになったよだれを細い指で拭うと、言う。
「じゃあたべる」
「うちもー」
「ワタシはもちろんサイ様が帰ってくるまでは手を付けませんので」
そう言いながら二人分の食器の用意をするしょうこ。彼女にとっての食事とは、夫との食事をおいて他にない。
「知ってる」
「知ってた」
そんな彼女のスタンスに慣れている二人は、いつも通りに返事をして食事の席に着く。
「これはもう二人の仲は公認ということでしょうか……。嗚呼……ウレシイ。嬉しいですサイ様。ゴールはもう目前なのですね……」
しょうこの目はここではない遠いどこかを見つめ、うっとりとしていた。
「なんかしょこたんまたトリップしてるし、とりまぱくつこっか」
「ん」
「「いただきます」」
そう言って二人は食事を始める。
しょうこの作った夕飯はやはり美味しかった。瑠羽はそう思う。しかし彼女はどこか物足りない気持ちになってしまう。それは贅沢な悩み。満たされているのに、それ故に寂しさを覚える。そんな、王様のような不満。
簡単な話、彼女はここ数日、兄と夕食を共にしていないことが不満だったのだ。
彼のつくる何ともいえない出来のチャーハンや、カレーが食べたかった。時々インスタント食品やハンバーガーなどのジャンクフードが突然食べたくなるような、そんな感覚なのだろうか。自分でもよく分からないけれど、瑠羽はそう思った。
あるいは、おかわりと言えば、嬉しそうに杯を受け取る彼のあの冴えない馬鹿面が見たかった。
今朝朝食を共にしはしたが、それきりだ。久々の休みだと言っていた癖に結局仕事に行ってしまったし、ちょっとしたことで喧嘩もしてしまった。それに、ちょっとやり過ぎたかなと思ったから、賭けのメッセも送ってやったのにまだ返事をよこさない。全くにぃは妹のことを好きだとか平然とのたまう恥ずかしいやつのくせに、るうの本質を全くわかってない。まあ、にぃはるうのことを知らないのだから当たり前か。
でも、でもでも。
全く、腹が立つ。
なんだか腹が立つので、やけ食い的におかわりをしようとお椀を持って立ち上がると、横からお椀をしょうこに持ち上げられた。
「サミシイ、ですか? 得てして、女とはそういうものなのです。ですが……それは殿方も同じなのですよ? ……お代わり、お持ちしますね」
しょうこのそのよくわからない言葉は、不思議な重みがあった。
それをしょうこなりの励ましなのだと受け取った瑠羽は、少し照れくささを覚える。
「……ありがと」
「うちもー」
「ハイ」
「うー、しょこたんマジ有能。あざまるー」
「居候の世話も良妻の務めですから……」
「それ言うならしょこたんもじゃん?」
「戯言を……悪い子にはしつけが必要。サイ様もわかってくれるはずです……」
「お? やるぅ?」
ヒートアップした二人はそれぞれ各々の武器に手をかけたが――
「けんかしたら強制送還ね」
その言葉で二人は矛を収めた。兄よりも妹の発言力の方がこの家では強いらしい。
そうして瑠羽が二人を嗜める頃、さっきからずっと垂れ流されていたテレビ番組が丁度バラエティからニュースへと切り替わるところだった。
『治安維持局、再び愉快犯逮捕』
テレビに示されたそのトピックに対し瑠羽達が反応する。
「あ、さっきの試合のやつだ」
「へー」
「サイ様のご活躍でしょうか!!!(ガタッ)」
「え、ちがうけど」
そして、次のトピックは瑠羽の度肝を抜いた。
『上帝戦開催』
「ふぇ!?」
ニュースは続く。
『なんと、突然の決定のようですが、明々後日の五月十四日、十四時より、上帝戦が開催される模様です。詳細は未定ですが、対戦カードは既に決定しているとのこと。治安維持局からは若手の紫紺寺裁駕警邏菅が抜擢され……』
「おー、てことはうちの出番? 嬉潮―!」
「嗚呼……サイ様……!」
「なに、これ?」
三者三様の反応を見せる中、瑠羽は衝撃で思わず手に持った箸を落としていた。
それもそのはず、上帝戦とは上帝直々に指定した選手同士が戦い、一般大衆だけでなく上帝も公に観覧を行うという虚構競魔宴武の花形試合。そんな重要な試合に兄が参加するとの急なニュース。瑠羽の驚きは無理のないものであった。
そして、それ以外の感情の昂まりも。
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