ホラー~童謡シリーズ~

Musk.

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花いちもんめ

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「ああー!くそっ!」

俺は飲みかけのビールを乱暴にテーブルに置いて怒鳴った。

くっそ!えりちゃんは俺が狙ってたのに!なんで優太に取られたんだ!俺はスマホに映ってる優太からのLINEを見ながらボヤいた。


事の始めは1か月前。
俺が彼女欲しい彼女欲しいと言いまくってたら優太が合コンをセッティングしてくれた。

「サンキュー!優太!!恩に着るよ。」
「いや、いいって。俺も彼女欲しかったし。」
「で?今回の子はどんな子?」
「喜べ仁、お前が好きな女子大生だ。」
「やったぁー!!優太まじ最高っ!!」

俺って女子大生好きなんだよね、今の女子大生って可愛い子多いしオシャレだし。俺はワクワクしながら合コンへと向かった。


「えりです。よろしくお願いします。」

一目惚れだった。
まるで童話から飛び出てきたお人形さんのようなえりちゃん。
いや、本当下手なアイドルより可愛いって。
そんなえりちゃんに興味を持ったのは俺だけじゃなく。

男達皆えりちゃんに夢中だった。いや、他の女の子達も可愛かったけどね。えりちゃんが可愛すぎたんだよ。


俺はとりあえず女の子全員に連絡先を聞いた。
明らかにえりちゃんだけってのは可哀想だから。まぁ連絡するのはえりちゃんだけなんだけどね。


毎日毎日LINEして。
何してるのって他愛ない会話からさり気なくえりちゃんの趣味を聞いたり。映画が好きなえりちゃん。
あっ俺も映画好きなんだよね!としょうもない嘘をついてえりちゃんを映画に誘おうとした時だった。

