触れるな危険

紀村 紀壱

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番外編

番外1 反省はしているが 【後】その1

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アイツギィドを怒らせたって? まあ、導火線は短いが、少し時間を置けばちったぁ聞き耳も持ってくれるだろ」

 目星を当たって幸いにも三件目の宿屋の食堂で捕まえたジャグに。
 詳細は省いてギィドの取り扱いについて尋ねれば、苦笑しながらなんとも軽い調子で返された。

「良くも悪くも、アイツは面倒臭がりだからな。一週間くらいして、詫びの良い酒とか持ってけば大丈夫じゃねえの?」
「そういうのは、ワカッタうえでの話っていうか……」

 シャルトーにだって、ジャグの提案程度のことなど言われなくてもわかっている。
 ただ今回はそれだけで簡単にすまなそうな状態だからこそ、こうやってわざわざ聞きに来たというのに。

「……じゃあ、あのおっさんが気に入りそうな酒の情報」

 流石に、現状を細かく伝えるのはバツが悪くて。
 ひとまずはほとぼりが冷めた時にもって行く酒の手配でと。
 いつものようにテーブルの上に置かれた伝票を対価代わりに手元に引き寄せれば、ジャグはもうちょっと食わせろよ、と注文を追加しながら。

「まあ、飯おごってもらったお礼に、詫び入れるのに良さそうなタイミングがあったら教えてやるよ」

 そう言って、ニヤリと口の端を上げた。――のが、おおよそ今朝の事だったのだが。

「おっまえ、何したんだよ本当に。……いや、聞きたくねぇし、あんなブチ切れてるアイツ見んの久々なんだけど」
「……だから、マズイって言ったデショ」

 何とも言いがたい味の食べ物でも口に入れた後のような、困惑した顔で。ジャグが早々にシャルトーを呼び出してツッコミを入れてきたのはその夕方のことだった。
 シャルトーはどうやらやっと事のヤバさが伝わった様だと、そして、ジャグの態度にやはり状況が非常によろしくないのだと改めて認識してため息をかみ殺した。

「正直、怒り自体の持続性は一ヶ月もありゃ、大丈夫かと思うけどな。だが……」

 ジャグが口を濁した理由は分かっている。
 ギィドの『切り捨ての良さ』をこの男も知っているのだ。怒りが収まったとして、せっかく詰めた距離が開く以前にまるっと遮断されかねない自体があるのを言わないのは同情だろう。
 シャルトーがギィドに執着しているのを、ジャグは正直なところ面白半分、期待半分で見守っていた。
 理由は一言で言うならギィドを留める、人のえんの一つになれば良いというところだ。
 ギィドはアレでいて意外と人見知りの気がある、とジャグは思っている。
 話しかければ応えるし面倒見も悪くはないが、引けば追ってくることはない。基本的に踏み込めば受け入れている様なフリをして、実際は一つ線を引き、あまり立ち入らせないところがジャグはギィドの気に入らない所で、心配しているところだった。
 孤児だった己もギィドは、よく似て、正反対な歪な性質を抱えているとジャグは考えている。
 自分たちだけじゃない、孤児院にいた人間は満たされない感情に対し、大なり小なりそれぞれの割り切りを生み出していた。
 それは執着だったり破壊、庇護、加虐であったり無関心、依存……色々な形で発露していて。
 大きく分けるのなら己は庇護と執着で、ギィドは無関心と諦めだろう。
 ジャグはギィドを死んだ弟の代わりにしているのと己を振り返って思う。
 飢饉で飢え、本来なら守るべき弟に、地を這って拾い上げた数粒の穀物を分ける事すらできなかった。
 薄っぺらい身体で棒のような手足を投げだし、此方を見る弟の諦めた目にギィドの目は似ていた。諦めてしまえば余計な期待をしなくてすむ。期待をしなければ失望をしなくてすむ。諦めてしまえば、生きることもどうでも良い。そう言う目だ。
 その目を見たくなくて孤児院の頃はよくギィドに絡んで、同時に弟によく似た瞳のギィドを守ることで弟を守れなかった罪悪感から逃れられるような気がしていたのだ。

