窓野枠 短編傑作集 2

窓野枠

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死刑

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 ある国に、三郎太と言う男が水を売る商いをしていた。一斗樽いっとだるを背負い山奥まで往復5時間も掛けて汲んでくる。翌日にはその水を売り歩く。ただおいしい水として売るのでは、早々売れるものではない。三郎太は「不老長寿の水」と称し売り歩いていた。当たり前のことだが誰も信用しなかった。それでもみんなは縁起のいい商品として愛飲した。というのも、この国ではどんな軽い罪でも死刑になるので、あまり長生きする者はいなかったのである。この国の日常は、万事次の調子である。 
「こら、ごみを捨てたな。この極悪人め! 人でなしめ! 」 
 このごみを捨てた男は、ただ単に持っていた鞄を手から落としただけだった。そこを通りかかったパトロールの役人に見つかったのである。 
翌日、即決裁判で、この男は絞首刑になる。そういう国家だった。 
 * 
 ある時、数人の役人が三郎太のところにやって来た。 
「お前はただの水を不老長寿の水などと称し売っておる。そんなものがこの世にあるわけがない。これは詐欺罪だ。神妙にお縄につけ」 
 こうして三郎太は役人に取り押さえられ、奉行所で裁きを受けることになった。 
  * 
「では、これより三郎太水売り疑惑の裁きを行う。おまえは不老長寿の水を飲んでいるのであろうな」 
「はい」 
「では、即刻、三郎太の首を切り落とせ」 
「げげげ、」 
 三郎太は奉行の言葉にしこたま驚いた。 
「御奉行様、それはあまりにもご無体な」 
「何を申す。お前は不老長寿の水を飲んでおるのであろう。然るに死ぬはずがあろうことか。それとも、この水にはそのような効能は、端からなかったのであろう。嘘つきは泥棒の始まり。即刻死刑である」 
「御奉行様、これはただの縁起物のネーミングでしかございません。どなたも本当に効くなどとは…… 。どうか何分にもお慈悲を…… 」 
「ええーい、問答無用! はりつけの刑に処す。引っ立てー 」 
 こうして三郎太は須崎百万石すさきひゃくまんごくという空き地で公開処刑されることになった。杭に張り付けられた三郎太は、槍で脇腹をぐさりと刺された。 
「痛い」と叫んだが、心臓まで達した槍の傷はすぐに再生された。もちろん死ぬことはなかった。まさに三郎太が汲んできた水は「不老長寿の水」どころか「不死の水」であった。この処刑を見ていて驚いたのは民衆だった。困った奉行は、人心を惑わしたかどで、三郎太を終身刑とした。この裁きに対して今までの民衆の怒りがついに爆発した。 
「奉行は罪もないものを死刑にしようとしたり、終身刑にしたり、裁きが間違っているぞ。これは大きな罪だ。奉行こそ死刑だ! 」 
 奉行所の周りには民衆が抗議の集会を開き奉行の弾劾を求めた。驚いた奉行は、死刑にされたら大変と三郎太から押収した「不死の水」を死ぬほど飲んだ。しかし、死なない。奉行は脹れた腹をなでながら安堵した。 
「もう安心だ」 
 そこへ奉行所の玄関をぶち破り乗り込んで来た民衆に驚いた奉行は、屋上へ逃げた。奉行は地上103階のペントハウスに隠れた。屋上にやって来た民衆がペントハウスを取り囲む。奉行は隅に小さくなってうずくまった。 
「ペントハウスに鍵がかかっています。奉行はきっとここに隠れています」 
「扉をぶち破れ」 
 その声と同時に扉が打ち破られた。奉行がついに観念して出てきた。 
「誰が死刑になるものか。俺はもう不死身なのだ」 
 民衆に叫んだ奉行は、屋上の柵を乗り越え宙に舞った。ここは地上103階。奉行は真っ逆さまに落ちていった。 
  * 
「うーん、頭が体にめり込んでも生きている。まさに不死の水だな」 
 こうしてこの国の民衆は不死の水を飲んだので、死刑は意味がなくなり、死刑は廃止された。
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