優太からの、「えりちゃんと付き合うことになった。」というLINEを受け取ったのは。


まぁ優太にえりちゃん狙いだとは言ってなかったけど。
あの雰囲気で俺がえりちゃん狙いだってのはわかるだろう。

俺はソファに寝転んでスマホを眺めた。
「なんでお前が先に彼女作ってんだよ!」
えりちゃんに送るはずだったお誘いのメッセージを消しながら、俺はそうボヤいた。


“―――め“

「ん……?」

気付けば俺は寝てしまっていたらしい。外はすっかり暗くなっていた。

「今何時……げっ12時かよ…!面倒だしそのまま寝ちゃお。」

俺はスマホをテーブルに置くと寝返りを打った。


“――――――しい、――め。“

「あ……?」

どこからか子供の声が聞こえる。
こんな夜中に?気の所為だろ。
俺は気にしないで寝ようとしたのだが。

“――――――くやしい、花いちもんめ。“

気持ちとは裏腹に頭は冴えてきたのか、声がはっきりと聞こえてきた。


花いちもんめ歌ってるのかよ…!あの近くの公園か?親はどうしたんだよ…。

俺は眠くてただぼんやりと花いちもんめを聞いていた。


“負けてくやしい 花いちもんめ


となりのおばさんちょっと来ておくれ

鬼がいるから行かれない

お釜かぶってちょっと来ておくれ

釜がないから行かれない

布団かぶってちょっと来ておくれ

布団破れて行かれない


あの子がほしい

あの子じゃわからん

この子がほしい

この子じゃわからん

相談しよう そうしよう“


声は延々とそれを繰り返していた。

……?勝ってうれしい花いちもんめって最初つかなかったっけ。
俺は不思議に思った。ずっと負けてを繰り返していたからだ。

負けて悔しい――。

なんだかそれがえりちゃんを取られた俺みたいで。
俺はイラッと来てボソッと呟いた。

「……勝ってうれしい花いちもんめ…………。」

すると今まで延々と歌い続けていた声がピタリと止まった。


えっ?俺のひとことが聞こえた?
いや、そんなことあるはずない。

すると声がまた聞こえ始めた。

“相談しよう そうしよう“

俺は何となくえりちゃん、と答えた。
……………馬鹿らしい、寝よう。俺は静かに目を閉じた。



「ああー頭いてぇ。」

二日酔いだ、やけ酒はするもんじゃないね。俺は頭痛薬を取りに歩いた。
あっそういや優太にLINE返してないな…。
頭痛薬を飲み込むと俺はスマホを手に取った。

なんて返せばいい?えりちゃん取るなよと言うのもかっこ悪い。かと言っておめでとうと送るのも癪に障る。
俺は良かったじゃん、とぶっきらぼうに返すとスマホを投げた。


それから1か月後の事だった。

「今から、会えない?」

えりちゃんから突然LINEが来たのだ。

優太と付き合い初めてからLINEしてないのに。それに……えりちゃんから送ってきたのは初めてだ。
俺は逸る気持ちを抑えて「了解。」と送った。


「私……本当は優太くんじゃなくて仁くんが好きだったの……!」

喫茶店に入るなり、えりちゃんは涙目でそう言った。

「毎日仁くんLINEくれるから仁くんも私に気があるのかなって。期待してたんだけど……優太くんから仁くんは沙穂狙いだって聞いて………。」

俺は頭を殴られた気分だった。俺がいつ沙穂ちゃん狙ってるって言った!優太のやつ、そう言って俺からえりちゃんを遠ざけたな。

「でも沙穂から聞いても1回も仁くんからLINE来ないって…。優太くんに問いただしたら仁くん私のこと好きだって……。」

俺は優太にイライラしながらもこの展開に胸を踊らせていた。
あのえりちゃんが俺のこと好きだったなんて!!

「……で?優太とは別れたんだよね?」
「もちろん!!私、優太くんとは付き合えない……!」
「じゃぁえりちゃん………俺と付き合ってよ。」

俺はえりちゃんと付き合うことになった。


その日から俺は幸せだった。
毎日毎日えりちゃんから可愛いLINEが届く。
休みの日はえりちゃんと出かけたり家に呼んだり。本当に幸せだった。…………何ヶ月間は。

えりちゃんは驚くほど独占欲が強かった。

容姿端麗のせいかプライドが高く、自分より可愛くない女の子とイチャイチャするなんてありえない!とことある事に怒った。

いや、イチャイチャした覚えなんてないけどね。
ちょっとコンビニの店員の女の子と手が触れちゃっただけとかなんだけど。

最初は焼きもち可愛いなぁと思ってたけど行き過ぎた独占欲は鬱陶しいばかりで。俺はよく同僚の咲ちゃんに相談していた。

「え?そんなことで怒るんですか?彼女さん怖いですねぇ…。」
咲ちゃんは大人しく聞いてくれていた。

新入社員で今年入ってきた咲ちゃん。あまり可愛いとは言い難い顔だが愛嬌があって人気があった。気が利くのもポイント高いよな。俺は咲ちゃんと話しながら、女の子は顔じゃない……咲ちゃんみたいな子の方が上手くいくかもとボンヤリ考えていた。


「あーあ今日も疲れたぁ。」
俺はベッドに横になった。

「さて、えりちゃんに今から寝ると報告しなきゃ。」

何時に帰宅し今何をして、何時に就寝する。俺は仕事から帰るとそう報告しろとえりちゃんから言われていた。

「………俺何やってんだろ。」
俺はそう呟くと枕に顔を埋めた。


“勝ってうれしい花いちもんめ“

「ん…………?」

また、だ。またあの歌が聞こえてきた。
ただ今回は負けてくやしいとは言わず延々と勝ってうれしいと繰り返していた。
そうだ俺は優太に勝ったからえりちゃんを手に入れたんだよな…。

でも、もう、えりちゃんは要らないや。

俺はそう考えると、今度は

「負けてくやしい花いちもんめ。」

と呟いた。


俺の声が聞こえる筈ないのに。何故かまたもや歌はピタリと止まった。
そして少しの静寂のあと、また歌い出した。

“相談しよう そうしよう“

俺はまた「えりちゃん。」と呟くと心地よい眠りに落ちていった。


次の日からだった、えりちゃんの様子が変わったのは。
あんなに鬱陶しかった束縛のLINEは来なくなり、むしろ俺を避けているようだった。そして久しぶりに来たLINEでついに、「別れよう。」

俺は嬉しかった。これでえりちゃんと終わりに出来る。
もう好きな子も出来たしね。えりちゃんは、もう必要なかったから。


「さーきちゃん」

俺はコンビニ弁当を持って咲ちゃんの隣に座った。
俺の新しい好きな子、咲ちゃん。やっぱり女の子は家庭的な子がいいよね。

「じゃぁ、彼女の方から別れたいと。」
「そうそう、本当にラッキーだったよ。咲ちゃんありがとね。」
「いえ、私は何もしてないので…。」
そう言って咲ちゃんは照れたように笑った。可愛い。

「てか咲ちゃん毎日お弁当手作り?美味しそうだね。」
俺は咲ちゃんの小さなピンクの弁当箱を覗き込んで言った。
「あっはい!節約したくてお弁当作ってます。」
「偉いね咲ちゃん!さすがお嫁さんにしたい女の子No.1だね!俺もコンビニ弁当じゃなくて咲ちゃんのお弁当食べたい!」

