触れるな危険

紀村 紀壱

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3話 見逃した予兆

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<ギィド視点>



 最近、シャルトーの行動が不気味だ。

 否、前々から奴の行動は理解しがたい事が多かったが、最近は特にそれがひどくなった。
 俺は、手のひらの中の物体を持て余しながら、どうしたものかと考える。
 紙袋に入ったそれは、香ばしい匂いを放っているが、安易に口に入れていいものなのか、むしろそのままゴミ箱へ放り込んでしまえばいいのかとも思うが、なにぶん好物なだけあって少しだけ躊躇っていた。
 しかしながら次第にめんどくさくなって、やはりいつも通りゴミ箱へ突っ込むかと決めかけた、そんなところに。

「なぁに、難しい顔してんだ?」

「……ジャグ」
「お前、おっかねー顔さらに怖くしてどうすんよ。ほら、新入りの奴とかビビって報告書渡せずにうろうろしてっぜ?」
 ジャグの言葉にふとギルドの中を見渡すと、確かに若い新入りが一人、遠巻きに此方を伺っている様子が目にはいった。
 そわそわと落ち着かず、視線が定まらないあいつは、確かこの前無理をして入ってきた若者だった。確か名前が、バパルス……いやパルティ……と、頭の引き出しから名前と任せた仕事を引き出そうとしていたら、俺の視線に気がつくと、慌てた様子で逃げるように出て行ってしまった。
「あーあ、かわいそうに。受付がびびらせてどうするよ」
「……コレくらいで逃げ出すようなら傭兵には向いていないだろう」
「ま、それもそうだわな。で、どしたよ?」
「何がだ」
「何って、相棒が随分悩んでいるみたいだから心配してんじゃねーの、……って、まあ大方、あの毛皮中毒野郎のことだろ?」
「わかってるなら聞くな」
 ニヤニヤと『心配している』なんていう顔から程遠い、心底面白がっている様子で尋ねてくるジャグにため息をつきながら答える。
「で、今度はどうした。……ん? なんだそれ、うまそうじゃねーか……っよ!」
「っ馬鹿! 待て、ジャグ!」
「うおっ!?」
 唐突に俺の手から紙袋を奪うと、中身をさほど確かめもしないまま口に運ぼうとするジャグに俺は慌てて紙袋をはたき落とす。袋が衝撃で破けて、中身がいくつかカウンターの上に転がった。
「あーあ、何すんだよ、勿体ねぇなぁ」
「それは俺の台詞だ。得体の知れないものをそう簡単に食べるな!」
「得体は知れてんだろ。バジン印の炒り豆、それ以外に何に見えるよ?」
「……………何か、仕込まれてる可能性がある」
「はぁ?」
「これは、シャルトーが持ってきた奴なんだよ」
「………ぶっ! だぁはははははははは!!」
「!?」
 此方はごく真面目に言ったつもりの言葉を、ジャグは聞く傍から急に堪え切れなくなったという様子で吹き出すと、カウンターに突っ伏すように大笑いする。思わずあまりの事にあっけに取られるが、すぐに何がおかしいのかとむかむかと腹が立ってくる。俺は注意してやったのに、それを笑うとは何事か。
 相変らずカウンターに、今度は仰向けになってげらげらとまだ笑い続ける男に、俺はそのまま手刀を落とした。
「うおっ!? あぶねっ!」
「黙れ、騒音公害が」
 奴の額に触れる、すんでのところで手首をつかまれた。手加減をしてやったのだから掴めたのは当然だが、そのまま掴まれているのは癪で、ジャグの手を振り払う。
「しかしよぉ、お前、少しは自覚あったんだな」
「何を」
「あいつに狙われてるって」
 ジャグの言葉に、やはりそうなのか、と思わずため息が漏れる。
 出来ることなら考えたくはなかった。初めから、奴は物騒だったが。
 だが、まさか。
「……」
「おいおい、どうしたよ? そんな落ち込むことねーだろ。気にすんなや」
「アホが。そう簡単にやられる気は無いが、命を狙われて気にしないでいられるか」
「はぁあ?」
 俺の言葉に、ジャグが盛大に呆れたような声を上げる。それに何がおかしいのかと睨むと。
「おま、そりゃ、100%ねえだろう」
「何故そう言いきれる?」
「何でって、なぁ……」
 困ったようにガシガシと頭をかいて、ジャグはひょいとカウンターに散らばった炒り豆を摘まむと口の中に入れた。
「ばっ!?」
「ダージョブだって。少なくとも、これに毒は入ってねぇよ」
 俺の心配を見事に言い当てて、口を動かして炒り豆を嚥下するジャグは、確かに変化がない。
 しかし、遅効性の場合もあるのでは無いかとそう思うが。
「まあ、なんだ。仮に毒がもってあるって疑うなら、奴が居る時に食べるもんに注意するこったな」
「どういうことだ?」
「だって、つまんねぇだろ? 自分が見てねぇところで相手がどうなってるなんて。しかし、お前、そういう考えに至るなんてやっぱ相変らずだなぁ、そんなんだから……まあ、うん良いのか」
「ああ?」
 ブツブツと呟く内容は意味がわからない。
 ジャグは時折、人を置いて自分の中で勝手に話を進めて行くところがある。置いていかれた俺は、奴の言いたいことを理解することを早々に諦めた。感覚が違うのだ、理解しようする事が間違いだと、長い付き合いで学んでいる。
 ふと、そう思ったところで、こういうところが誰かに似ているという感覚に襲われる。
 それが誰かと考えようとした所で、答えが思いもかけずジャグの口から飛び出した。
「俺とあの毛皮野郎は似てるからな」
「!」
「少なくとも殺るなら毒なんかつかわねぇよ。正面きってねじ伏せた方が楽しいだろうが。だいたいなぁ、ギィ。なんであいつがお前を殺るなんて思うわけよ?」
「それは……あいつの性格から、おかしくないだろう。何度、頭皮ごと剥ぎ取って持ち帰りたいと言ったか、両手じゃたりんぞ」
「そりゃあ、言葉のあやだろ。それに、続けてこう言わなかったか『でも、剥ぎ取らない方が良い』ってな?」
「だが」
「おもちゃを壊して得る一瞬の快楽より、大事に長く遊ぶ奴だよ、あいつは。確かにヤルときゃ躊躇いなく殺るだろうが。それでも、簡単に殺しなんてする玉じゃねぇよ」
「…………随分と」
「あいつの事を知ってるって?」
 人をおもちゃにたとえる言葉に不快感を覚えるが、その前に反論を、ポンポン追撃してシャルトーの肩を持つというより、人となりを知っている口ぶりのジャグをいぶかしむと、奴はにぃっと口の端を吊り上げる、嫌な笑い方をした。
 この顔は、確実に。
 何か、面倒ごとをたくらんでいるときの顔だと、俺は知っていた。
「そりゃ最近、あいつとよく飲んでるからなぁ」
「…………」
 なんでまた、と思うが。すぐに思い当たる節があって声には出さない。
 返事は決まってこうだ。

『面白いから』

 コイツのこういうところに、いつもいっぺん死んで来い思う。
 そしてさらに、あぁ、本当にシャルトーと似ていると改めて認識した。
「何、聞かないのかよ? 理由」
 ……どうせ、くだらない理由で、イラつかされるだけだろう。
 誰が聞くかと口をつぐんで、もうやる気がなくなった仕事をたたんで酒を飲みにいこうと決める。
 それに。
「ついでに最近、なんでアイツがお前に色々持ってくるのかも知ってるぜ?」
 ここ最近、一番気になっていることを言われ、一瞬躊躇う。
 ……この炒り豆だけじゃない、このところシャルトーは何かしら俺に渡して去っていく。この前は惣菜。その前は乾物。「髪に良い食べ物だから」と言って渡してくるが、得体の知れないものを口に入れる気も、奴を喜ばす為に髪を整える気も更々なく、全てゴミ箱に叩き込んできた。だが今日は「これなら食べるか?」と、わざわざ俺の好物を持って来た。それに何を企んでいるのかと、考えない方がおかしいだろう。
 シャルトーの所業の理由には少し心を動かされるが、聞いたらどうせ、くだらない事に違いない。
 そう思い込むようにして、俺はジャグを無視すると無言でカウンターの上を片付け、帰り支度をする。それを見て、ジャグが急に何かを思い出した様子で慌てはじめた。
「あ、よぅ、ギィ。そういや今日、一緒にのまねぇか。んでついでに泊めてくんねぇかな?」
「………」
「そう、睨むなよぉ~。ちょっとばっかし、からかって悪かったって。今ならシャルトーのことも色々教えてやっから、な?」
 それは、まったくもって魅力的でもなんでもない提案だ。なんで、機嫌をそこねた相手と、その理由の男の話を聞かなくちゃいけないのか。
 しかし、何故急にジャグがこんなことを言い出したのか不思議に思い、ふと、今日の日付を思い出して理由に思い当たった。
 確か今日は。
「お前、まだ逃げてるのか」
「…………いや、別に、逃げてるって訳じゃねぇ、んだぜぇ?」
 俺の言葉に、大層歯切れの悪い様子で返してくるあたり、やっぱ逃げてんじゃねぇかと思う。
「じゃあ、帰ってやれ、今頃お前を待ってるんじゃないのか」
「…………………お前な、わかんねぇのかよ、俺の複雑な親心が」
「単純だろう、それをお前がグダグダ先延ばしにしているだけだろうが」
「別に先延ばしてるなじゃねぇ俺はアイツを傷つけないようにとだなぁ………まあ、とにかく、今日はお前んとこ泊めろよ」
 なおも、しつこく食い下がってくるジャグに呆れつつ。俺はすっぱりと、半分はめんどくさく半分はコイツの事を思って切ってやる。
「断る」
「か~~っ!!わかんねぇやつだなぁ!」
 ダンッと癇癪を起こしてカウンターを殴り、頭をかきむしるジャグに、深くため息をつく。
 まったく、いつもの余裕はどこに言ったというくらいこの男は、ジル――義娘の事になると弱い。
 今日は彼女、ジルが女学院を卒業し帰ってくる日だ。
 女学院なんて、一介の傭兵の娘が入れる所じゃない。
 なのにそれをやってのけたのは、一重にこの馬鹿がそれだけの稼ぎが有り、それをつぎ込むジルとの間の事情のためだ。
 こいつの義娘、ジルは、自分の義父に惚れている。
 そしてジャグはそれはそれは親馬鹿で、他の男の物になるのも我慢ならないが、だからと言って自分となんて事もつゆも考えられず、答えを先延ばしにする為に卑怯な手を使った。
『完全寄宿舎制の女学院で4年間頑張って、卒業したら考えてやる』
 そんな約束のツケが、今日、ついに回ってきたのだ。
「ジルの奴、お前の出した条件ちゃんと守ったんじゃねぇか、次はお前が守る番だろう」
「………そういってもよぉ、ギィ。俺は、途中で逃げ出すって思ったんだよ」
「それだけ、頑張ったんだろう、いい加減覚悟を決めたらどうだ」
「俺も、そうは思うんだけどなぁ? だけど、こうなって来るとアレだろ。勿体無いだろ」
「何がだ?」
「女学院を立派に卒業したってのに、その結果ついてくるのがならず者ってねぇだろ。うまくいきゃあ、玉の輿もありえる話だせ?」
「じゃあ、振ってやればいいだろう」
「それが簡単に出来たら苦労はしねぇえってんだよ!? アイツを泣かせってのか!? ああぁ!?」
「…………とにかく、俺は断る。自分の事は自分で後始末つけろ」
 そんな事できるかぁ、と叫ぶジャグに、冷たくそう言い放つと受付の席を立った。何しろ、この問題に巻き込まれたらたまらない。コイツの親馬鹿トークは愚痴も惚気も、とにかく面倒なのだ。
 なにやら背中に呪の言葉を投げつけているジャグを無視して、俺はさて、まだ日は暮れていない今から開いている所でどこで飲むかと考える。

 このとき、俺は。
 一つだけ間違いを犯していた。
 泊める泊めないはともかく、シャルトーの話をジャグから聞いておくべきだった。

 そうすればこの先、少しずつみえ始めるほころびに、気がつく事ができたのだろう。
 そして最悪な、始まりを避ける事ができたんじゃないかと。





 数ヶ月後の俺は、心からそう思う羽目になっていた。


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