触れるな危険

紀村 紀壱

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2話 今は、ただそれだけ

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 <シャルトー視点>



 厳つい顔に、ガタイのいい体。
 何よりひとたび此方が殺気を見せれば、表情を変えず瞬時に隙を殺す所作にコレで引退なんて勿体無いな、と思った。


 でも、それだけ。


 彼は……ギィドはただのギルドの受付で。
 今までどおりギルドは流れ着いたこの町に慣れるまで、ちょっとした足掛かりを作るまでの繋ぎだったのに。
 まさかこんな所に足繁く通う事になるなんて、思いもしないことだった。
 伸ばした手の下でギィドはムッツリと口をへの字に結んだまま、じっと手の中の時計を見ている。さっさとこの時間が終わればいいと思っているんだろう不機嫌そうなその顔は、小さい子どもに見せたらきっと泣き出すんだろうなと思うくらい凶悪だ。本当にこのおっさんはごつごつして、どこもかしこもまるで俺の好みのものとは正反対なのに。
 短く刈り込まれているのに、触れる手には心地よい柔らかで優しい感触。
 薄い胡桃色のギィドの髪は。
 まるでふわふわとココだけが別の生き物を触っているかのように柔らかで、俺はつい目を細めてその感触を楽しんだ。






 俺は毛皮が大好きだ。


 いつの頃からか……多分結構小さな頃からだ。
 細かく言うのなら『手触りのいい毛』を、常日頃傍において、触れないと気がすまなかった。
 冬場の外套が毛皮なのはモチロンの事。
 夏場でも、さすがに暑苦しいので着込むということは無いが、大なり小なり、毛皮を身につけておかないと落ち着かなかった。
 毛皮屋は報酬を持って一番に行く場所で、酒を飲むより、女を買うより、何よりもまず毛皮を買う。
 俺のこの嗜好は周りには多少特異に映るらしく、気がつくと名が売れ始めるのと同時に通り名がついていた。
 その通り名はこの町にも届いていたらしく。
『おう、なんだお前。まさか、毛皮屋か?』
 そろそろ通うことも少なくなるだろうギルドに、足をむけたときだ。受付に見慣れない男がいた。左眉から首にかけて大きな傷跡。ヒゲ面で無造作に髪を肩まで伸ばしたその男は、受付に上半身を預けるように肘を突いてギイドと話し込んでいて。受付にやってきた俺を上から下まで見て、茶化すように俺の通り名を口にした。
『残念ながら毛皮屋でも、アンタの汚い髪は買い取れないけど』
『はっはー! 言ってくれるじゃねぇか、てめぇ、マジで毛皮屋シャルトーか』
 俺の返答に、男は大口を空けて笑った。それでいてその目の奥は笑わないで俺を見ている。
 つと一歩足を踏み込むと、男の殺気が刺さった。
 あからさまな挑発だ。
 面白い、と、彼にそのまま殺気をぶつけ返して。腰に携えた得物に手を伸ばそうとした、そんな所で。
『馬鹿、ここで面倒を起こすな』
 つと水を差す一言。
『ああ? ギィ、ノリが悪いぜぇ。いいだろちょっとくらい』
『……出てけ』
『……………………しっかたねぇなぁ』
 軽く一戦交えるかと思ったが、ギィドの言葉に拍子抜けみたいに男はあっさりと引く。受付のカウンターをまるで明け渡すかのように体を横にずらすと。
『残念、チャンバラはまた今度だとさ』
 ひょいとお手上げのポーズ。
 そんな様子にすっかり俺も毒気を抜かされてしまう。
 ギィドの物言いはざっくりと乱暴だが、それでいていつもの相手を威圧する気配はなかった。それにもかかわらず男は先ほどまで溢れ出すように放っていた殺気をすとんとなくしてしまって。
 二人のやり取りから、随分とこの男とギィドは気の知れた仲であることを意外に思いつつ、俺は報告書をカウンターの上へ乗せる。
『それにしてもなんだな。噂通り、マジで毛皮をつけてんだな』
『ん?』
『初秋つっても、まだあちいだろ、それ。寒がりなのか?』
 先ほどのからかうような声色とは打って変わって、感心したような言葉に、傷跡の男を見やると、男は俺の腰に巻いた毛皮を、興味津々と言った様子で見ていた。
『いや単に手触りが好きなだけだな。それにそれほど暑くない』
『へぇ。手触りねぇ……お、マジでいいなこれ』
 無遠慮に伸ばされる手に、あまり触れて欲しくは無いと、すっと身を引くと。
『なんだよ、尻の穴ちっちぇー奴だなぁ、もっと触らしてくれてもいいだろうに』
 あからさまに不満一杯という顔でブーイング。
 短い間でよく表情の変わる男だ。
 そう思っていると、またころっと表情を一転させ、今度はにやりと笑ったかと思うと。
『じゃあ、コイツの頭とかどうよ』
 唐突に、横にいたギィドの頭をがっちりと腕の中に押さえ込んだ。
『おいっジャグ! はなせ、クソがっ!』
『まぁまぁ、逃げるなって、おら、マジ笑えるから触ってみろよ』
 誰だって、急にそんな事をされりゃあ、怒るだろう。
 怒鳴って抵抗するギィドをジャグと呼ばれた男は全く悪びれた様子もなく、ギィドの頭をガシガシと乱暴に撫でながらそういって誘う。
 だいの大人が、まるでガキのようだ。思わず呆れるのも忘れてあっけに取られる。
 そんな俺の様子に男は構いもせず。
『コイツ、こんなゴッツイ顔してるくせに髪が超ふわふわで、伸びるとスゲーんだよ。ふわふわ大爆発っての? だから、短いんだせ』
 意味がわからないたとえに、訳がわからない。
 くっくっくと、何かを思い出したように笑う男を尻目に、正直、おっさんの頭なんぞ、触りたくもないと思う。しかしながら、男の言葉に興味を引かれたのも事実で。
 まあ、そんなに、はっきり言って、まったく期待せずに手を伸ばして。
 触れたその髪の感触に。


