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正義
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そうだ。私は真実を知らない!
少なくともお前たちが言う、生の人間から学べる真実は!
だが私の感情を動かしたセリフは嘘か?
生の人間が、仮面を被ってまで必死で伝えようとした何かは、そのセリフに乗っていないのか。
芯のない嘘でも心は動かせると言うのか!
何故憎悪を煮え滾らせない! 己を腐らせた者に対して!
何故諸悪を捜さない! 何故敵になるものが居ないと言える!
◆
文化祭は無礼講の日だと言われた。
風紀委員として取り締まることは何もないと。
そもそも、風紀委員という役目を残しているのは古い校則の名残でしかない、と。
それでもやりたいなら構いはしない。
教師たちのあきらめの言葉と共に、巫鳥《しとど》このえは今のポストに就いたのである。
風紀委員は全部で五名。校内の美化活動に勤しんでいる。
文化祭の日は最も多くごみが出る日である。彼女たちは袋を手に、騒がしい校内を周る。
正義とは地道な行動の積み重ねなのだと、このえは己に言い聞かせる。
『巫鳥このえさん』
校内放送で彼女の名前が呼ばれた。
『巫鳥このえさん、ヒーローグッズを集めている正義オタクの巫鳥このえさん。体育館まで来てください』
放送は続く。
このえ以外の名前も読み上げられ、次々に生徒たちの秘密が暴かれていく。
周囲の視線が突き刺さる。
このえは走った。
体育館では演劇部が講演を終えたところだった。
参加スタッフの名前の後ろに、早弁、本屋でのスマホ撮影、更衣室でタオルを巻いて着替える男子生徒の映像が流れていく。
このえは舞台へ上がった。
「中止しろ! 中止だ!」
叫んだ。
視線が突き刺さる。
舞台袖の生徒が、観客席の生徒が、親族が、こちらを見ている。
不安げにこのえを見ている。
◆
私は正義に生きてきた。
正義はこの世界にあると信じて生きてきた。
けれども、それは、この世のどこかにいる「正義の味方」が、「私の正義の味方」が目の前に現れてくれることを、信じてるのと同義だった。
そんなことは起こらない。
現実の正義はたやすく悪に逆転する。私を「男の子のシュミを持つ間違った女の子」と言っていじめていた彼女たちだって、自分の「正義」のために動いていたのだ。
人が信じる正義は人の数だけ存在する。
私が信じる正義が逆転する可能性を否定できない。
私は。
私は、それでも、信じていたい。
◆
このえは職員室に呼ばれた。
「ごめんなさい」
「すみませんでした」
騒動の主犯格、演劇部の春原と放送部の鈴木が謝罪をする。
このえは納得していなかった。謝罪に対してではない。この状況にだ。
「もういい」
「え」
このえは頭を振る。
「教師の力を借りて、こんな子供に頭を無理に下げさせる。まるで私の方が悪のようだ。だから、もういい」
職員室を出た。
去り際に振り向いて、春原と鈴木に言う。
「人生は演劇ではない」
余計なことを言ったな。
このえは直後に反省して、恥じらう代わりに扉を強く閉めた。
この行動も威圧的な印象になってしまうだろうな。
このえは、ひとつひとつ、自分の見られ方を反省しながら、あきらめながら、生きている。
◆
美術部が展示スペースを大きくはみ出て、巨大な絵画を掲げていた。
教員には報告したが撤去は難しいと言われた。
このえはその絵画に手をついた。
乾ききらなかったペンキが、わずかに手に残った。
このえは静かに笑った。
絵画の周りのゴミを拾って、袋に収めると、焼却炉のある校舎裏へと行った。
◆
ヒーローは現実に居ないだろう。英雄など過去のものだろう。
フィクションで育った子供に、これ以上の言葉が出せるだろうか。
それでも私は、正義に生きていた。
了
少なくともお前たちが言う、生の人間から学べる真実は!
だが私の感情を動かしたセリフは嘘か?
生の人間が、仮面を被ってまで必死で伝えようとした何かは、そのセリフに乗っていないのか。
芯のない嘘でも心は動かせると言うのか!
何故憎悪を煮え滾らせない! 己を腐らせた者に対して!
何故諸悪を捜さない! 何故敵になるものが居ないと言える!
◆
文化祭は無礼講の日だと言われた。
風紀委員として取り締まることは何もないと。
そもそも、風紀委員という役目を残しているのは古い校則の名残でしかない、と。
それでもやりたいなら構いはしない。
教師たちのあきらめの言葉と共に、巫鳥《しとど》このえは今のポストに就いたのである。
風紀委員は全部で五名。校内の美化活動に勤しんでいる。
文化祭の日は最も多くごみが出る日である。彼女たちは袋を手に、騒がしい校内を周る。
正義とは地道な行動の積み重ねなのだと、このえは己に言い聞かせる。
『巫鳥このえさん』
校内放送で彼女の名前が呼ばれた。
『巫鳥このえさん、ヒーローグッズを集めている正義オタクの巫鳥このえさん。体育館まで来てください』
放送は続く。
このえ以外の名前も読み上げられ、次々に生徒たちの秘密が暴かれていく。
周囲の視線が突き刺さる。
このえは走った。
体育館では演劇部が講演を終えたところだった。
参加スタッフの名前の後ろに、早弁、本屋でのスマホ撮影、更衣室でタオルを巻いて着替える男子生徒の映像が流れていく。
このえは舞台へ上がった。
「中止しろ! 中止だ!」
叫んだ。
視線が突き刺さる。
舞台袖の生徒が、観客席の生徒が、親族が、こちらを見ている。
不安げにこのえを見ている。
◆
私は正義に生きてきた。
正義はこの世界にあると信じて生きてきた。
けれども、それは、この世のどこかにいる「正義の味方」が、「私の正義の味方」が目の前に現れてくれることを、信じてるのと同義だった。
そんなことは起こらない。
現実の正義はたやすく悪に逆転する。私を「男の子のシュミを持つ間違った女の子」と言っていじめていた彼女たちだって、自分の「正義」のために動いていたのだ。
人が信じる正義は人の数だけ存在する。
私が信じる正義が逆転する可能性を否定できない。
私は。
私は、それでも、信じていたい。
◆
このえは職員室に呼ばれた。
「ごめんなさい」
「すみませんでした」
騒動の主犯格、演劇部の春原と放送部の鈴木が謝罪をする。
このえは納得していなかった。謝罪に対してではない。この状況にだ。
「もういい」
「え」
このえは頭を振る。
「教師の力を借りて、こんな子供に頭を無理に下げさせる。まるで私の方が悪のようだ。だから、もういい」
職員室を出た。
去り際に振り向いて、春原と鈴木に言う。
「人生は演劇ではない」
余計なことを言ったな。
このえは直後に反省して、恥じらう代わりに扉を強く閉めた。
この行動も威圧的な印象になってしまうだろうな。
このえは、ひとつひとつ、自分の見られ方を反省しながら、あきらめながら、生きている。
◆
美術部が展示スペースを大きくはみ出て、巨大な絵画を掲げていた。
教員には報告したが撤去は難しいと言われた。
このえはその絵画に手をついた。
乾ききらなかったペンキが、わずかに手に残った。
このえは静かに笑った。
絵画の周りのゴミを拾って、袋に収めると、焼却炉のある校舎裏へと行った。
◆
ヒーローは現実に居ないだろう。英雄など過去のものだろう。
フィクションで育った子供に、これ以上の言葉が出せるだろうか。
それでも私は、正義に生きていた。
了
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