俺は小さい子のように拗ねて言うと咲ちゃんはなんですかそれ、と笑った。
作ってきましょうか?って言ってくれないかなぁ…俺はそう期待して咲ちゃんを見ると。

「おいおい近藤、咲ちゃんのお弁当狙ってるのはお前だけじゃないぞ。」
イケメン野郎が咲ちゃんの隣に腰かけやがった。

「げっ!佐々木!!」
「げってなんだよ…。ねー咲ちゃん、咲ちゃん今度俺に弁当作ってくれるんだもんね。」
佐々木が咲ちゃんを覗き込むと咲ちゃんはボフッと赤くなり
「うっ……うん………。」と小声で答えた。

えっ?何これ?この2人出来てんの?
焦りを抑えながら俺がそう聞くと咲ちゃんは違います!!と大慌てで答えた。でも咲ちゃんが佐々木を好きなのは一目瞭然。

俺は面白くなくてその後黙って弁当を食べた。


「あー!佐々木の野郎!!」
俺はまたやけ酒していた。
俺の方が先に咲ちゃんに目をつけたのに。なんでお前なんだよ!
理不尽な怒りをぶちまけながら俺はビールをがぶ飲みした。


「もう少しで…12時だな…。」

俺は期待していた、あの花いちもんめを。
馬鹿だとは思う。ただの偶然だと思う。
でもあんなに都合よくえりちゃんが手に入って、捨てられるなんて。咲ちゃんも都合よく手に入るんじゃないか。

俺の期待に答えるように、12時になると同時に歌は聞こえてきた。


“負けてくやしい 花いちもんめ“

ああ、やっぱり。今の俺は佐々木に負けているからな。
歌は無邪気に歌い続けていた。
俺は慣れたように「勝ってうれしい花いちもんめ。」と呟いた。

すると声がまたピタリと止まった。

ああ、楽しい!!まただ!また同じだ!これで咲ちゃんは俺のものだ。思わず笑うと声がまた歌い出した。

“相談しよう そうしよう。“

「咲ちゃん。」

悪いな佐々木、咲ちゃんは諦めてくれ。
大丈夫お前イケメンだから代わりなんて沢山いるから。
俺は笑いが止まらなかった。


「近藤さん、お弁当作ってきました!」

次の日のお昼休み。二日酔いで潰れていた俺に咲ちゃんが声をかけた。

「あっ……食欲ないですかね…?」
「いやいや!咲ちゃんのお弁当なら食べられるよ!!熱があっても食べられる!!」

近藤さんったら……咲ちゃんが笑いながら俺の隣に座った。

ああ、やっぱり咲ちゃん手に入った。
俺が幸せを噛み締めていると、佐々木が急いで咲ちゃんの隣に座った。

「え!?咲ちゃん俺のは!?俺の弁当作ってくれるって……。」
「すみません、なんだか近藤さんの先に作りたい気分だったんで…。」

焦る佐々木に対して咲ちゃんは、はにかんで言った。
残念だな佐々木、咲ちゃんは俺のものだよ。
佐々木は面白くなさそうに無言で弁当を食べ始めた。

俺は優越感に浸っていた。



「咲ちゃんってお母さんみたいだよね。」
休みの日、俺の洗濯物を畳んでいる咲ちゃんに言った。

「えっお母さん?」
「うん、なんか家事とか早いし。よく気が利くし。」
「それ、よく言われる…。尽くしすぎちゃうのかなぁ。」
咲ちゃんは照れ笑いをした。


咲ちゃんと付き合い初めて3ヶ月。
咲ちゃんは本当に尽くしてくれて俺は幸せだった。
休みの日には家事をやってくれて仕事の日も毎日お弁当。
正直結婚も考えたんだけど…………

