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第6話 コンセプトで貫く!
しおりを挟む鳥琉がコピー用紙を叩き返す。
「ボツだ」
得名井のコンセプトシートはこれで三十回、ボツにされた。
映画化と同時に得名井の小説を出版する計画だが、その映画原作が決まらない。
「あのな得名井、この俺に甘ったるい恋愛映画でも撮らせる気か」
「別にいいだろ、恋愛要素は。金色夜叉がダメだっていうのか!?」
「手前を尾崎紅葉だと思ってるのか傲慢にもほどがある」
ナナが戸を開けて入ってきた。
「デザイン画ができましたよぉ」
執筆部屋の隣にナナの工房ができていた。絵具まみれになったナナが画用紙の束を座卓に置く。
「原作が決まってないのに絵ができたの?」
「順番なんてぇ、どうでもいいんですよぉ、ナマケモノさん」
絵を描き続けることによって脳内物質が分泌、ハイになったナナは熔けたような口調になっている。
「………」
繊細な極彩色で描かれたデザイン画に鳥琉が釘付けになる。
はっ、と己を観察する二人に気付いて、鳥琉が咳払いをした。
「フン、腕は確かみたいだな」
ナナが自身を掻き抱いた。
「セクハラーッ!」
「は!?」
「セクハラです! イヤッ! イヤッ!」
青い顔でナナが叫ぶ。
「絵を褒めただけじゃねえか!」
「ナナにとって絵は分身なんです! それをペリカンさんはいやらしい目で!」
「てめえ人見て言ってるだろ! だいたいなあ!」
口論が激化する。得名井はあわあわと見ている事しかできない。
「昼食でありもす」
田中が三人分の箱膳を持ってきた。
騒ぐナナと鳥琉を眺めて、両者の首筋に手刀を入れた。
「あうっ」
「いっ」
気絶した。
筧ナナはイラストだけではなく、デザイン画、漫画、絵本、あらゆる絵で構成された作品をアシスタントを使うことなく超一級クラスで仕上げることができる。
ただ絵を描き続けなければ彼女の精神はもたない。
かつて絵本制作の打ち合わせ中に「手を止めてください」と落書きを諫められたことが原因で、失踪したのである。
「一旦落ち着こう」
得名井は言った。
昼食を終えた三人は座卓を囲んで座っている。ナナにはクロッキー帳を渡した。
「ごめんなさいペリカンさん。ナナの偏見でした」
しょんぼりと頭を下げながら、しかし手を止めることなくナナは言う。
「俺だって妻子に逃げられて反省してんだよ。今後絵を見る時は気ぃつける」
鳥琉は無精髭をいじりながら、坪庭に視線を投げたまま言う。
得名井は再確認する。
「メディアミックスが共同作業である以上、互いの作品を丹念に読み込むのは必要なことだ」
「はたしてそうかしら?」
柱に背中を預けた潔子が言った。
「なんだよ潔子」
「レイアース、ゲッター、パトレイバー……売れたメディアミックス作品は往々にして、漫画アニメ小説それぞれでまったく設定や展開が異なっていたりするもの」
「いやまあ、確かにそうだけど」
例がロボに偏ってるな。日本沈没とかじゃないんだ。と得名井は思ったが黙っていた。
「スタンドプレーから生じるチームワーク。すり合わせることなく進めても、よろしいのではなくって?」
得名井は目を見開く。
「それってつまり、二人に僕の原作を無視しろ、っていうことか?」
得名井の心に火がつく。
自分の創作物が読まれない。これほど作家のプライドを傷つけるものはない。
「だいたい映画と同時出版なんて、本当に本が売れるのか? メディアミックスなんてギャンブルみたいなものじゃないか!」
「それは違いましてよ得名井! 映画が傑作だろうが駄作だろうが、本は売れる!」
潔子の言葉に「駄作ってなあ」と鳥琉がぼやく。
「そしてあなたたちの作品はわたくしの名であっても必ず世間を揺るがす! 凡作では終わらない! 約束された勝利ですわ!」
潔子は断言した。それはスーパーポジティブな性格から来るものでありながら、自分が買い集めた作家たちを信頼していなければ出ない言葉だった。
「だけど『同一の作品である』と言うためにはコンセプトを決めよう。それだけは僕に任せてくれないか」
潔子は妖しく笑う。
「その意気よ、得名井」
得名井は考える。
ナナと鳥琉はチームメンバーでありながらライバルだ。
まったく方向性の違う三人の作品を纏めるには、力強いコンセプトという武器で二人を貫かなければならない。
キーボードを叩く。取り留めのないアイディアの奔流を掴み、選別し、研ぎあげていく。
「できた」
得名井はノートパソコンを二人に見せる。
「ファンタジーで行きましょう」
鳥琉とナナが覗き込む。
コンセプトシートに二人の視線は釘付けとなった。
個性豊かな仲間たちとの友情、ドラゴンとの戦い、謎多き歴史。
王道、それでいて斬新な設定もある。
世界は厳しく、それでいて優しい。
懐かしさと新しさを同時に感じることのできる作品。
この物語に二人は。
「ボツだ」
「ナナは恋愛モノが描きたいです」
得名井はノートパソコンを投げ捨てた。
「なんなんだよ!」
その後五十回のボツを食らい、現代恋愛モノが選ばれた。
つづく
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