16 / 20
2
最期
しおりを挟む
勇は道路で脱げた靴を履こうとしていた。これから恵子に会って婚約指輪を手渡すつもりでいるのに。なかなか靴が思うように履くことができない。
「おかしいなあ。もう、裸足でいいや。恵子が待ってるし」
勇は片方の皮靴を持って、街を歩く。怪しげな男と思われるかと思ってキョロキョロと道行く人の顔色を見るが、誰も素知らぬ顔をしている。
「へえ、案外人の格好っていうのは無関心なものなんだなあ」
渋谷のアルタ1階の喫茶フォルテが待ち合わせだ。勇がフォルテの玄関の自動ドアから入ると、奥のテーブルにすでに恵子が来ていた。
「やあ、お待たせ」
勇が恵子の対面に座ると、ウエイターがすかさずオーダーを取りに来た。
「レスカください」
恵子はいつものを頼んだ。
「僕はアイコ」
ウエイターは軽い会釈をすると厨房へ消えていった。
「ねえ、これから何処へ行こうかな」
そうは言ったが、勇は行く所は決めていた。そこのロマンチックなムードの中で、これを渡すんだ。勇はジャケットのポケットの中に手を入れて確認する。確かにある。給料3か月分の大枚をはたいて購入してきた恵子に渡す婚約指輪だ。
恵子はさっきから玄関のほうと時計をちらちら見ている。一体何が気になるのだろう。
「どうしたんだい。さっきから一言もしゃべらないで、そわそわしているねえ」
勇が恵子に話しかけたところで、「おにいさん、もういいでしょ? 」という声が直ぐ横から聞こえた。びっくりして見ると、8歳くらいの少年がいる。あろうことか、素っ裸だ。
「どうしたんだい? そんな格好で。お母さんか、お父さんは? 」
少年の姿に驚いているのではと思って恵子の方を見ると、静かにストローをくわえ、レスカを飲んでいる。
「ねえ、この子、裸で寒くないのかなあ。おかしいよね」
恵子は相変わらずドアのほうを見ている。そのとき、恵子の携帯電話が鳴り出した。ショルダーバックから取り出したピンク色の携帯を耳に持っていく。話し方からするとどうやら、恵子のお母さんからのようだ。恵子の顔色が豹変した。何か重大な電話のようだ。彼女のこんな深い悲しみの顔を見たことがなかった。しばらくすると、恵子はテーブルに顔をうずめて低く嗚咽している。一体どうしたというのだ。
「恵子、どうした? 何があった? 」
恵子は顔を上げようともしないで、泣いているばかりだ。
「おにいさん、話しかけても無理だよ。お兄さんの声は聞こえないもの」
「なんだ。まだいたのかい? 」
「天国へ行く前に恵子さんに一目会いたいって言うから、待ってるんだよ。さっき、僕は天使だって言ったでしょ」
そのとき、勇の体から激痛の記憶が蘇ってきた。つい3時間前、ジュエリー店でこの指輪を買って店を出て横断歩道を渡っていた。そのとき、クラクションの音で横を見ると、乗用車が接近してきた。そこまでしか覚えていない。気が付くと転んで倒れていた。脱げた靴を履こうとしていたらなかなか履けなかった。
「おにいさん、もう幽霊だから足がないんだよ」
靴が履けなかったのは足がなかったからなのか、勇は自分の足元を見た。そして、恵子の髪を静かになでながら、勇はテーブルの上に指輪を置いた。しばらく考えてから、指輪を掴んでポケットに押し込んだ。
「早く別の指輪をはめろよな。絶対、幸せになれよ。俺がついてる」
「おにいさん、かっこいいよ」
そう言うおませな天使の頭を、勇は軽く小突いた。
「おかしいなあ。もう、裸足でいいや。恵子が待ってるし」
勇は片方の皮靴を持って、街を歩く。怪しげな男と思われるかと思ってキョロキョロと道行く人の顔色を見るが、誰も素知らぬ顔をしている。
「へえ、案外人の格好っていうのは無関心なものなんだなあ」
渋谷のアルタ1階の喫茶フォルテが待ち合わせだ。勇がフォルテの玄関の自動ドアから入ると、奥のテーブルにすでに恵子が来ていた。
「やあ、お待たせ」
勇が恵子の対面に座ると、ウエイターがすかさずオーダーを取りに来た。
「レスカください」
恵子はいつものを頼んだ。
「僕はアイコ」
ウエイターは軽い会釈をすると厨房へ消えていった。
「ねえ、これから何処へ行こうかな」
そうは言ったが、勇は行く所は決めていた。そこのロマンチックなムードの中で、これを渡すんだ。勇はジャケットのポケットの中に手を入れて確認する。確かにある。給料3か月分の大枚をはたいて購入してきた恵子に渡す婚約指輪だ。
恵子はさっきから玄関のほうと時計をちらちら見ている。一体何が気になるのだろう。
「どうしたんだい。さっきから一言もしゃべらないで、そわそわしているねえ」
勇が恵子に話しかけたところで、「おにいさん、もういいでしょ? 」という声が直ぐ横から聞こえた。びっくりして見ると、8歳くらいの少年がいる。あろうことか、素っ裸だ。
「どうしたんだい? そんな格好で。お母さんか、お父さんは? 」
少年の姿に驚いているのではと思って恵子の方を見ると、静かにストローをくわえ、レスカを飲んでいる。
「ねえ、この子、裸で寒くないのかなあ。おかしいよね」
恵子は相変わらずドアのほうを見ている。そのとき、恵子の携帯電話が鳴り出した。ショルダーバックから取り出したピンク色の携帯を耳に持っていく。話し方からするとどうやら、恵子のお母さんからのようだ。恵子の顔色が豹変した。何か重大な電話のようだ。彼女のこんな深い悲しみの顔を見たことがなかった。しばらくすると、恵子はテーブルに顔をうずめて低く嗚咽している。一体どうしたというのだ。
「恵子、どうした? 何があった? 」
恵子は顔を上げようともしないで、泣いているばかりだ。
「おにいさん、話しかけても無理だよ。お兄さんの声は聞こえないもの」
「なんだ。まだいたのかい? 」
「天国へ行く前に恵子さんに一目会いたいって言うから、待ってるんだよ。さっき、僕は天使だって言ったでしょ」
そのとき、勇の体から激痛の記憶が蘇ってきた。つい3時間前、ジュエリー店でこの指輪を買って店を出て横断歩道を渡っていた。そのとき、クラクションの音で横を見ると、乗用車が接近してきた。そこまでしか覚えていない。気が付くと転んで倒れていた。脱げた靴を履こうとしていたらなかなか履けなかった。
「おにいさん、もう幽霊だから足がないんだよ」
靴が履けなかったのは足がなかったからなのか、勇は自分の足元を見た。そして、恵子の髪を静かになでながら、勇はテーブルの上に指輪を置いた。しばらく考えてから、指輪を掴んでポケットに押し込んだ。
「早く別の指輪をはめろよな。絶対、幸せになれよ。俺がついてる」
「おにいさん、かっこいいよ」
そう言うおませな天使の頭を、勇は軽く小突いた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる