15 / 22
第15話 ヴァルドナ流、敗れる
しおりを挟む
アシュレイは木剣を正眼に据えた。対面の老剣士は、木剣を腰に下げたまま微動だにしない。刃先を探っても隙がない。――打てば入るのは自分の呼吸の乱れ、という嫌な予感だけが喉に張りつく。蛇が獲物をじわじわ壁際へ追い詰めるときの、あの乾いた圧迫感。
「こぬのか? 老体を労わってくれるのかのう?」
観客がくすりとする。クレインはわざとらしく肩を回し、余裕を装って片手で木剣を抜いた。鍔が「こと」と鳴り、会場のざわめきがすっと消える。静けさが支配し、紙灯りの揺れだけが拍を刻む。
次の瞬間、老剣士の指先が軽く弾いた。小石がひとつ、風を切って飛ぶ。
「――ッ!」
アシュレイは反射で首をひねり、石礫を紙一枚ぶんで避ける。だが踵が半寸ずれて、重心が崩れる。
「避けたか。やはり天才! じゃが――」
崩れた体勢へ、クレインの木剣がすべり込む。決まる――はずだった。
「止めっ!!」
壇上の男の声が割れる。「挑戦者クレイン、石礫による攻撃を反則行為として“注意”!」
「なっ!? ヴァルドナ流では初歩的な技じゃ!!」
「王都公式剣武規則に則り、注意です」
「ぐぬぅ……」
観客席から微かな笑いと「実戦派~」の野次。アシュレイは木剣を下ろし、呼吸を整える。目の前の老剣士は技術がある――それだけなら幾度も相手をしてきた。違うのは、得体の知れなさだ。拍の揺らぎ、隙に見せかけた罠、そして今の石粒ひとつ。刃と刃の外側に、何かがある。胸の内で、空洞に小石がころりと落ちる音がした。
太鼓が「トン」。呼び子が張り上げる。
「試合、再開——!」
今度はアシュレイが前へ出た。上段に振りかぶる——が、それは虚。刃先は滑る水のように角度を変え、狙いは胴。
流れる拍で虚実を織り、次の一打が前の残像に重なる。
クレインはわずかに顎を引き、木剣の“面”で受けては流す。
「ふむ、なかなか……」
濁流みたいな連ね打ちが続く。フェイントの細工が細かい。けれど、どこかで歯車がかみ合わなくなる。アシュレイの眉間に皺が寄る。
(なんだ、この感じ——?)
舞台の板目に、小さな音が紛れ込んでいた。クレインの踵が「こと」、鍔が「り」。呼吸と足運びに混ぜて打たれる不規則な拍が、アシュレイのリズムと間合いを半拍ずつズラしていく。
虚の次に来るはずの実が、微妙に遅れる。逆もある。踏み込みの深さが、毎回、半寸足りない。
「——そこじゃ」
鍔迫り合いの形から、クレインはため足で身体をずらし、相手の足をからめるように払った。アシュレイがよろめく。
「終わりじゃ!!」
振りかぶった決定打。アシュレイは反射で受けに回り、木剣を縦に立てる——その瞬間、呼び子の声が割り込んだ。
「止めっ!挑戦者クレイン、足払いの使用——反則行為につき、“注意”から“警告”に移行!」
会場が、どよ、と笑い混じりのざわめき。
「またか!!これじゃから王都式の試合は好かん!」
クレインが肩をすくめると、観客席から「反則多い!」「実戦派!」の野次が飛ぶ。太鼓がなだめるように小さく二打。
アシュレイは木剣を下ろし、乱れた呼吸を整えながら老剣士を見た。困惑は、興味へと形を変えている。明らかに異質で、明らかに異端
——だが、この剣をもう少し“味わって”みたい。胸の伽藍堂に、また小石が一つ、ころりと音を立てた。
「再開!」
呼び子の一声。アシュレイの構えが変わる。刃先は一直線、脚は弾かれるように沈む。
最短最速、閃光の型。
対するクレインは腰に木剣を納めるように据え、居合の姿勢で静止。空気が一段、張り詰めた。
