古井戸からの来訪者

Musk.

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古井戸からの来訪者

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今年も夏がやってきた。

バーベキュー、花火大会、海水浴。
大好きな彼女と一緒に………と言いたいところだが、彼女の居ない俺達は男同士で楽しんでいた。

「彼女出来てないよな!?」
「出来てないよ。出来てたらお前らと毎日遊ばないって。」
「ひでぇ!まぁ俺もだけど。」
毎年恒例のチェックが終わると俺達は夏休み何して遊ぶか話し合った。

「まずバーベキューは欠かせないよな。」
「海水浴もでしょう!可愛い子いたら声掛けよ!」
「花火大会はどうする?カップル多いけど……一応行くか!」

「「「……って毎年同じじゃんか。」」」
男同士で盛り上がるのも楽しいけど。毎年毎年同じ遊びじゃ飽きてくる。

「なら遊園地行くか?」
「男3人で遊園地もちょっとなぁ……。暑いし。」
「あっじゃぁさ、涼しい所行こうか。」

涼しい所?鍾乳洞とか?俺がそう聞くと健太はニヤニヤしながらスマホを見せた。


【心霊スポット!古井戸に潜む老婆の霊。】

「涼しいってそういう意味か!」
「ええ…男同士で行ってもなぁ。」
「いいじゃん!動画配信して有名になろうぜ!」
俺達はビデオカメラを持って行く事にした。




「………うわぁ、ずいぶん草が生い茂ってるな。」
虫除けスプレーしてくれば良かった、と俺は心底思った。

「だけどこんな所の井戸がなんで心霊スポット?」
「森の麓に小さい病院跡あっただろ?あそこに昔認知症のおばあさんが居たんだけど、徘徊中に井戸に落ちちゃったらしい。だけど自分が死んだ事に気付いていないで井戸から出てこようとするらしい。」
「うわ、まじか!気付いてないとか怖いな。」
「あっ……あった……………。」

優希が指さした方を見ると、そこには古ぼけた井戸がポツンとあった。昼間なのに薄暗い深い森に古ぼけた井戸。その光景は思った以上に不気味で俺はここに来た事に少し後悔を覚えた。

「なんか気持ち悪いな。」
健太はニヤニヤしながら井戸へと歩いて行った。

「うわぁ!おい、見ろよこれ!」
健太のその声に俺達は走っていった。

「げっ……なんだこれ………。」
井戸は劣化した紐とベニヤ板でしっかり塞がれていた。
転落防止用だろう。それは、わかる。分からないのは……

「これ……御札?気持ち悪い……。」
ベニヤ板にびっしりと貼られた古めかしい御札だった。

「御札が貼ってあるって事は……本当なのかな?」
「誰かがイタズラで貼ったんだろ。」
「でも古くない?この御札……。」
「なんだよビビってんのか?優希!」

ビデオに映してやると言って健太は優希を映した。

「は!?ふざけんな!ビビってねーよ!」
優希はそう言ってベニヤ板を叩いた。すると。

パキッ

乾いた音が響いてベニヤ板に亀裂が入った。

「わっ!?やべ、割れた!」
「まぁまぁ。どうせ開けるつもりだったし。」
健太はそう言うと力任せに紐を引きちぎり始めた。

「ちょ、健太何してんだよ!」
「噂では老婆が這い出てくると呪われるらしい。こんな蓋されてちゃ出てこれないだろ。」
「いや、まじでやばいって!」
俺の制止をお構い無しに健太は全ての紐を取りベニヤ板をどかした。

「ただのボロい井戸配信して何が楽しいんだよ。さぁておばあさん出ておいで!」
健太はそう言って井戸にビデオカメラを向けた。




「……何も無いな。」

古井戸はポカンとその口を空けているだけだった。

「なんだよ、つまんねーな。」
健太は近くにあった小石を古井戸へと投げ込んだ。

「バカ、やめろよ!」
「なんだよお前もビビってんのか?」
健太は俺を見て笑うと古井戸を覗き込んだ。

「おーい。」

“おーい。“

健太の声が古井戸内に大きく響く。

「おばあさん、居ますかー?」

“おばあさん、居ますかー?“

その時だった。

“ああああ……。“

古井戸から不気味なしわがれ声が響き渡った。

「うわっ!?」
健太が驚いて尻もちをついた。

「おい、今の聞いたか!?」
「おばあさんの声だ!やばい!早く蓋をしろ!」
俺と健太は急いで古井戸にベニヤ板を置いた。

「紐……はちぎれてるし……板だけで大丈夫か?」
「御札が貼ってあるから大丈夫だろ。それより早くこの場から去った方がいい!」
「そうだな……。おい!優希大丈夫か!?」
優希は青白い顔で固まっていた。

「おい!優希!しっかりしろ!」
「あっ……ああ、悪い……。」
「ほら!早く車に乗り込むぞ!」
俺達は急いで停めてある車へと走っていった。




「……怖かったな。さっき………。」

俺達は何とか落ち着きを取り戻し、帰り道にあったファミレスに寄った。

「まさか本当におばあさんの声がするとはな……。おい、優希大丈夫か?」
優希はカタカタと震え続けていた。

「あっ……大丈夫だ……。」
「なんでそんな震えてるんだ?まさか……おばあさん見たのか!?」
「はっ!?見たわけないだろ!」
「なんだ見てないのか。ならなんでそんなに……「おい。」
健太が嬉しそうに俺達に笑いかけた。

