ホラー~童謡シリーズ~

Musk.

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うしろのしょうめんだぁれ

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「わぁー!理央、結婚決まったんだ!おめでとう!!」

行きつけのバーに集まった私達は今日の主役を囲んで祝福していた。

「ありがとう…!!まさか拓矢と結婚するなんて思わなかったよー!」
「そんなこと言って!かなり長かったじゃないお付き合い期間!」
「うーん腐れ縁みたいな…?早く結婚しろって親から言われたから……あっ…」

理央は私を見て気まずそうに口を噤んだ。

「何?結婚してないのって私だけって?気にしないでよ、私結婚願望無いから。」
私がアヒージョをつつきながらそう言うと梨花が言いづらそうに言った。

「真実……あんたまだ俊哉さんと………。」
「そ、付き合ってるよ。」
「でも俊哉さんは…………。」
「ちょっとこんな時に説教とかやめてよ?ほら、主役は理央!!本当におめでとう!!」
居た堪れなくなった私は流れを主役に戻したのだった。


「じゃぁまた連絡するねー!」
理央のお祝いパーティを終え私達は解散した。

寒い空気が張り詰める大通りを1人歩く。私はスマホを取り出した。

「今終わったよ…あっダメだ今日は日曜日……俊哉さんは家族と一緒だ。」
私は取り出したスマホをまたバックにしまった。


俊哉さん――私が昔派遣社員だった時の上司。

最初は優しい上司だなぁってだけの印象だったけど、関係が変わったのはあの日の夜だった。
当時付き合っていた彼と別れて落ち込んでた私。仕事も身が入らずダラダラしていた時に俊哉さんに声かけられた。

俊哉さんの行きつけのお店に連れてかれて…根掘り葉掘り聞かれるのかなって思ってたけど。俊哉さんは何も聞かず隣に居てくれた。
それが逆に悲しくて……嬉しくて。気付けば私は子供みたいにわんわん泣いて俊哉さんに全部話していた。


その日から私は俊哉さんに依存し始めた。でも大好きな俊哉さんには迷惑かけたくない。私は依存しながらもルールを決めた。

俊哉さんの家庭を壊さないように。

家族がいる時間は連絡しない、とか遅くまで付き合わせない、とか。そして、結婚を望まない…………とか。

これでいいんだ。私は俊哉さん以外は興味が無い。
興味が無い人間と結婚するぐらいならしないまま生きていく。


私はショーウィンドウに映る自分をボンヤリと見つめていた。
そこにはオシャレなワンピースにブランドのコートを羽織った綺麗な私がいた。
そう、結婚したらこんなオシャレな洋服も頻繁に買えないし、エステにだって頻繁に行けない。
そんなの嫌。私は、俊哉さんに綺麗な私だけ見て欲しい。綺麗な私だけ、愛して欲しい――。

私は人で賑わう街を歩き始めた。



「あーなんかだるい……。」
私の一言に梨花が心配そうに顔をしかめた。

「やだ風邪?大丈夫?栄養ドリンクでも飲む?」
「ううん、大丈夫。残業続きのせいか最近身体がだるくて。」
「あー今ちょうど忙しい時期だからね。大変だねぇ。」
「この時期過ぎたら楽になるし…給料その分弾むからいいの。」
欲しいバックがあったし…なんて言うと無理しないでね、と梨花は呆れたように笑った。


「ねぇねぇ真実お姉ちゃん、遊ぼうよ。」

梨花の下の子、たっちゃんが私に声掛けてきた。

「ダメよ真実はお疲れなんだから。お友達来てるんだからお友達と遊びなさい。」
「だって真実お姉ちゃんに折り紙を………。」
「たっちゃんー!かごめかごめやろう!」
「分かったー!!」