先に動いたのはアシュレイ。爆ぜる踏み出し、流れる太刀筋が一直線に老剣士を貫かんと走る。
迎え撃つクレインの抜きは胴ではない。木剣の側(そば)で刃を払うように“剣そのもの”を狙い、するりと絡めて角度を外す。
アシュレイは即座に回転で絡みをほどき、二撃目へ移る——その瞬間、呼吸が止まった。
視界が暗く沈む。鳩尾に、クレインの前蹴り。体幹が一拍遅れて折れ、膝がきしむ。
「止め!挑戦者クレイン、蹴りの使用——反則行為につき、警告から“反則負け”に移行!」
「なっ!?これもダメか」
クレインが目を丸くする間もなく、係の男たちが両脇から抱えにかかる。
「挑戦者クレイン、退場!」
羽交い締めにされながら、老剣士はなお声を張った。
「毎週三回稽古!親切価格のヴァルドナ道場っっ!!」
場内がどっと沸き、笑いと拍手がまじる。老骨はずるずると舞台袖へ消えていった。
「勝者、アシュレイ・ロウ!」
喝采が降る。アシュレイは定型どおり礼を取り、顔を上げた。歓声は届く。
だが胸の内は静かだ。美しい剣だ、と何度も言われた。四大流派の皆伝も、近衛の誘いも、王都大会の優勝も、余裕のうちに通り過ぎていった。
——もし、今の勝負が続いていたら?あの老人の“異物”じみた剣の間で、自分の刃はどこへ置けたのか。美しいのは確かだ。けれど、本当に強いのか。
紙灯りが揺れ、太鼓が遠くで二度鳴った。舞台の板目に残る踏み跡は、まっすぐと、ところどころにズレがある。
そのズレを、アシュレイはしばらく見つめた。胸の伽藍堂に、小石がまたひとつ、ころりと音を立てる。
「じいちゃん、元気出しなよ」
「わしは落ち込んどらん!」クレインは胸をそらす。「ただな、せっかくの“ヴァルドナ流”布教活動が反則負けでは台無しじゃわい!」
「はぁ……とりあえず宿、向かうよ」
「その前に休憩じゃ!」
ルカのため息は灯りの輪に吸い込まれていった。
「こぬのか? 老体を労わってくれるのかのう?」
観客がくすりとする。クレインはわざとらしく肩を回し、余裕を装って片手で木剣を抜いた。鍔が「こと」と鳴り、会場のざわめきがすっと消える。静けさが支配し、紙灯りの揺れだけが拍を刻む。
次の瞬間、老剣士の指先が軽く弾いた。小石がひとつ、風を切って飛ぶ。
「――ッ!」
アシュレイは反射で首をひねり、石礫を紙一枚ぶんで避ける。だが踵が半寸ずれて、重心が崩れる。
「避けたか。やはり天才! じゃが――」
崩れた体勢へ、クレインの木剣がすべり込む。決まる――はずだった。
「止めっ!!」
壇上の男の声が割れる。「挑戦者クレイン、石礫による攻撃を反則行為として“注意”!」
「なっ!? ヴァルドナ流では初歩的な技じゃ!!」
「王都公式剣武規則に則り、注意です」
「ぐぬぅ……」
観客席から微かな笑いと「実戦派~」の野次。アシュレイは木剣を下ろし、呼吸を整える。目の前の老剣士は技術がある――それだけなら幾度も相手をしてきた。違うのは、得体の知れなさだ。拍の揺らぎ、隙に見せかけた罠、そして今の石粒ひとつ。刃と刃の外側に、何かがある。胸の内で、空洞に小石がころりと落ちる音がした。
太鼓が「トン」。呼び子が張り上げる。
「試合、再開——!」
今度はアシュレイが前へ出た。上段に振りかぶる——が、それは虚。刃先は滑る水のように角度を変え、狙いは胴。
流れる拍で虚実を織り、次の一打が前の残像に重なる。
クレインはわずかに顎を引き、木剣の“面”で受けては流す。
「ふむ、なかなか……」
濁流みたいな連ね打ちが続く。フェイントの細工が細かい。けれど、どこかで歯車がかみ合わなくなる。アシュレイの眉間に皺が寄る。
(なんだ、この感じ——?)