「やっぱりお母さんだよな。」

咲ちゃんに魅力を感じ無くなっていた。
でも他に好きな子出来たわけじゃないし。家事助かるし。
俺はズルズルと付き合っていた。


ピンポーン♪

休みの日俺がダラダラしているとインターフォンが鳴った。

家事をしに来ると言う咲ちゃんを断り俺は1人休日を満喫していた。たまには1人になりたいからね。

「はーい…。」

重い腰をあげて玄関に向かうと可愛い声が聞こえた。

「あっ私、隣に越してきたものです!」

そういや隣バタバタしてたな…俺がドアを開けると。

「遠藤といいます。」
小動物みたいな可愛い女の子が立っていた。


咲ちゃんごめんね。俺はそう心の中で謝罪をしてあの歌を待った。

咲ちゃんなら家庭的だし俺よりもっといい男が出来るよ!
俺は都合のいい事を考えながら流れてきた歌を聞いた。

そして歌った。

「負けてくやしい花いちもんめ。」

“相談しよう そうしよう“

「咲ちゃん。」

さようなら、咲ちゃん。


それからの俺はまさに薔薇色の人生だった。
気に入った女の子がすぐ手に入り、必要無くなったらすぐに消える。
酷い男だって?いやいや俺は振ってないよ。いつも別れは女の子から。そう、後腐れもないんだ。
皆幸せ。何も問題なんてないのさ。俺は今日も歌を歌っていた。


「え?お前、ななちゃんと結婚しないの?」
「結婚?俺はまだしないよ。」
こんなに相手が選り取りみどりなのに結婚なんてするか。

「でもななちゃん結婚したがってたぞ。子供も欲しいって。」
「あーなんか言ってたな…シカトしたけど。」
「お前酷いなぁ…乙女心分かってやれよ。」
「うーん、そうだな…そろそろ決めるか…。」
「おっ!?結婚するのか!?」

友人の問いに俺は笑いながら答えた。
「いや、違うよ……。」と。


ななちゃん可愛くて好きだったけどなぁ…したくない結婚迫られたらしょうがない。ななちゃんごめんね。

俺はまた歌を待った。

酷いなんて思わないでね、ななちゃんを解放してあげるんだ。逆に優しさでしょ?
誰に言うでもない言い訳をしていると…ついに12時になった。

……………が、


「歌が……聞こえない!?」

いつも聞こえるはずの歌が聞こえて来ないのだ。
何故だ!?俺が求めると必ず聞こえてきたのに!!

俺は焦って窓を開けた。
公園に人影はない。一体どこで歌っていたのか。
窓を閉めどうしようかと部屋中をウロウロしているとついに聞こえてきた。

“勝ってうれしい 花いちもんめ“

「良かったぁぁ!」

俺は安堵の声をあげた。
ただ遅れてただけなのか…心配させやがって。
俺は少し苛立ちながらもいつもの様に歌った。

「負けてくやしい花いちもんめ。」

いつもの様にピタリと止まり、いつもの様に歌い出した。

“相談しよう そうしよう“

「ななちゃん。」

俺は迷いもなくいつもの様にそう告げた。

さて、寝るか。
ひと仕事を終え俺がベッドに入ると。



“あの子がほしい

あの子じゃわからん

この子がほしい

この子じゃわからん

相談しよう そうしよう“

また歌が聞こえてきたのだ。

あれ?俺、ななちゃんって言ったんだけど。

「ななちゃん。」

俺はまたそう告げた。しかし。

“相談しよう そうしよう“

俺の声を無視するように歌は続いた。


「ふざけんな!ななちゃんって言ってるだろう!」
何度ななちゃんと言っても歌は続いている。
なんだこれ!?なんでななちゃんにならない!?
一体どういう事だ!!

俺は取り憑かれたように「ななちゃん」と言い続けた。
頼むななちゃんを消してくれ。俺にはもう邪魔なんだ。


俺の必死の声が届いたのか。歌はピタリと止まった。
「ふぅ……。」
俺は力なくその場に座り込んだ。


その時だった。

“この子にしよう そうしよう“

不気味な声と共に突然腕を掴まれた。


「ひっ!?」

“この子にしよう そうしよう“

狂ったテープのように延々と不気味な声は続く。

「ふざけんな!俺じゃない!!」

“この子にしよう そうしよう“

腕を掴む手はどんどん増えていき………

「俺じゃないって言ってるだろう!!」

“この子にしよう そうしよう“

「やめて!!やめてくれ!!頼む!!離してくれー!!」






「ねぇ聞いた?今日入ってくる人……ニュースでやってた連続殺人犯みたいだよ。」
「ああ、知ってる、あれでしょ?彼女から別れ話される度に殺してたっていう………。」
「そうそう、遺体をクローゼットに詰め込んでたらしいよぉ!怖いよねぇ…。」
「そうなの!?でも匂いで分かるんじゃ…。」
「隣住んでる人いなかったみたいで。ほら、確か隣人も殺したんだよね?ストーカーした挙句。」
「うわぁ怖い。あんな平凡な顔してるのにね。」
「平凡な人のが怖いのよ…。でもうちに来るって事はやっぱり異常者なのよね?」
「そう、精神鑑定するみたい。うわ言のように俺じゃない離せって言い続けてるんだって。」



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