老剣士の三百歩〜余命一年から始める冒険者稼業〜

けんぽう。

文字の大きさ
8 / 22

第8話 巨体は短剣で踊る

しおりを挟む
勝負が終わるやいなや、クレインは砂を踏んでダイスの前へ出た。巨体は膝に手を当て、息を荒げている。
「退き足はそろっとる。線を外す“拍”も悪うない」
ダイスは視線を落とした。

「……ここで一か月やってます。みんな強くなるのに、自分は全然。ここにいて意味、あるんですかね」
「そうかそうか。なら——ヴァルドナ流に入門するんじゃ」
「なんですかそれ」
「超実践流の剣術じゃ。金級のカムルとか言ったか?あやつに勝てるぞ」
「は?」
「月謝は月に銀貨4枚。どうじゃ、親切価格じゃろ」
唐突な“価格”に、ダイスの喉仏が上下する。意味はわからぬが、老剣士の謎の圧だけは重い。
「えっ?えっと……はっはい……入ります」
加入、成立。周囲の砂塵が一瞬だけ静まった。

クレインは木箱から何かを取り出し、ダイスの掌にそっと載せた。
「こ、これを使うんですか?」
「使え。……ただし重心はもっと後ろで、“ため足”を使え」
踵とつま先の置き場だけを指で示す。ダイスは息を呑み、無言で頷いた。

さらにクレインは木剣の先で砂に細い線を引く。耳元へ落ちる声は、周囲には判別できないほど小さい。
「……いち、に……ここで待て……ここは空けい……」
指先がわずかに弧を描き、手首が一度だけ返る。ダイスは巨体を小さくたたみ、合図のたびに頷く。外からは、砂に刻まれた印と、区切られた拍だけが意味をほのめかすに留まった。

クレインは振り返り、訓練場の端で腕を組む長身に声を飛ばした。
「おい、そこのカムルとやら。ちと、ワシの弟子と手合わせを頼む」
金級の剣士は片眉を上げる。
「はぁ?なんだこのじじい。バルガスさん、部外者はつまみ出してください、邪魔です」
「貴様、俺の師匠に向かって何を——黙って従え!!」
バルガスの一喝に、訓練場の空気が一段下がる。カムルは舌打ちし、肩をすくめ、長剣を構えた。
「……なんでこんな雑魚と。——わかったよ、一回だけだ」
ダイスはごくりと唾を飲み、クレインは木剣を軽く叩いて拍を刻む。
「よいか、弟子。華は要らん。ヴァルドナ流で勝つ。」

ダイスの手にあるのは大剣ではない。両の掌に収まる訓練用ダガー

「え、ダガー?あんなおっきい体で?」
ルカが肘でつつく。
バルガスは無言で片手を上げた。「木剣での急所へのタッチは一本。 同時は引き分けだ。 安全確認——始め!」
 号令の鈴がちりんと鳴り、円の中央に二つの影が向かい合った。

「じいちゃん、ダイスさんに何を教えたの?」
クレインは木剣の鍔で掌をぽんと叩き、砂を払う。
「何、短時間の付け焼き刃じゃが――奴の体格と才を生かす戦術よ」
「付け焼き刃......」
「拍の扱いには時間がかかるんじゃ」

ルカは眉間に皺を寄せた。
「戦術って、また卑怯な技じゃないよね?」
老剣士は真顔のまま、口角だけを少し上げた。
「生き残る。これ以上の勝利はないわい」

言い終えて、剣の先で土に小さく「いち、に」と拍を刻む。ダイスがこちらを一度だけ振り返り、額に手を当てて不器用な敬礼をした。
真剣なほど、どこか滑稽。ルカはため息をつき、しかし目は少しだけ笑っていた。

カムルの踏み込みは滑らかだった。長剣が水路のように流れ、袈裟、返し、刺突、切り上げ——拍の継ぎ目が見えない。伸び、速さ、タイミング、いずれも一級品。木剣の風が、ダイスの頬を何度も撫でていく。
だが、当たらない。
ダイスは顎をわずかに引き、ため足で重心を後ろに溜め、短い刃を“ハの字”に開く。刃の腹で受け、角でそらし、半歩だけ芯線を外す。砂に刻まれる足跡は小さく、しかし一定のリズムで連なる。木剣と木刃がかすかに触れ、「チ、チ、チ」と乾いた音だけを置いていく。

「そうじゃ、そのまま。ため足で顎を下げい。落ち着いて対処すれば当たるまい」
クレインの声が、砂埃を割って届く。

「雑魚のくせに……!」
カムルの目が細くなり、構えが一段低くなった。踏み込みが鋭く、間合いの詰めが一拍早い。連撃は強く、圧は重く——それでも、当たらない。
ダイスは軸をぶらさない。肩でいなさず、丹田でいなす。紙一重で身を抜き、短剣の縁で払う。押さず、押し返さず、ただ流す。観客のどよめきが、次第に熱を帯びた。

その時だった。――ポトリ。
ダイスの右手からダガーが離れ、乾いた音で土に落ちた。あまりの事態に、カムルの眉がわずかに跳ね、踏み込みの拍が半拍空白になる。

「今じゃ」
クレインが口の端を上げる。
次の拍で、ダイスの巨体が低く沈み、地を割るようなタックルが突き刺さった。
長剣の間合いより内側、肩で胸板を押し上げ、そのまま腋で刃をはさみ込む。木剣が軋み、巨躯の剛力が一点へ集中――ミシッ、と音を立てて長剣がしなる。さらに体重を前へ乗せると、中心でバキリと折れた。もちろん公式戦では反則の技。

カムルの目が見開く。だが、金級の足は死んでいない。折れた長剣の残身を逆手で握り、鍔でダイスの肩を小突き、半身で体をずらす。
折れ口を“楔”のように押し当て、ほんの一拍、巨体の圧を外へ流すと、踵で砂を払って斜め後ろへ二歩――すんでのところで間合いを切った。
観客席から安堵とどよめきが混ざる。
クレインが小さく頷く。
「間を切ったか、なんじゃ?こういう戦いに慣れとるな」

ダイスは間を置かない。
折れた剣を外へ弾き、腰の鞘から左手で予備のダガーを抜く。返す手の甲で短く拍を刻み、踏み込みは低く、角度は至近。肋の下へ、喉の下へ、手首の腱へ――大きな身体に似合わぬ細かな連打が、“通る”線だけを正確に撫でていく。
クレインは口の端を上げた。
「捨てて入る。……ようやったわい、ダイス
 ……やつの腰が浮いた!」
クレインの声が刃の合間に滑り込む。
「ダイス、今じゃ!」

ダイスは踏み石を渡るように一歩外へ、ため足からの送り足で背面に回り込む。長剣の射線が空を掴む瞬間、右足がすくう——足払い。これも反則技。
カムルのバランスがわずかに崩れ、砂がはぜた。その隙に、ダイスのダガーが首筋へ滑り込む。

同時だった。崩れた体勢のまま、カムルの手首が返り、刀身が後ろへ泳ぐ。
二本の木刃が、同じ呼吸で喉元に触れた。

二人とも、呆然。

「そこまで!」
バルガスの号令が砂埃を切る。「両者有効、引き分け!」

現実は唐突だった。カムルは木剣をわずかに震わせ、瞳にまだ勝敗の続きが映っている。対するダイスは、首元の木刃を見下ろし、さらに自分の木刃を見下ろし——理解が追いつかない。

「……俺が、引き分け?」
「カムルさん、手加減してくれたんですよね?」
「……いや、全力だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...