夏の星

変態バク

文字の大きさ

大中小

56 / 60

46. PM.夏、雨の夜。

56

しおりを挟む

「夏よ」

「何も言わないで」

ヨルムは表情の変化なしに淡々とハンビョルの言葉を切った。冷たい口調にひるんだハンビョルは固い表情で口をつぐむおぼろげな視線で夏を見つめた。

どうかそんなふうに見ないでほしいと叫びたかった。だからといって彼の罪が消えるわけではないから。

「元気だった？」

「何も言うなって言ったじゃないか。私があなたのせいでどれだけ被害を受けたら胸が楽になるか。片方の腕も足りないのか？」

「私は…ただ、だから」

晴れた夏の反応にハンビョルは慌てた姿を隠すことができなかった。あちこちで途方に暮れた視線が元の位置に戻った。ずっと冷たく彼に接していた夏は、息が詰まるようなこの場が嫌だった。

沈黙が長くなるほど、彼らの間のぎこちなさも長くなった。

「私たちの話は後でしよう、ここで言うことではないと思う」

「いつか」

「近いうちに、私が理性的に考えることができるとき」

「待てばいいの？そのまま待てばいいのか」

自然に行動していたさっきと違って、ハンビョルは焦っていた。たった一週間が過ぎただけなのに、彼は世の中の悲しみをすべて背負った表情をした。

せいぜい一週間にだ。哀れな視線に向き合った夏は、突然何かが浮かんだ。

「あなた、退院して間もない時。イ·ハナとスキャンダルになったじゃん」

ヨルムはわざとそのことを口にしながらハンビョルに向かって淡い微笑を投げた。その時、私の気持ちがどうだったのか教えてあげたかった。

「気分がどんなに悪かったか。あの時私を慰めてくれた人は誰だったと思う？うちの先生。その人」

衝撃を受けたハンビョルをめぐって、夏はゆっくりと席を立った。結局、こうなった。知らない. ユ·ハンビョルのためにイ·スンジェを送ったが、だからといってこいつが受け入れるには傷があまりにも大きかった。

むしろハンビョルが覚えていなかった時がもっと楽だった。やっと行くことにしたのに原点に戻った夏は、奴も自分が経験した痛み、悲しみ、苦痛、そして裏切られた気持ち。すべてを味わわせたかった。

「驚くな、まだ驚くことは多いから。君が覚えていた私。ないよ」

微動だにしない限り、星を冷たく通り過ぎてドアを開ける直前。夏の背後でやつがひそひそとつぶやいた。

「それでも待つよ。君の連絡、待ってるよ」

ハンビョルを一人にして、夏は閉ざされたドアの前で長いため息をついた。よくやった。こんなに自分を慰めたが心が安らかではなかった。

急いで足を運んだ夏がトイレの前に到着したばかりだった。そっと開いた戸の隙間から父と兄の声が聞こえた。

「再契約できなかったらどうするつもりでそんなことを言うの」

「大丈夫ですよ、ユ·ハンビョルと契約したのも私が無理してしたのもあるじゃないですか。心配しないでください. 私が勝手にします。お父さんはヨルムにもっと気を使ってください」

私の名前が出ると、盗み聞きしていた夏はさらに耳をそばだてた。

「…上手くやりたいけど、それが思い通りにいかない」

「努力しないと。たまに呼んで美味しいものも食べて、お小遣いもくれて。二人きりで和やかな時間をちょっと持ってください。息子じゃないですか」

「今度は本当に私たち三人で来ることにしよう」

「ヨルムが作って、こじんまりと食べなさいって言ったのに、なんで私が挟まるんですか？いやです。今までお父さんの食事の相手をするのが大変だったので、これからヨルムにバトンタッチしようと思います」

「ヨ·スンミン、これでいいの？あなたも私の息子じゃん。だからもっと一緒にやらないと。 3人で」

母親が夏に作ってあげたかったというのが、このような家族だったら悪くなかった。一人で世の中を生きていくよりは、兄がいて父がいる方が心強いはずだから。

密かに盗み聞きしていることも忘れたまま、夏の口元に淡い笑みが広がった。

「お父さん。私、ヨルムに似ていますか？」

流れに合わない突拍子もない兄の質問が続いた。似ていたかな？夏は自分の姿と兄を頭の中で比べてみた。そうだ。首をかしげた夏と違って、父はためらうことなく答えた。

「そうだよ、兄弟だから似てるんだよ。この前見たら、あなたもヨルムも私に似て足がブサイクだったよ。もっと言ってくれか？」

「いいえ、結構です。それで結構です」

「味が薄いのはありがたい。君がいるから一安心した。ヨルムのいいお兄さんになってくれてありがとう」

こっそりと戸の隙間から中をのぞき込んだ夏は、洗面台の前で手を洗っている二人を見た。どういうわけか、鏡の中の兄の表情は雰囲気と違って悲しそうだった。

初めて見る兄の見慣れない表情にヨルムは彼から目を離すことができなかった。なぜだろうか。何が兄を悲しませるのだろうか。どんな理由でも構わないが、自分のせいではなかったらと思った。

