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第10章 通勤
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奥のテーブル席に座った彼女が片手を上げてあたかも旧知のように声を掛けてきた。周囲の客が一瞬彼女の方に視線を向けた。彼女はニコニコして座っていた。彼はテーブル席に歩いて行くと彼女の前に腰掛けた。
喜ぶ彼女を見た彼は自分と会う口実だったのかと安堵しながらも、一応、手提げカバンから茶封筒を取り出して彼女の前に置いた。
「あのぉー 約束の金額が入っています。今回限りです……」
「何言ってるのよ…… あなた、わたしに触ったのよ、たった1回で済むと思うの? 会うたびに触らせてあげるからその都度報酬を支払うって言う契約でどうかしら?」
今まで想像していた彼は首を激しくブルブル振った。彼女に脅迫され続けていく人生を想像したら、もう彼女のことは考えないことにして、遠回りして出勤する道を選択し正解だ、と自らに言い聞かせた。そして、彼女のことは金輪際忘れる、と誓った。しかし、彼のこの一連の想像が未来で起こるデジャブ(既視感)になろうとは予測できなかった。
*
勘太郎が通勤経路を変更してから時は流れ7月になった。彼にとって通勤時間は倍になったが、平穏無事な通勤だった。なにしろ電車が混雑することは東西線ほどではない。もう、混雑する電車でネームプレートを女性の服に引っかけることもない。そんな事件があって勘太郎が通勤経路を変えたことに対し、息子の浩志が不思議に感じた。勘太郎の家を出る時間が前より早くなったからだ。そのため勘太郎の朝食が早くなった。浩志が起きてきてキッチンの冷蔵庫から天然水を飲んだ。一息つくと、彼は勘太郎に言った。
「お父さん、八丁堀店から異動したの?」
「いや、運動不足だから健康のために一之江駅まで歩くことにしたんだ」
「ふーん、健康に気を付けてるんだ…… でも、遠回りではないの?」
「全然そんなことない…… それよりおまえ、もうすぐ卒業だろ? 卒業とか、就職とか…… 大丈夫なのか?」
「ほぼオッケーさ、建設会社に行こうと思ってるんだけど、最後に卒業研究をクリアしないとね。だから、ちょっと大変なんだ……」
「うんそうか…… あんまり無理しないで…… まっ、がんばれな」
「うん、ありがとう。そうだ、今度、ガールフレンドを家に連れてこようと思うんだ。その子と卒業研究を共同でやっているんだ。家だとゆっくり落ち着いて勉強できるしさ…… 今度、紹介するよ。その子、すっごくいい子なんだ」
「へー ガールフレンド?? 体力勝負の建築業界に女性か? 時代だねぇー しかし、おまえにもそんな子ができたのか、良かったな。遠慮せず連れてくるといい」
勘太郎は浩志に笑顔を向けてからビジネスバッグを手に持つと家を出た。彼は息子の成長を心から喜んでいた。
喜ぶ彼女を見た彼は自分と会う口実だったのかと安堵しながらも、一応、手提げカバンから茶封筒を取り出して彼女の前に置いた。
「あのぉー 約束の金額が入っています。今回限りです……」
「何言ってるのよ…… あなた、わたしに触ったのよ、たった1回で済むと思うの? 会うたびに触らせてあげるからその都度報酬を支払うって言う契約でどうかしら?」
今まで想像していた彼は首を激しくブルブル振った。彼女に脅迫され続けていく人生を想像したら、もう彼女のことは考えないことにして、遠回りして出勤する道を選択し正解だ、と自らに言い聞かせた。そして、彼女のことは金輪際忘れる、と誓った。しかし、彼のこの一連の想像が未来で起こるデジャブ(既視感)になろうとは予測できなかった。
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勘太郎が通勤経路を変更してから時は流れ7月になった。彼にとって通勤時間は倍になったが、平穏無事な通勤だった。なにしろ電車が混雑することは東西線ほどではない。もう、混雑する電車でネームプレートを女性の服に引っかけることもない。そんな事件があって勘太郎が通勤経路を変えたことに対し、息子の浩志が不思議に感じた。勘太郎の家を出る時間が前より早くなったからだ。そのため勘太郎の朝食が早くなった。浩志が起きてきてキッチンの冷蔵庫から天然水を飲んだ。一息つくと、彼は勘太郎に言った。
「お父さん、八丁堀店から異動したの?」
「いや、運動不足だから健康のために一之江駅まで歩くことにしたんだ」
「ふーん、健康に気を付けてるんだ…… でも、遠回りではないの?」
「全然そんなことない…… それよりおまえ、もうすぐ卒業だろ? 卒業とか、就職とか…… 大丈夫なのか?」
「ほぼオッケーさ、建設会社に行こうと思ってるんだけど、最後に卒業研究をクリアしないとね。だから、ちょっと大変なんだ……」
「うんそうか…… あんまり無理しないで…… まっ、がんばれな」
「うん、ありがとう。そうだ、今度、ガールフレンドを家に連れてこようと思うんだ。その子と卒業研究を共同でやっているんだ。家だとゆっくり落ち着いて勉強できるしさ…… 今度、紹介するよ。その子、すっごくいい子なんだ」
「へー ガールフレンド?? 体力勝負の建築業界に女性か? 時代だねぇー しかし、おまえにもそんな子ができたのか、良かったな。遠慮せず連れてくるといい」
勘太郎は浩志に笑顔を向けてからビジネスバッグを手に持つと家を出た。彼は息子の成長を心から喜んでいた。
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