 こともあろうに、俺は、一発で陥落してしまったのだ。






「アンタさぁ、髪伸ばさない?」
「断る」
 指先で撫でたり、手のひらで包み込んでみたり。
 ギィドの髪の感触を楽しみながら俺が呟いた提案は、さっくりと瞬殺された。
「わかってないなぁ、こうふわふわした毛の中に、ズボーって手を突っ込んだりしたいって夢じゃん、ねぇ?」
「……それは、お前だけだろう」
 深い、ため息。
 でもその後に、ギィドは見た目と違って、意外と律儀に相槌を打つ。
 争いごとも揉め事も我関せず、勝手にやってろな無関心な主義かと見た目で思っていたが。
 態度にでないし、そんなに饒舌というわけじゃないが、なんだかんだとこのオッサンは面倒見がいいタイプなのだと気がついたのは最近のことだ。
 あの傷の男、ジャグとの関係だって。
 ぱっと見は落ち着いたギィドの方が年上の様に見えるのに、実はジャグが5歳も年上で。普段はギルド内を上手くあしらっているギィドが、あの男の前ではよく調子を狂わされてはやり込められ、感情を露にしたりしている。
 なんだか色々と、このオッサンはギャップがあって面白い。
 そんな事を近頃、よく思うようになって来た。
 ついでに。
「まあ俺は、短い髪も嫌いじゃないけどね」
 親指で項の短い髪を逆撫でするようになぞる。
 普通ならじゃりじゃりするはずの手触りも、ギィドならふあふわだ。
「っ! その触り方はやめろ」
「ん?」
 とぼけてさわさわっと撫でるとびくっとギィドの体が跳ねる。
 鈍感そうなのに、実際はとても過敏で、こうやってちょっとふざけて触るとると反応してくれるのが楽しい。
「~~!! やめろと言ってるだろう!」
 払おうとする手をかわしてその腕を掴む。
 ギィドはいらだったように俺を睨むが、その顔は赤い。
 おっさんの赤面なんて、なんて間抜けづらだろう。
 ギィドのこういう顔を見るのはひどく愉快だった。
 今ならジャグが、笑えるといった意味がすごく理解できる。
 こんなごつくて厳ついおっさんにこんな柔らかで最高の髪。しかも中身もアンバランスときたら、可笑しくて笑うしかない。
「そんな生娘みたいに反応しなくても。約束は後2分でしょ? 大人しくしないなら延長するよ」
「っ」
 ギィドが憎憎しげに俺を睨みつける。
 ざくざくと怒りの感情がささるが、殺気は無い。
 ムダに殺気を安売りする奴がいるが、ギィドはそんなことがなくて、純粋な怒気は、殺伐とした殺気をいつも身に感る事が多い境遇には、妙に新鮮でなんだか心地良い。
 だからついつい、怒らせるようなことを言ってしまう。
 笑いを押さえられなくてくつくつと声を漏らすと、ギィドは、目を瞑り、深くため息をついて。
 次に目を開けたときには怒りはすっかり収まって、諦めたような顔で手元の時計に視線を落としてしまった。
(あーあ、意外と冷静なんだよね、この人)
 残念、と思いながら俺は残り少ない時間をまあ楽しみますか、とギィドの髪に意識をやる。
 髪の毛を触るのはたのしいが、最近はもっと。なんかこう、折角だからギィドの反応が欲しいなと思う。そうするときっともっと楽しいはずだ。
 何か、いい方法は無いか。
 そう考えた時にあの男、ジャグなら、何か面白い手を知っているんじゃないかと頭に浮かんだ。

(――今度、話してみるか)

 馴染みの酒場で、たまに顔を見る事がある。そのときにでも話しかけてみる事にしよう。
 そこまで考えて、ふと、しかしながら同じ様にこういうギィドの事を知っているのかと思うと、少し面白くないなと思った。が。
「――時間終了だ」
「えぇ? うそ、 早くない?」
 タイムリミットを告げるギィドの言葉に、つと感じた不快感はすっぽりと忘れて。
「嘘じゃない。見ろ」
「あ~あ、また明日か」
「もう来るな」
「ジョーダン。なんなら今から第二ラウンド、スル?」
「はっ、それこそ、何の冗談だ」
 俺の挑発も、さらりとかわしてしまってギィドはさっさと背を向けてしまう。
「……ザンネン」
 あまり機嫌をそこね続けるのも、まあよくないかなと、その姿を大人しく見送りおくって。
 残された俺は頭をかきながら、取りあえず、早速酒場にでも行ってみますかと物置を後にした。

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