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5話 それはそれ、コレはコレ
しおりを挟む<ギィド視点>
任務の一覧の受け取りと、書類を提出しに戸を叩いたギルドのマスタールームで。
「えーっと、今回急ぎはこの件とこの件。あとこの前の書類、受領しといたからあとでセレンから受取ってくれ。あとは……」
「申請書と入会書だ」
「……はぁ、今日もか? 何で重なるときはこう立て続けに来るかな。……そういえばギィド、最近毛皮屋はどうだ?」
「…………」
乱雑に仕分けした書類に視線を置いたまま、唐突にこの部屋の主、ウォルトの切り出した話に、俺は思わず憮然として目下の男を見た。
「……そうだな、二週間前のベラッカ街道の盗賊討伐の依頼後来ていないな。俺は覚えていないが」
俺の記憶では奴の来訪は三週間前で止まっているのだが、二週間前、どうも俺が久方ぶりに高熱を出していた時にギルドにシャルトーが来ていたといわれた事を思い出して報告する。
俺は意識が朦朧としていた所為でまったく覚えていないのだが、その目撃者でもあるウォルトはその答えで十分思い当たったらしく「ああ、あのとき以来か」とうなずいた。
「うむ、二週間か……珍しいな。仕事以外は2日とあけず来ていただろう。何かあったのか?」
「さあな」
「なんだ、知らないのか」
「俺が何で知っていると思うんだ」
「なんでも何も受付だろう、お前は。それにそれ以外の理由で一番奴と顔を合わせていなかったか、たしか?」
「………」
しれっと書類を右から左へと処理しながら、そう答えるウォルトの考えを読もうとするがわからない。シャルトーが俺の髪質に固執して何かと絡んできていることは、とうの昔に知っているはずだが、今まで一切気にした風も無かったし、触れることもなかった。
ジャグのように面白半分で絡んでくるようなことはこの男の性格からありえない。
それが急に、どうしたというのか。
「……なにか、あったのか?」
ウォルトの口から何故奴の通り名が出てくる理由を考えて、一番に思い当たるのはシャルトーが関わる何かしらの事件や出来事があったのか、と聞いてみるが。
「それはさっき、俺がした質問だと思うが。それを聞き返して俺が答えられると思うか?」
「………」
ちらり、とこちらを見上げて言われた返答に、どうやら俺の考えはまったく見当違いらしい。
しかしそうなると、ウォルトが何故シャルトーを話題に出したのだろうか。
ちょっと頭をひねったぐらいでは、どう問えばいいのかなんて思いもつかず、仕方なく、俺は口を噤むという選択肢をとることにした。
この男、ウォルトとの会話が俺は苦手だった。
自分より幾つか下で、一見柔和な顔をしているこの男は、ギルドマスターである肩書きを伊達で名乗ってなんかいない。
多分、腕だけなら俺のほうが数段上であることは確かだ。しかし、それだけじゃこいつには勝てない。
こういった一見なんでもないようなやり取りの中に、ウォルトはいくつも罠を仕掛けて、俺のような口先の技などが上手くないタイプの人間は、下手をするとぼろぼろと情報を搾取されるのだ。
敵ではないし、それなりに親しくはある間柄なのだが、やはりあまり気持ちのいいものではなくて。
ことさら、シャルトーと俺の関係はジャグのようにからかう連中もいて触れられるのはうざったい。
それなのにこの男がさらに加わるのは遠慮いただきたく、唯一の対抗策、無言を決め込もうとする。
しかしそんな俺の感情を機敏に読み取ったのだろう。
「単刀直入に言うとそうだな。あの男が絡んでからお前の『悪癖』が出て来ないなと、俺は思っていてな」
書類に書き込む手を止め、机にひじを突いて指を組むと、その上に顎を乗せた実に嫌みったらしいポーズで、ウォルトがつむいだ言葉に、俺は何故シャルトーの話が出てきたのか一瞬で把握してしまって。そしてその事実に一気に胸糞が悪くなった。
「…………別に、たまたまだ」
「ほう。たまたま、か」
納得などこれっぽっちもしていない、含みを持った言い方。
自分自身、多少の自覚はある。だから、そんな言葉でごまかせるなんて思ってもいないが、だからと言ってそんな態度にはカチンと来る。
「ウォルト」
「そう、睨むな。俺は単純に、良い受付を手放すには惜しいからな。下手に仕事に手を出されるよりも、加減がわかっているもの同士のほうが都合がいいと思っているだけだ」
「………………」
此処までいわれれば、ウォルトの言いたいことは嫌でもわかっていた。
俺の悪癖……それは表向き傭兵を引退した身という看板を下げていながら、時折仕事に手を出していることだ。
この仕事に長く身を置きすぎた者が覚える、宿命の渇き。
時折、無性に身をそぐようなあの感覚を求めて、任せる人間がいないから例外だからと、俺はそんな免罪符を作る。
平均して月に一回。酷いときは週に一回。
ウォルトの目を盗むように手を出している回数が、ここ最近、緩やかだが減っている。
理由は、簡単だ。わざわざ仕事を受けずともあの毛皮中毒と顔をつき合わせる度に行う『馬鹿げた遊び』が、手っ取り早く渇きを満たすようになってきているからだ。
シャルトーが俺の髪に固執したとき、俺は奴に『試闘』をもちかけた。
いくら実力主義の世界だとはいえ、一定の戒律をもつギルド内で、基本的に相手の意思をねじ伏せるような乱闘や私闘は禁止されている。基本ギルドの戒律を破ればクビなるし、程度が酷ければそれなりの所に突き出すこともある。