もう兄は夏にとって誰よりも大切な家族だった。

*

ハンビョルは大きくため息をついた。地面が崩れるように長く伸びたため息を何度も吐くと、見るに見かねたイチーム長がかっと叫んだ。

「いい加減にしろ！あ、もう！運転に集中しないように！」

「はあ…」

にもかかわらず、ハンビョルはまたため息をついた。何気なく座っているのをバックミラーでちらりと見た李チーム長は、やむを得ず理由を尋ねた。

「またどうしたんですか。私を捨ててヨルムさんに会ったら今飛び回らなければならないんじゃないですか？正直、私その日副代表にすごく怒られたんですよ？私、首が飛んで行きそうになったの知らないでしょう？"

「はあ…」

「私、妻子持ちなんですよ？私がクビになったら、ハンビョルさんがうちの家族に食べさせるわけでもないじゃないですか。だから、お願いだから、私にこんなことしないでください」

「イチーム長」

「なぜですか？」

「申し訳ないと謝ってぶら下がっていたのに、受け入れてくれなかったらどうすればいいでしょうか？”

「それなら諦めないと」

焦点のない目で空中を凝視していたハンビョルの視線がイチーム長の後頭部を睨んだ。言葉なら甘いと思うか。瞬間、気分が悪くなったハンビョルは長い足を上げて運転席をバタバタさせた。

ここしばらく使っていないが、技術は錆びなかった。

「私と戦ってみようということですね？そうでしょう？」

「運転しているじゃないですか！運転！」

「運転であれ何であれ！今頭にきて死にそうなのにそれが問題だ！え？諦めろ！私がクビにしてあげようか？」

目を光らせながら運転席を力強く蹴っていたハンビョルは、すぐに再び力なく倒れた。一度ため息をついて落ち込んで座っていると、イチーム長が狂った奴を見るように眺めているのが感じられた。

わかる。今誰が見ても自分は気が狂っているように見えるだろう。

イチーム長の言葉のように放棄すれば楽だが、それが言葉のように簡単にはならなかった。 10年間、記憶から消す時はいつで、今になってようやく体と心は「夏が見たい」と叫んだ。

毎日夏が思い出され、会いたくて狂いそうだ。だからといって、この前のように偶然を装った出会いをしようとすると、私の境遇が惨めに見えた。

「あまり焦らずに待ってみてください。ヨルムさんが連絡くれると言ったそうですね。代表が嘘をつく方でもないし。事故を起こさずに仕事を頑張っていたら連絡が来るでしょう」

「……そうしましょうか？」

「だから誰が毎晩クラブのようなところに行きなさいと言うの？こうなると思ったんだって」

李チーム長が独り言を言う声をハンビョルははっきり聞いた。人気者なのに、ああなんだって。目を伏せて問い詰めようとした時だった。ハンビョルの携帯電話が鳴った。

夏かな？最近ずっとこうだった。携帯電話が鳴ると、「夏かな」と思って、わくわくした。もちろん、そんなことはないということを誰よりもよく知っているが…。

やはりそうではなかった。ハンビョルは固い表情で携帯電話をじっと見つめた。そうするうちに突然電源を切ってしまった。

お母さんからの電話だった。一度電話がかかってきたら、1時間の間に数十通することを知っているので、消してしまった方が楽だった。

「イチーム長、もしかしてうちのお母さん最近も連絡来てますか？」

「はい、まあ…」

イチーム長が困った様子で答えると、ハンビョルは口の中が書いた。

「無視してください。絶対に受け取らないでください」

ハンビョルの記憶が戻ってきたその日から、彼女が持っていたハンビョル名義のカードは全て解約した状態だった。名も大俳優というタイトルが前につくが、彼女の演技力はそれほど良い方ではなかった。

どういうわけか、若い頃に撮った数本の映画とともに、ドラマもうまくいったケースだった。俗語で運が良かっただけだ。

年を取るにつれて演じられる役は限られているが、彼女はいつも若くて美しい役ばかり固執していた。だから当然、この地から排除されるしかない。

それでも彼女が時々放送出演ができたのはユ·ハンビョルのためだった。

10年間ハンビョルの恩恵を受けて暮らしたので、もうやめる時になったようだ。これまで彼女が使ったお金を会計士と計算してみたが、思ったよりはるかに深刻な状態だった。当然その金の行方は分からなかった。

ただでさえ頭が複雑なのに、母親のために神経がさらに鋭くなったハンビョルは目をぎゅっと閉じた。大きく息を吸って吐き出すと、心が落ち着くと思ったのに。

むしろ夏がもっと切実に思い出される。

「はあ…」

「やめろって？」

「はあ…」

今日に限ってハンビョルはイチーム長の小言より夏の小言がとても懐かしかった。

しおりを挟む