舞台の板目に、小さな音が紛れ込んでいた。クレインの踵が「こと」、鍔が「り」。呼吸と足運びに混ぜて打たれる不規則な拍が、アシュレイのリズムと間合いを半拍ずつズラしていく。
虚の次に来るはずの実が、微妙に遅れる。逆もある。踏み込みの深さが、毎回、半寸足りない。
「——そこじゃ」
鍔迫り合いの形から、クレインはため足で身体をずらし、相手の足をからめるように払った。アシュレイがよろめく。
「終わりじゃ!!」
振りかぶった決定打。アシュレイは反射で受けに回り、木剣を縦に立てる——その瞬間、呼び子の声が割り込んだ。
「止めっ!挑戦者クレイン、足払いの使用——反則行為につき、“注意”から“警告”に移行!」
会場が、どよ、と笑い混じりのざわめき。
「またか!!これじゃから王都式の試合は好かん!」
クレインが肩をすくめると、観客席から「反則多い!」「実戦派!」の野次が飛ぶ。太鼓がなだめるように小さく二打。
アシュレイは木剣を下ろし、乱れた呼吸を整えながら老剣士を見た。困惑は、興味へと形を変えている。明らかに異質で、明らかに異端
——だが、この剣をもう少し“味わって”みたい。胸の伽藍堂に、また小石が一つ、ころりと音を立てた。
「再開!」
呼び子の一声。アシュレイの構えが変わる。刃先は一直線、脚は弾かれるように沈む。
最短最速、閃光の型。
対するクレインは腰に木剣を納めるように据え、居合の姿勢で静止。空気が一段、張り詰めた。
先に動いたのはアシュレイ。爆ぜる踏み出し、流れる太刀筋が一直線に老剣士を貫かんと走る。
迎え撃つクレインの抜きは胴ではない。木剣の側(そば)で刃を払うように“剣そのもの”を狙い、するりと絡めて角度を外す。
アシュレイは即座に回転で絡みをほどき、二撃目へ移る——その瞬間、呼吸が止まった。
視界が暗く沈む。鳩尾に、クレインの前蹴り。体幹が一拍遅れて折れ、膝がきしむ。
「止め!挑戦者クレイン、蹴りの使用——反則行為につき、警告から“反則負け”に移行!」
「なっ!?これもダメか」
クレインが目を丸くする間もなく、係の男たちが両脇から抱えにかかる。
「挑戦者クレイン、退場!」
羽交い締めにされながら、老剣士はなお声を張った。
「毎週三回稽古!親切価格のヴァルドナ道場っっ!!」
場内がどっと沸き、笑いと拍手がまじる。老骨はずるずると舞台袖へ消えていった。
「勝者、アシュレイ・ロウ!」
喝采が降る。アシュレイは定型どおり礼を取り、顔を上げた。歓声は届く。
だが胸の内は静かだ。美しい剣だ、と何度も言われた。四大流派の皆伝も、近衛の誘いも、王都大会の優勝も、余裕のうちに通り過ぎていった。
——もし、今の勝負が続いていたら?あの老人の“異物”じみた剣の間で、自分の刃はどこへ置けたのか。美しいのは確かだ。けれど、本当に強いのか。
紙灯りが揺れ、太鼓が遠くで二度鳴った。舞台の板目に残る踏み跡は、まっすぐと、ところどころにズレがある。
そのズレを、アシュレイはしばらく見つめた。胸の伽藍堂に、小石がまたひとつ、ころりと音を立てる。
「じいちゃん、元気出しなよ」
「わしは落ち込んどらん!」クレインは胸をそらす。「ただな、せっかくの“ヴァルドナ流”布教活動が反則負けでは台無しじゃわい!」
「はぁ……とりあえず宿、向かうよ」
「その前に休憩じゃ!」
ルカのため息は灯りの輪に吸い込まれていった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる
邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。
オッサンにだって、未来がある。
底辺から這い上がる冒険譚?!
辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。
しかし現実は厳しかった。
十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。
そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~
鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。
そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。
母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。
双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた──
前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる