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1話 ただの戯れ
しおりを挟む<ギィド視点>
掲示板に手配書を貼る、俺の背後に微弱な気配。
おそらく、常人では気がつかないであろうそれに。
俺は腰の短刀を引き抜いて、後ろを振り返らずに『奴』へと突きつける。
「それ以上近づくな」
最近はコイツばかりに使っている気がする、凄みを利かせた声でそう言う。
「コイツをぶっ刺されたくなかったら、さっさと消えろ」
切っ先は、背後の男の鳩尾部分に紙一枚の距離。
普通なら、大抵の相手は胆を冷やして引き下がるのだが。
「そうだねぇ、刺されるのは嫌だから、ソレ仕舞ってくれるとありがたいんだけど」
間延びした声に反して、「奴」がふっと、揺れる気配。
反射的に気配を凪ぐように払った切っ先は何も掴まず、身を翻してもう1つ短刀を引き抜いて奴を捕らえようとするが、時はすでに遅かった。
「っ」
反転する視界。
受身をわざと壊されるように引き倒され、しこたま背中を打ち付け詰まる息に、生理的に涙がにじんむ。
歪んだ先に映るのはここ最近やたらと見ることの多くなった天井と、
「チェックメィト。あんたの負け」
ご丁寧に俺の腕を踏みつけて、しかも足の腱にしっかりと俺の短剣で狙いを定めて笑う鉄錆色の髪の男。
――シャルトーの顔だった。
「いい加減さァ、諦めない?」
今まで何度注意したことか。カウンターに座るなと言うもの馬鹿らしくなるほど、いつものようにL字の角に腰を下ろすシャルトーを、俺は見ない様にして、糞面倒な依頼書の選別にかかる。
「アンタの主張も解らなくは無いよ? でも無理があるでショ、基本的に」
コレはAランク、コレはEランク、この依頼元はブラックリスト、と、仕分けする所にごろんと奴が転がってくる。カウンターに横になる馬鹿をけり落としてやろうかと思うが、相手にすると、その分疲れることを常々味わってきた俺は、きわめて何事もないようにして依頼書をファイルに入れた。
「現役引退してギルドの受付、しかも足の悪いアンタが現役エースの俺に勝てるわけないじゃんネェ?」
「……ブツブツ独り言がウルセェぞ、キチガイなら別の所でやってくんねえか」
右から左、右から左と、シャルトーの話を耳に入れないようにと心がけていたが、随分と舐めた言い方に腹が立ち、つい、そんな返しを入れてしまうと。
「俺はちゃんとギィドに話してるつもりなんだけど。なにアンタ、年だからって耳まで遠くなった?」
「……っ!」
「おっと!」
「っち」
「危ないなぁ、顔面に肘鉄は危険でショ。まあいいけど、なに? もう1ラウンドする? でも俺今日の分まだだけど、約束違えるのはどうしようか?」
今度は完全に捕らえたと思った、そんな肘を擦れ擦れで――しかし確実にかわして。カウンターから飛びき、奴は俺から距離をとる。相変らず憎らしいほどいい動きだ。先ほどの言葉が、誇張でもなく本当にギルドの筆頭株であるコイツの実力を苦々しく思う。
いくら現役を引退したところで、伊達に気の荒い野郎共を取り仕切るギルドの受付やっているわけじゃない。こういう馬鹿な口や行動を、俺のテリトリー内で起こそうとする奴は、軽くすごんだり、時には二、三発入れていなすのだが……
「別にやるのは良いんだけど、うっかりさ、殺しちゃったりしそうで困るんだよね。俺結構アンタのこと気に入ってるからそれは避けたいんだけど。アンタもそうだろ?」
へらりと、何も知らない人間が聞けば冗談に聞こえる言葉だが、それを本当にやらかす実力を、コイツは持っているから性質が悪い。
ギルドの中は基本的に実力主義だ。
強い奴に慕う。ソレが嫌なら自分がのし上がるか、さっさとギルドを抜けて一般市民になれば良い。一般人に手を出さない事がギルドの指針だから、ギルド内じゃ自業自得な事が多少法律の下で守られるようになる。
だが、ギルドなんてものは、ちんけなプライドがたくさんひしめき合って成り立ってる世界だ。大抵は尻尾を巻いて逃げるくらいなら、屈辱に耐えて、なけなしのプライドがそんな程度の屈辱はでは傷がつかないと振舞う。
そして俺も、そんなどうしようもないプライドにしがみついている人間の一人だった。
「……ちっ」
「また部屋に移動するの、別にここでも良いでしょ?」
カウンターに外出中の札を立てて、適当な依頼書は出しっぱなしに、重要なのは引き出しに仕舞い鍵をかけた俺に、シャルトーがひょいと首をかしげる。
「俺はさらし者になる気はないんでな……それに」
「それに?」
カウンター奥の廊下の突き当たり、適当な物を放り込んだ物置に入りながら、俺は最近コイツの所為で増えたもう一つ頭の痛い出来事を思い出してため息をつく。
「お前の所為で増えてるんだよ、お前と同じこと言ってくる馬鹿が」
「ああ、それは忌々しき事態だな」
「あぁ?」
てっきり奴の気違った性格から「それは当然」とばかりなことを言うと思ったが、お仲間の存在を否定するような言葉を、俺は意外に感じてシャルトーを見やる。すると奴は妙に真剣な顔をして。
「アンタの価値を解ってない素人に磨耗されるなんて困る。コレは俺のものなのに」
「勝手に人のもんを自分のもんにすんじゃ、っ!」
伸ばされる手を、叩き落とそうとして逆に腕を掴まれる。
「約束。いい加減もったいぶらないでよ。そろそろ俺、我慢の限界」
ね、と首をかしげながら、ざくざくと殺気を飛ばす。
(――この、くそがっ)
静かに告げられた言葉に、一瞬背筋の毛が逆立ったこ事が許せない。
自分より、細く見えるはずの手に掴まれた腕はびくともしない上に、ギリギリと締め上げてくる。明日、先ほど踏みつけられたものにプラス、この手形もあわせて跡が残るのだろうと思うと、悪態をどこにはき捨てても足りないほどだった。
(全く、この俺がこんな目に会う日が来るなんてな……)
思わず、愚痴が漏れそうになるのを噛み締めてこらえる。
受付なんて仕事をしてるが、コレでも現役ではギルドの5本の指に含まれれるほどなのだ。
しかしそれが悔しいことに過去形である現在にこれ以上、抵抗するのは無様なだけだと開き直るしかない。コイツと、今の俺の力の差は否応にも日々のやり取りで身にしみてわかっている。
「……わかった、約束は守るから、手ぇ離せ」
此方が力を抜いてそう言うと、シャルトーはあっさり手を離した。
俺が一旦腹を括ると、もう抵抗しないというのをコイツもここの所のやり取りで心得ていた。
「約束は30分」
「ギィド座ってくれないかな、触りにくい」
「……立ってても触れるだろうが」
ため息をつき、そう言いながら、俺は床に腰を下ろしつつポケットをさぐる。キッカリと30分を計る為に時計を取り出して、針の動きに視線を落とすのと同時に真っ直ぐに自分に伸びてくる手の気配。
……全く、なんでこんな事になっているのか。
やんわりとシャルトーの手が俺の頭に触れるのを感じながら、俺はつと、ことの始まりを振り返った。
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