「健太?どうしたんだ?」
「さっきのおばあさんの声、しっかり入ってるよ。」
健太はそう言って再生したビデオカメラを見せた。

「本当だ……しっかり入ってる……。」
「これ凄いな。俺達有名になるな。」
健太の言葉に俺は耳を疑った。

「は!?お前、これ配信するのか!?」
「当たり前だろ!?せっかく怪奇現象起きたのに消せってか!?」
俺は信じられない、と頭を振った。

「さすがにまずいだろ。やめた方がいい。」
「大丈夫だろ。おばあさんが出てこなかったら呪われる事も無いんだし。」
「それにお前ベニヤ板割ったり紐ちぎったりしてただろ!?器物損壊になるぞ!?」
「ベニヤ板割ったのは優希だ。それに配信はそこカットする。モザイクもするしな。俺達が来た時には蓋取れてました、って事にしときゃいいんだよ。」
………勝手にしろ。俺はそう言ってコーラを一気飲みした。




「あーあ。」
俺はベッドに横たわっていた。

あれから優希の様子がおかしい。健太は動画の編集に忙しいみたいだった。

「……暇だな。やっぱり彼女作るか。」
そう簡単に作れるものじゃないけど。俺がスマホを持って寝返りをうった直後だった。

~♪

突然健太から電話がかかってきた。

「よぉ、健太久しぶり。」
「おい、急いで俺の配信動画見てくれ!」
どうしたんだ?俺は面倒に感じながらもパソコンを開き健太の配信を見た。

動画にはモザイクがかかった俺達が映り出されていた。

「……なんだよ別に変わった事ないじゃん。」
俺が寝転んだ直後だった。

「え……なんだこれ……。」
健太の後ろ、ちょうど優希の隣だった。

黒いモヤのような、煙のような……不気味な何かが蠢いていたのだ。

俺は身を乗り出して動画を見た。
「……こんなの……無かったはず…………。」
そう俺は健太の後ろにいたんだ。こんな黒いモヤなんて無かった!



“ああああ……。“
呆然としていると老婆の声が響き動画は終わった。

「……………。」

その時、健太からまた着信が来た。

「おい…なんだあれ……。」
「凄いだろ!?コメント欄も凄くてさ!」
「ふざけんな!なんなんだよあれ!」
「そんな怒んなよ。俺が細工した訳じゃないし。なんか人によっては人影に見えるらしいよ。」
「人影って……老婆!?」
「それは分からないけど……あれ?」
「あ?どうした健太。」
「いや……なんか外に…………。」
「は?外ってお前のマンション5階じゃん。」
「いやそうなんだけどさ。…………あ……………。」

ツーツーツー。

そう言って健太の電話は切れてしまった。

「は!?なんだよあいつ!」
さてはこれも配信してるな。心配して電話をかけ直す俺も配信するつもりだろう。

「その手には乗るかよ。」
俺はかけ直さずにパソコンの電源も落とした。


~♪

しばらくするとまたスマホが鳴った。
なんでかけ直して来ないんだよ!と怒った健太か。

「はいはい、かけ直さなくて悪かったな。」
「は?俺だよ……優希。」
「あっ!?悪い、てっきり健太かと。」
確認しないで出たから健太かと思った。電話の主は優希だった。


「健太……。健太と電話してたのか……?」
「ああ、外に何かいるとかよくわからん事言って切れたけど。」
「…………。」
相変わらず優希の様子はおかしかった。

「おい、優希どうし……「……動画見たか?配信したやつ。」
優希は押し殺した声で聞いてきた。

「あ……ああ、見たけど………。」
「映ってたよな?なんか人影みたいな……。」
「あんなの健太が細工したんだろ。」
俺がそう言うと優希はまた黙ってしまった。


「おい大丈夫か?お前あの日から……「……実はさ。」
突然優希が大きい声で話し始めた。

「あの老婆の声が井戸から聞こえてきた時……さ。」
「なっ…なんだよ突然……。」
「……聞こえてたんだよ。」
「は?何が?」
「老婆の声が俺の横から聞こえてたんだよ!!」
「……は?何言って…………。」
「老婆の声が聞こえた直後に井戸から聞こえてきたんだよ!!」

………何……言ってるんだ?つまり……俺達が聞いたあの不気味な声は……井戸から聞こえて来たんじゃなくて………。

「老婆の声も健太の声みたいに反響してたのか!?つまり……。」
「あの時もう既に老婆は俺の横に居たんだ。」


――な、何を言ってるんだ?

頭が真っ白になった。

優希の隣に居た?……老婆はもう井戸から……デテシマッテイタ?

「……いや、何言ってんだよ優希……。お前までそういう…。」
「嘘じゃない!俺は確かに………!」
「優希………?」
「…………足音がする。」
「は………?」
「今家に俺しか居ないのに……足音がするんだ。」
「何言って……。」
「なぁ……なんだよあれ……。なんだよあれ……!!」
「優希!?ふざけるのもいい加減に……「やめろ!!」
「来るな!!来るなって言ってんだろ!!やめろ!!嫌だ!!助け……助けて………!!」


優希の怒鳴り声の後電話は切れてしまった。

……なんだよ脅かしやがって。俺は乱れる呼吸をなんとか落ち着かせていた。

さては優希も健太とグルだったな。
俺がビビって泣き出すのを面白がって配信するつもりなんだろう。
手の込んだイタズラしやがって。


――そう、こんな手の込んだイタズラ………。そう………さっきから廊下に響き渡る足跡もイタズラなんだな。

「………おい、ふざけんなよ……全然怖くないから……。」

ああ、なんて手の込んだイタズラなんだ。

老婆が近づいてくる……一歩一歩近づいてくる………。

「もう……やめろよ………やめろよぉ。」

大丈夫。これはイタズラなんだ。
目の前に居る老婆も、イタズラなんだ――。

目の前に居る………頭がかち割れた老婆も…………。




「ああああああああああああ!!」



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