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暗躍
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実相寺翔琉《じっそうじ かける》は孤高だった。
休み時間は人通りの少ない三階の渡り廊下に必ず向かい、世界を見下ろしていた。
「混沌は止められない……か」
呟き、そして、ほくそ笑む。
2.
彼が幼い頃から感じていた孤独。
この世というパズルに自分というピースが嵌らない状態。
自分の居場所がないのなら作ればいい。
そう考えて、彼は今のキャラクターを構築していった。
世界は混沌としている。目まぐるしく変化し、動き、攪拌されていく。
そんな世界を自分は観測しているのだ。
絶対不動の位置、ポジション:ゼロにおいて。
3.
その日も翔琉は渡り廊下にいた。
世界を見下ろす。
「混沌は……」
「落としましたよ」
不意に話しかけられた。翔琉は動揺して固まり、おそるおそる振り返る。
そこにいたのは長い髪の少女。風紀委員の巫鳥このえだった。
風紀委員といっても古い漫画のような生徒を取り締まるような存在ではなく、主に校内の清掃のために奔走している。
「これ、落としました」
このえが手にしていたのは学食のレシートだった。
「………」
翔琉はそのレシートを見つめる。たしかに、二日前に食べたカツカレーのレシートだった。いつも肩にかけている学ランから落ちたのだろう。
「いや、ゴミだし」
思わず素の返事をした。
「は?」
このえの顔は不機嫌そうだった。常にそんな顔をしている。吊り上がった目と眉毛が彼女の表情を険しく見せる。
「ゴミはゴミ箱へ。レシートは燃えるゴミです」
このえは言って、翔琉の手を強引に握ってレシートを押し付けた。
翔琉の心臓が跳ねた。
「ご協力よろしくお願いします」
薄色の長い髪が揺れて、いい香りがした。
このえは事務的に話しかけて、行動しただけだろう。
しかし翔琉は恋をした。
4.
実相寺翔琉は考える。
この時代に率先して風紀委員を買って出た、品行方正、正義一徹の少女が巫鳥このえだ。
彼女に相応しい自分にならなければならない。
すなわち、暗躍し正義を助ける謎の男。これだ。
翔琉は少ない人生経験と、たくさん読んだラノベから答えを導き出す。
5.
文化祭の日、風紀委員は忙しなく校内を駆けまわっている。
排出されるゴミが一番多い日だ。
翔琉は世界を俯瞰するのをやめて、二十リットルのゴミ袋を隠し持って歩いていた。
ゴミ箱に先回りして溢れかえるゴミを片付けてしまおうという作戦だ。
メイド喫茶の前を通った。
「おかえりなさいませ御主人様!」
屈強な男子生徒がメイド服で呼び込みをしていた。
「いや、あの、我は急いでいる。さらばだ」
「そう言わずに! 一名様入ります!」
翔琉は捕まった。
男たちがメイド服で給仕をする姿をしばらく眺めた。
翔琉は二十リットルのゴミ袋とマッチョが描かれたコースターを隠し持って歩いていた。
さっそくゴミで溢れかえるゴミ箱を見つける。しかしそこには既にこのえが居た。
「手が足りないな。そっちは東門を回ってくれ」
彼女はゴミを詰めながら委員にてきぱきと指示を出す。翔琉は廊下の角に隠れてそれを見ていた。
他のゴミ箱を狙いに行くか。
いや、ここで彼女を手伝うのが普通じゃないのか?
でも自分は普通ではないのだ。暗躍して正義を助ける謎の男なのだから、暗躍しなければ。しかし、しかし助けている所をこのえに見られなければ意味がないのでは。キャラクター設定が余計な思考を膨らませる。
翔琉は意を決して廊下の中央に出た。
「巫鳥このえくん!」
裏返った声を発した。その時。
『巫鳥このえさん』
校内放送で彼女の名前が呼ばれた。
『巫鳥このえさん、ヒーローグッズを集めている正義オタクの巫鳥このえさん。体育館まで来てください』
放送は翔琉の耳にも届いた。
これは、なんだ。放送は続く。次々と生徒たちの秘密が暴かれていく。
『実相寺翔琉くん、クラスメイトに腫物扱いされている実相寺翔琉くん、体育館まで来てください』
このえは険しい表情を一層険しくしていた。
「御免!」
鉄鋏を刀のように振って、倒れた翔琉の頭の上をこのえは飛び越していった。
翔琉は少し漏らした。
少女は風のように走り、正義を遂行しにいった。
6.
実相寺翔琉は孤高だった。
しかし、文化祭以来、クラスメイトが話しかけてくるようになっていた。
「実相寺くんって面白いね」
クラスメイトの地味な女子が笑った。意外とかわいい。
けれど翔琉の頭は、あの日風のように自分を飛び越えた少女のことでいっぱいだった。
了
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