 ……という過去があるとはいえ、己もギィドも今はいい歳をした大人だ。

 お互い、それなりに自分の人生に折り合いは付けている。
 ギィド自身、庇護されるような性格の人間ではない。プライドも実力もついてくれば余計にだ。
 ジャグ自身、色々な出会いを経てギィドに執着するような事はとっくの昔に卒業して、それこそ悪友で相棒として、それなりに良い距離を保てていた。
 だがギィドが脚を怪我した所為で、その均等が崩れたのだ。
 ジャグを庇って怪我をしたのが良くなかった。その所為で無意識にジャグはギィドを守る様な行動を取ってしまう。必要ないと分かっていても、それはジャグの深層心理に根付いた反射的な呪いのような行動だ。だからと言って今度は意識をしていつも通りにしようとすれば、今度は脚の怪我を忘れ動いてしまうのだからこれには頭を抱えるしかなかった。
 そうして、ジャグとギィドはコンビを解消せざるをえなくなって。
 ウォルトが何を考えたのか、ギィドをギルドの受付に勧誘した時には驚いたモノだが、初めは良い傾向だとジャグは思ったのだ。
 ジャグのように自分から他者へ関わりを持ちかけるような性格ではないギィドは、基本的に己からはあまり動かない。だから人と関わりが増えるような受付は丁度良いと考えたのだが、残念ながらギィドはジャグが考えた以上に他人に淡泊だった。
 顔は広くなろうとも相変わらず繋がりは浅く、その上たまに実力ギリギリの依頼を受ける始末。
 その所為でどうしてもジャグには時折、生きる欲求が希薄な昔のギィドの姿がちらつくのだ。
 よほどのことがなければ、ギィドは他者を踏み入れさせない。そして踏み入れさせない人間に、わざわざ踏み込んでいくような物好きというのはあまり居ない。
 しかし、そのシャルトー物好きが現れて、ジャグは悪くないと思ったのだ。
 シャルトーを『面倒くさい』『腹が立つ』と言いながら、ギィドの感情がそこまで動いているのは珍しいことだった。
 一対一でシャルトーに会ってみれば、それなりに相手との距離を上手く取れる人間のようなのに、ギィドに対してはそれを上手く発揮できない様子は不思議で。まさかそれがただの執着とは違ったモノに変質しているとは思いもよらなかったが。
 きっとギィドは否定するだろうが、ジャグはギィドとシャルトーの相性は悪くないと思っている。
 ギィドは昔から腕っ節の強い人間が好きなのだ。それは恋愛的な意味と言うより人としてだ。名の通った傭兵とか、酒の知識と同様に受付になる前からよく知っていて。
 そう言う意味ではシャルトーの腕前に、初めて負けたギィドがその表情以上に惚れ惚れとしている事にジャグだけが気がついたのだ。
 だから。
 シャルトーとギィドがどういった関係に行き着くにしろ、コンビを組む分にはお互いの戦闘スタイルは上手く合致するのではないかと思い、シャルトーからの接触を邪険にすることはなく。と言っても、ある程度の報酬を準備しなければギィドの情報を与えない程度に推し量りつつ、良い方向に進めばいいなぁ、なんて楽観的に傍観していたのだが。

「正直、半端な酒じゃムリだろうな」

 シャルトーの「シャ」の字でも出そうもんなら、スンと表情を無くして「何を言っているんだ?」と冷え冷えとした目を向けてきそうな程ピリリとした空気を纏ったギィドを思いだし、痛むこめかみを揉む。

「じゃあ半端じゃない酒のリスト、アンタなら知ってんでしょ」
「知っちゃーいるが金があれば手に入るってもんじゃねぇよ」

 今朝伝えた酒も、それなりに入手が面倒で値の張るモノだったが、その分、金を積めば手に入れられるのだ。普通の喧嘩なら溜飲を下げるだろうが、今回のジャグの見立てでは、それくらいのギィドでも手に入れる事ができるレベルのモノじゃ鼻で笑われて切り捨てられる可能性がなくもない。
 低確率で許されるかも知れないが、確実を選ぶならギィドが虚を突かれるくらいの、切り捨てるのは惜しいと思わせるモノじゃないと難しい。

「いいから。教えるの、教えないノ」

 シャルトーとてそれが分かって居るのだろう。眉間に皺を寄せ苛ついた様子の影には焦りが見えた。
 それでもギィドとの関係の修復をはかろうとしている心意気に免じて、ジャグは追加の情報量は貰わずに、いくつかの酒の名前を口にする。
 もし一つでも手に入れられれば、ジャグとて改めてシャルトーについて見直すレベルのモノだ。
 しかしそれは、シャルトーがギィドにそれ程までに強く執着している度合いにもなり得るのだが。
 ひとまず所、その辺はなるべく深く考えないようにしながら、ジャグはひっそり「なるようになってくれたらいいんだけどなぁ」と、誰にともなく呟いた。



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