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第4話 身体は資本!
しおりを挟む得名井は学業と執筆に明け暮れていた。
なんだか最近調子がいい。地力がついて自信が出てきたのだろうか。貧困に頭を悩ませることがなくなったためだろうか。いいや、潔子からの影響かも知れない。彼女のポジティブさが自分の創作意欲を救ってくれたのだ。
昼は教室で夜は執筆部屋で得名井は物語を作り続けた。授業も創作の糧だと思えば身が入る。アイディアが次から次へと湧いてくる。手が追い付かない。食事の暇すら惜しい。自分が十人くらいいればいいのに。得名井はキーボードを叩き続ける。
世界が回る。自分が回る。不意に風景が暗くなった。手は止まらない。指はキーボードを叩き続ける。目を閉じたまま得名井は書き続けた。
「死んでますわーッ!」
潔子の叫び声がこだました。
得名井は病院で目を覚ました。知らない天井だった。
点滴の管が腕に繋がっている。
椅子に座った潔子がハンカチを顔に当てている。傍らに立つじいやも悲痛な面持ちだった。
「得名井! 気が付きましたのね!」
潔子が叫んだ。病室に響き渡る。仕切りの向こうから咳払いが聴こえた。
「一体あなたになにがありましたの! はっまさか、不治の病とか……!」
泣き叫ぶ潔子の頬をじいやがタオルで拭う。
「食べるのと寝るのを忘れてた」
潔子があんぐりと口を開く。
「あなたは人格権は売り渡しても人間をやめたわけではなくてよ!?」
看護師が現れた。
「金出甲斐さん、他の患者さんの迷惑になりますのでもう少しお静かに」
「あっはい」
得名井は健康になることを心に誓った。
屋敷へ帰ると、じいやが言った。
「健康的な生活を送っていただくためにメイドをつけましょう」
「いや、女の子に世話されるのはちょっと……食事も自分で作れるし」
メインはインスタントラーメンだが。
「その点は問題ないかと」
じいやが手を叩く。
クラシックなエプロンドレスに身を包んだメイドが床下から現れた。
「田中冥土《たなか めいど》でありもす」
屈強な男であること以外は完璧なメイドである。
「………」
「此度は得名井殿のお世話を任されもしたナースメイドでありもす」
ナースメイドとはヴィクトリア朝時代の役職で子守り役のことである。
「あ、はい。よろしくお願いします」
得名井は深く考えるのをやめた。
田中は背負っていた布団叩きを得名井に持たせる。
「早速、こけおじゃたもんせ」
言葉の意味は分からないが田中についていく。
庭へ出た。
「キェエエエエエエエエエイアアア!!」
田中は奇声と共にシーツを破れんばかりに叩きまくる。
「得名井殿も!」
「え、ええいやー」
「ちごッ! キェエエエエエエエエ!!」
「きええええー」
日が暮れるまでシーツを叩き続けた。
汗だくで執筆部屋へ戻る。
「食事にしやんせ」
田中が箱膳を持ってきた。
献立は汁物、麦飯、薩摩揚げ、ミカン。
「少なくないですか」
「贅沢な、やっせんぼが!」
叱責される。
「いただきます」
得名井は仕方なく箸を持つ。
食べ終わるまで田中は部屋の隅で待機していた。
「食べないんですか」
「おいばそつとさすで十分でありもす」
聞き取れない。
「ごちそうさまでした」
「お布団敷かせていただきもす」
箱膳を持って田中は退室した。
すぐに戻ってきた。あの体格で足音はほとんどしない。
「風呂ば入ってきやんせ」
風呂場へ向かった。
やたらに広い浴場で久しぶりに全身を洗い、湯に浸かり、髪を乾かし、部屋へ戻った。
布団はしっかり二つ分敷かれていた。二つ?
田中が横になっていた。
「………」
横にはなっているが、両目はギンギンに開いている。
得名井は考えるのをやめて、空いている布団に入った。
アパートに居た頃は万年床だったが、毎日綺麗に洗濯された布団で寝るのはいいものだ。得名井は思う。思わなければ眠れなかった。
三日後。
「田中はいかがですか。得名井様」
「よくやってくれてもす」
得名井は訛りがうつっていた。頭を振る。
「よくやってくれてます。適度な運動と栄養バランスの取れた食事、厳密なスケジュール管理。おかげで体調がかなりよかです。じゃない。いいです」
「それはなによりです」
「ただ……」
得名井は頭を抱える。じいやはその顔を覗き込んだ。
「なにか?」
「執筆する時間がない」
じいやは顎に手をやり、しばらく窓の外を眺め、目を細めた。
「田中によく言い聞かせておきます」
「得名井! 執筆の調子はいかがかしら!?」
「しばし待たれ。てげてげな歴史小説ばかわりにまこての島津様の御姿ば書き記っさんと」
「じいや! 得名井が変ですわ!」
影響が抜けるまで一週間はかかった。
つづく
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