好奇心

sandalwood

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第6話「愉快さの伝染」

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 男がトイレに行っている隙に、僕は彼の憩いのスペースに腰かける。ランドセルを床に置き、彼が読んでいた本を確認した。

 裏返して表紙を見ると、『将来の夢探し!職業ガイド二五〇』というガイドブックだった。なんでこの乗り物関連の棚に置かれているのかはわからなかったけれど、あの年で将来の夢もないものだろうと、思わず苦い笑いを浮かべた。
 よく見ると、ところどころに付箋ふせんが貼られていた。全部で四箇所。僕はなるほどと思った。

 一つ目の付箋のページには、男性が大型トラックを笑顔で運転する絵と、運転手の仕事内容が書かれている。「トラック行っちゃった」はこれのことだろう。
 二つ目の付箋が貼られたページを開くと、ディスクジョッキーがレコードをしゃかしゃかと回している絵や、それに関する詳しい説明がのっていた。「CD再生」はたぶんこれだ。

 三つ目は、セールスマンの仕事について記載があった。ページを眺めると、実際に家庭を訪ねて英会話のカセットテープを売り歩く写真が何枚か掲載されている。セールスマンにではなく、手に持っているカセットテープに目が行くというのが変わっているなと思った。
 そして四つ目。これはもう見たまんまだ。病院のイラストと、看護師の写真がある。特に場所を特定する記載はないのに、なぜ「府中病院」なのかは謎だ。

 とにかく、男の謎めいた四つのフレーズの出どころがわかってやれやれと思った直後、人の気配を感じた。
 顔を上げると、用を足してすっきりしたのであろう中年男が、物珍しそうな表情で立っていた。
 どうしたらいいか迷ったが、ひとまずその場から立ち上がる。僕のほうが頭ひとつ分ぐらい小さい。

 次の瞬間、とんでもないことが起こった。
 彼は、僕の両肩をつかんで頭突きしてきた。それも三連発。
 僕はよろめき、ガイドブックを持ったまま倒れ込んだ。

 見上げると、男はいつもの楽しげな顔に戻っていた。こっちは、なにがなんだかわからず混乱しているっていうのに。連続頭突きですっかり頭がくらくらしている。
 男はくるりと背を向け、またもや大股で走り出す。追いかける元気がないのは言うに及ばない。さっきと同じく扉の閉まる激しい音が聞こえたから、たぶんまたトイレだろう。ついさっき行ったばかりなのに、またトイレに入ってなにをしているのかは謎だ。
 
 男がいなくなると、それまで傍観していた女性職員が駆け寄ってきて、僕を別室に運んで手当てをしてくれた。まあ、手当てと言っても外傷はないから、アイスノンベルトを貼っただけなんだけど。
 しばらく横になって休むと回復したので、閉館のチャイムを聴きながら図書館をあとにした。ランドセルが、来たときよりも重く感じる。

 
 昨日の出来事はいったいなんだったのだろう。
 ひと晩たっても、僕にはさっぱりわからなかった。

 世の中には知らないことや、理解しようとしても困難なことがたくさんあふれている。それはよくわかっていたつもりだ。
 僕は、昨日ほどそれを身にしみて感じたことはない。怖かったし痛かったし理不尽だと思った。でも、探検でもしているような気分で、ちょっと楽しかった。

 僕の脳裏には、あの男の愉快そうな顔がくっきりと張りついていた。
 いろいろと不安なことはあるけれど、あの顔を思い出すと、なんだか大丈夫な気がしてきた。何かを知ろうとするときって、あんなふうに無防備で、純粋な気持ちだったのかもしれない。これまでの短い人生を振り返りながら、しみじみと思った。
 
 こういう気持ちは、これからも大切にしたほうがいいな。ここ最近は受験勉強に疲れていて、そんな感覚も薄れていたかもしれない。


「池下ぁ、ドッジボールやるかー? 今日塾まで時間あるんだろー?」
 帰りの会が終わるやいなや、都筑の爽やかな声が耳を揺らす。

「うん、やろうぜ!」

 来週からの勉強場所をどこにしようかと考えながら、都筑たちと駆け足で教室を飛び出した。(完)
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