たっちゃんは機嫌を治したのかニコニコして走っていった。


かごめ かごめ

かごのなかのとりは

いついつでやる

よあけのばんに

つるとかめがすべった

うしろのしょうめんだあれ


「かごめかごめか…懐かしいな…。」
「何?真実ってやったことあるの?意外!」
「あのねぇ、私だって小さい時はそういう遊びしてたんだから。」
「ごめんごめん。でもかごめかごめって怖い都市伝説あるわよね…。」
「そうなの?」
「そう、姑が嫁を突き落としたとか借金地獄の遊女とか…埋蔵金の在り処だって話もあるんだって。」
「知らなかった…童謡なのに残酷なのね。」
「まぁ都市伝説だから本当か分からないけどね。」

そんな残酷な歌だと知らず子供は楽しそうだなぁ…私は嬉しそうにかごめかごめを遊ぶ子供達を見つめていた。



「えっ今日も会えないの!?」
私は珍しく声を荒らげていた。

「悪い仕事が忙しくてな…来週辺り食事に行こう。」
「来週って……!先週もそう言ってた…「あっ悪い取引先の人が来た、またな。」

ツーツーツー

「もう、なんなの!?」
私は慌ただしく切れた電話に怒りをぶちまけた。

最近…………俊哉さんの様子がおかしい。
忙しいの一点張りで全く会ってくれないのだ。連絡も明らかに回数が減ってる。

何?何があったの?

私は俊哉さんにわがままなんて言わない。家庭のことだって口出ししないのに。

――奥さんが勘づいた?

私は不安で堪らなかった。いけないと分かっていたけど………俊哉さんを尾行することにした。


私は会社帰り、俊哉さんが降りる駅で待ち伏せしていた。
今日も仕事が終わらないと食事を断られたのだ。

この駅を使ってるのは知っている……だからここで待っていれば俊哉さんが来るはず。


何時間経ったのだろう。ついに俊哉さんが改札口から出てきた。

「来た………。えっ…………。」

私は久しぶりに見た俊哉さんの姿に驚愕した。
遠くから見ているのだが、それでも分かるほど彼は衰弱しきってたのだ。

あれが……俊哉さん?いつも素敵で大人っぽかった俊哉さん?
私は動揺しながらも静かに俊哉さんの後をつけて行った。


「ここが……俊哉さんの家。」

初めて見る俊哉さんの家は二階建ての素敵な一軒家だった。

そう言えば無理して建てた家だから頑張って働かないとって言ってたっけ。家庭があることは分かっていたけど、その現実を目の前に突きつけられて私は泣きそうになった。

――ダメ、しっかりしないと。俊哉さん……奥さんにバレたの?

俊哉さんはただいまと力無く言って家に入って行った。
奥さんのおかえりなさいと言う声が耳についた。


それから私は毎日のように俊哉さんの家の近くで待ち伏せしていた。奥さんにバレたなら奥さんとの接し方が変わってるはず…そう思ったからだ。けど。不思議と奥さんとの仲は変わっていなかった。

私が気付かないだけ?いや、奥さんは何も知らず過ごしている。

ただ、俊哉さんの様子がおかしいだけで…………。

私は奥さんとの仲を疑うのをやめて、また俊哉さんの尾行を始めた。


私は何度も何度も俊哉さんを尾行した。

少し分かったことがあった。新しい女でも出来たのかと思ったけどそれも違った。俊哉さんは確かに取引先のような人達と話していた。

喫茶店で話している姿を何度か見かける。姿がバレるのが怖くてお店に入れない……だから私はいつも外で見ていた。

何を話しているか分からない。ただ彼は酷く疲労困憊しているようだった。


「あっ俊哉さん……?今大丈夫?」
「ああ、少しなら……。電話で話すの久しぶりだな。」

私は久しぶりに俊哉さんに電話をした。

忙しい俊哉さんに気が引けてなかなか電話をかけられなかったのだ。だからメールで連絡をしていた。
でも、やっぱり愛しい人の声が聞きたくて。

「うん……。声が聴けて嬉しい。」

私は電話をかけていた。


「ねぇ俊哉さん…声がかなり暗いけど、何があったの?」
「いや、仕事が忙しくて………。」
「嘘!嘘よ。………ねぇ俊哉さん、私は怒ってるんじゃないわ。心配なの。食事に行けなくたっていい、毎日電話しなくてもいい。でも俊哉さんが変わっていくのは見たくないの。」
「真実………。」
「俊哉さん私のかっこ悪い話黙って聞いてくれたじゃない。だから今度は私の番。話して俊哉さん……。」
「真実…………今から会えるか?」