だが血の気の多い人間に、まったくやりあうな、というのは無理な話で、両者納得の一日限りの結果を取り決めた、死なない程度の範囲で勝負する『試闘』を、ギルドは目をつぶる形で認めていた。
野郎に髪の毛を触られるなんてぞっとすることを当然嫌がった俺に、シャルトーは大人しくひき下がるわけがなく。単純明快に、従わないなら力を使って従わせるまでという態度をとった。
私的にはシャルトーが消えたところで困らない。だがギルド側として見たら、素材だけは良い人材をアホみたいな理由だけで切り捨てるには多少もったいなくて。
そして何より、正直な胸の内を言うなら、建前上ジャグとシャルトーの遊びを止めてはいたが、機会があるなら己もひそかにシャルトーとやり合ってみたいと思っていたのだ。
だから俺はシャルトーに『試闘』をもちかけた。
「へぇ、『試闘』? このギルドってそんなんがあるんだ」
「……俺との一本勝負、お前が勝ったら、髪を触らせてやるよ。ただし、お前が負けたら二度とそんな馬鹿な口をきけないようにその口を縫い付けろ」
「えぇー? わざわざそんな面倒なことしなくても良いのに。結果なんてわかるでしょ。アンタみたいな足の悪いおっさんに俺が勝てないと思うの?」
「別に、受けないなら好きにすれば良い。ただこのままだと明日からお前さんはうちに出入り禁止だろうな」
「…………別に。受けないとは言って無いでしょ。ほら、やるならぱぱっと済ませて、アンタは俺にその頭を差し出しなよ」
軽口を叩きながらも、シャルトーはすっと気持ちを切り替えるように目を細めた。
対峙すると奴が本気だとわかる闘気に、チリリと首の後ろの毛がざわめく。
まるで細い糸に少しずつ力を加えて行くように張り詰めた空気の中。
もっとその緊張した空気を味わっていたいと思う。
しかし其処から踏み出せば、更にそれ以上の味がまっている。
その至高を求めて、一歩突き進めば。
「っ!」
その瞬間。
悟る。
シャルトーの実力は本物だと。
油断をすれば、『試闘』と持ちかけたが怪我だけじゃすまないかもしれない。一気に脳みそからドーパミンが溢れるのを感じる。周りで何が起きても対応できるんじゃないかと思うくらい五感が敏感になる。悪くなった足を狙う輩は多い。だからこそ、其処を狙ってきた瞬間を逆に仕留めて来た。
なのに。
「俺の勝ち、だよネ?」
気がつけば、見上げたのはどれ位ぶりになるだろう天井に。
負けたのだと。
苦々しい感覚とともに、ぞわぞわと這い上がる。
「――は、ははっ」
笑い声が思わず漏れた。
何時も。
実力が上がれば上がるほど。
人は己より強い相手に焦がれる。
自分よりはるかに年下の相手に負けを取ったことへの怒りや失意や苛立ちより。
本気を出せる相手を得たことに、俺はそのとき喜びを感じていたのだ。
……まあ、だからといって、それで奴と気が合うかといったらそれはまた別の話で。
確かに、奴のお陰……いや、奴が付きまとってくることで俺の良いストレス発散になっていることは事実だ。だが、それ以前に奴の性格や態度が度々俺の気に障るのも事実なのだ。
「ギィド。多少はお前も勝手はわかってきているんだろう。なにも仲良くしろなんて言ってない。利用できるならもっと上手く利用しろ」
俺を見上げているのに、どこか悟るような物言いのウォルトの言い分は良くわかる。
あの男は、はっきり言ってジャグと同じ、でかい子供なのだ。
下手に腕が立つと、それを矯正する人間がいなければ、普通人間は歪む。
いままで、一体どういう生き方をして来たの良くわからないが、シャルトーはそういった類の相手が居なかったように思えるが、それなりに上手い星の巡り合わせが続いたのだろう。さほど歪んだところは見られず、世界の中心は自分だと思っている子供のようだ。
この仕事柄、歪んでいない人間はとても貴重だ。
上手く使えば強くなる。そしてギルドにも有益な人材になる。
そういった成長を促せと言いたいんだろうが、俺は子供のお守りはごめんだ。
ジャグとアイツは似ているがアイツとジャグじゃ俺の中の分類は天と地ほど違う。
到底シャルトーをジャグと同じように扱えない。
俺はウォルトの様に立ち回りがそれほど得意ではないのだ。そもそも、あのシャルトーが大人しく従うような人間には思えない。
だから俺は素直に吐露した。
「それがわかっていても、お前と違って俺にはアレは面倒すぎる。どうにかするなら別の奴に頼んでくれ」
「相変わらず、変な所でお前はずぼらだな」
ははっと可笑しそうに笑うウォルトに、人事だなとため息をついて。
手渡された書類に軽く目を通して、受付に戻ろうときびすを返す。
「まあ、俺はお前が落ち着けば、なんでも良いんだがな。もうしばらくウチの良い受付で居てくれる事を祈ってるよ」
背中に投げられる苦笑を含んだ言葉に、なるべく善処しよう、という意味を含んで片手を挙げて部屋を出る。
もしかしたらウォルトにとって俺もまだ人材として育成させられている途中なのかも知れないな、なんて思いつつ。
「…………来たか」
廊下からチラリと視線をやった受付に、いまかいまかと俺を待ってたたずむ人影を見つけ、俺はひっそりとため息を吐いた。
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