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第14話 空っぽの伽藍堂
しおりを挟む王都への街道から外れ、二人は夕暮れの宿場町へ入った。干し草と焼き串の匂い、吊り下がる紙灯り、太鼓の「トン・テン」の拍。通りは祭りの夜支度で浮き立っている。
「今日はここで食糧の買い出しと、泊まっていこう」
「うむ」
荷車の脇から声が飛ぶ。
「旅人さんかい?」
「冒険者じゃ」
「その歳でか!?まさか噂のヒュドラ殺しのじいさんかい!?」
ルカは眉を寄せる。
「噂になってるみたいだね、じいちゃん。騒ぎになると面倒だし、やり過ご——」
「正しくその通りじゃ!」クレインは胸を張る。「このクレイン・ヴァルドナと孫のルカこそ、ヒュドラ討伐の勇士!!!」
「ほほぉ、やっぱり!ならぜひこっちへ!」
人波に押され、広場へ。中央には仮設の木舞台、《模擬戦・対戦者募集》の札が風に揺れる。若い剣士が次々挑むが、舞台脇には「敗者」の木札ばかりが積まれていく。
町人が顎で示す。
「クレインさん、出てくれないか?相手はアシュレイ・ロウ。王都の剣術大会優勝の天才だ。強すぎて賭けにならん。勝てば賞金も出る」
「じいちゃんダメ。体調悪いんだから」
クレインは舞台上の足さばきを眺め、顎に手を当てた。
「ふむ……ルカよ。これは“ヴァルドナ流”を広める好機じゃと思わんか?」
「だめだこれ、止めても無駄なやつだ……闘気だけは使わないで。倒れるから」
「わかっとるわい」
ちょうどその時、太鼓が鳴り、勝者の名が呼ばれる。
「——アシュレイ・ロウ!」
細身の剣士が礼を崩さず観客に会釈。踏み替えに乱れがない。華がある。
壇上の呼び子が声を張った。
「次の挑戦者は——ヴァルドナ流創始者、クレイン・ヴァルドナ!!」
「何か意気込みを」
クレインは一歩前に出て、木剣の鍔を指でコツリと鳴らす。
「月謝は月に銀貨四枚!!親切価格でやっておる。超実践剣術、ヴァルドナ流じゃ!!」
客席が一拍遅れてざわついた。
「ヴァルドナ流?」「……たしかに親切価格だけど」
呼び子は慌てて巻き直す。
「で、では気を取り直して——若干二十五歳にして四大流派すべて免許皆伝、王都剣術大会優勝、アシュレイ・ロウ!!」
歓声が跳ね、紙灯りが揺れる。舞台袖から現れた細身の剣士、アシュレイは礼を終えると、舞台の板目を一度だけ見た。
だが歓声とは裏腹にアシュレイの心のうちは静かだった。
四大流派の免許皆伝、近衛からの召し抱え、観客の歓声——どれも胸を鳴らさなかった。
拍手はいつも、遠い雨だ。刀痕よりも綺麗に整えられた自分の呼吸が、退屈を毎度きっちり計測してくれる。
気まぐれに地方の催しに出れば何かが変わるかと、わざわざ足を延ばしても、舞台の上にあるのは空っぽの伽藍堂——そう、彼の胸の奥にあるのと同じ、よく磨かれた空洞。
「このじいさんと戦うのか?」
クレインは微笑を崩さず首を傾ける。
「不服かのう?お若いの」
「……ああ。木剣でも危険すぎる」
年長への配慮——そう受け取れる声音だった。クレインの笑みはそのまま、しかし舞台の空気だけが半度下がる。
「優しいことじゃ。……わしはお主が乳飲み子の頃から剣を振るっておるがのう」
穏やかな声のふちに、ゆるやかな殺気が滲む。アシュレイの瞳孔がわずかに締まり、足の置き場が半寸だけ下がった。
舞台袖の板札に《投擲・足払い・蹴り 禁止》。呼び子の背で半分隠れている。
呼び子が喉を鳴らし、太鼓が一度、皮を鳴らす。
「で……では、試合を始めます。——開始!」
木剣が同時に構えへ上がる。クレインは顎をわずかに引き、ため足で拍を作る。アシュレイは刃先を一点に置き、間を測る。観客のざわめきが遠のき、夜風が一度だけ、舞台を横切った。
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