私達はいつものお店に来ていた。
間近で見た俊哉さんは思っていた以上に衰弱していた。
酷いクマに白髪がかなり増えていて…まるでおじいさんみたいだった。

「酷い変わりようだろ…?」

私の驚く視線に気付いたのか俊哉さんは自嘲した。

「ううん、俊哉さんは変わらない。だからお願いちゃんと話して。」
私は俊哉さんの手を力強く握った。


「……という訳なんだ。」

何となく予想がついていたけど。やっぱり俊哉さんを苦しめていたのは金銭問題だった。
でも私が予想していたのより遥かに悪かった。

初めは社員の横領だった。大した額では無かったのでそれほど問題にはならなかったが、俊哉さんの部下であったため俊哉さんは降格した。しかしそれを皮切りに負の連鎖が続いたのだ。

業績不振、機密情報の漏洩、それに伴い膨れ上がる多大な借金。今までいい顔してきた銀行も、度重なる不祥事についに見切りをつけてきた。

「今いろんな所にお金を借りに行ってるんだが…なかなか……。こんなみっともない所を真実に見せたくなくてな…。」

そう言って俊哉さんは乾いた笑いをした。

「みっともなくなんて無いです!!」
「真実………。」
「俊哉さん私…………俊哉さんの為なら何でもします。」
「え?」
「待っていてください……。私お金稼いで来ますから!」

私の大事な俊哉さん………愛する俊哉さんの為なら私何でもします。
そう、何でも………。



「みさきちゃんって言うんだ。可愛いねぇ。」
「ありがとうございますぅ。」
「どうする?先にシャワーにする?それとも一緒に浴びる?」
男は下品に笑った。そう愛する俊哉さんの為ならこんな男達の相手だって出来る――。

「ありがとう真実、お金助かるよ。本当にありがとう。」
あなたがそう喜んでくれるなら――。



「真実?真実でしょう!?」

街を歩いてるといきなり腕を掴まれた。

「梨花………久しぶり……。」
「久しぶりじゃないわよ!全然連絡つかなくて……。ねぇどうしたの?」
「どうしたって何が……?」
「何がって………。」

梨花は驚いていた。あんなに綺麗だった真実が……頬もやせこけ青白い顔で街を歩いていたからだ。

「なんか……具合悪そう。ちゃんと食べてるの?」
「大丈夫よ。私今幸せだから…………。」
「幸せ?」
「そう。俊哉さんがね………もう私無しじゃ生きていけないって。信じられる!?今まで私が依存してたのに……今は彼が私に依存してるの…………!!」

ほら、また彼から電話が来てる………そう笑う真実に梨花は恐怖を覚えた。

「真実一体何があったの?お願いしっかりして!!」
「うるさい!!」

真実は乱暴に梨花の腕を払った。

「私と俊哉さんの邪魔をしないで…………。誰にも俊哉さんを奪わせない。俊哉さんは私のものなんだから…………!!」

そう言うと真実は突然走り出した。

「真実!!あっすみません………!!」

追いかけようとしたが人混みで上手く走れない。
気付いたら真実を見失っていた。


「あはは………俊哉さん…………俊哉さん。うん、大丈夫お金ならまた用意するから……………。私に頼って………もっと私に依存して……………。私はいつだって俊哉さんを助けてあげる……………。」

真実はそう言って電話を切るとまた新しい男達を探しに街へと消えていった。
その姿はまるで、籠目に囚われた遊女のようだった――。





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