36 / 42
2章 陰陽寮
34話 陰陽師、全力で逃げる
しおりを挟む「お前は……」
突如、清士郎の眼前に現れた座敷童子。
何者なのかと一瞬考えるものの、すぐに先ほど出た座敷童子の話を思いだす。宗旦の側に侍っているという奇怪な座敷童子のその話を。
その直後だ。
「……!?」
大太法師が恐ろしい速度で動きだし、錫杖をその座敷童子の首めがけて一閃した。
完全に命を刈る気で放たれた一撃。
だが座敷童子はこれまた恐ろしい速度で反応。くるりと前宙して飛びあがると、なんと大太法師の錫杖の先っぽに跳びのったではないか。
大太法師は舌打ちし、
「玉藻さま……お気をつけを。こやつこそが宗旦さまをそそのかす悪鬼。こやつがお側に侍るようになってから、宗旦さまは変わられた」
険しい顔でそう言った。
やはり件の座敷童子だったらしい。
確かにその禍々しい霊圧は尋常ではない。そもそも接近されるまで、清士郎がまったく気配に気づけなかった。並のモノノ怪ではない。
(いったい何者か……)
警戒を強める清士郎。
「失礼だな~! ぼくは宗旦さまの御心に寄り添って、助言を差し上げてるだけだよ?」
「ほざけ」
大太法師は再び錫杖を振るうが、やはり座敷童子は軽やかに跳んでそれを避ける。
そして清士郎の前に着地した。
「はじめまして、玉藻さま! ぼくは酒呑童子! 生きているばかりじゃなくて、人間のお姿になっているとはね! でも会えて光栄だよ!」
「酒呑童子……貴様は何者だ?」
酒呑童子と名乗ったそのモノノ怪には、清士郎もまったく心当たりがなかった。
「ぼくは酒呑童子。それだけだよ」
でも残念だな、と酒呑童子は嗤う。
「せっかく会えたけど、お別れしなきゃ。玉藻さまは今の宗旦さまには邪魔だし、大太法師もとっても悪い子だからね。となると――」
たぶんこうするのがいいかな、と酒呑童子が悪戯めいた微笑で言った瞬間だった。
なんと酒呑童子の手が無数の蛇に変じ、変幻自在の動きで大太法師へと襲いかかった。
「大太法師っ!」
「くっ……」
大太法師は一瞬でそのほとんどをさばいたものの、一匹に二の腕を噛まれてしまう。
「それじゃ、あとはお楽しみに」
座敷童子は愉しげに嗤い、次の瞬間には闇に溶けるように忽然と姿を消していた。
清士郎は眉をひそめながらも、
「大太法師、大丈夫か!?」
うずくまる大太法師に駆けよる。
大太法師は激痛に耐える様子でうずくまり、噛まれた二の腕を押さえていた。
そこには妙な黒い印があった。
「これは……呪印か」
「玉藻さま……皆と遠くへお逃げください。でなければあてくしは……貴方を殺めてしまう」
直後。
大太法師の体から禍々しい霊力があふれた。
「……っ」
清士郎はすぐに事態を察する。
逃げるぞお前たち! と猫又たちに呼びかけて、共に慌てて洞窟を飛びだした。
✳︎
清士郎が大太法師に話を聞いていた頃――
「くっ、俺のせいで……」
「よっしー大丈夫だって! 清士郎は言ったろ、自分もちゃんと逃げるからってさあ」
義比良は犬彦と洞窟を脱出し、しかし洞窟の近くの木陰で二人そろって潜んでいた。
東満に文鶴を飛ばして知らせつつも、清士郎を置いて逃げられなかったのだ。
「大丈夫なわけがあるか……いくらあいつに才能があっても、アレに敵うわけがない」
義比良は歯噛みする。
大太法師の術を真っ向から受けとめた清士郎の力は、想像以上だった。叡明が特例で陰陽寮に入れたのも、納得が行くほどだった。
だがそれでも術を受けとめるのでやっと。大太法師を倒せるとはとても思えない。
「それはそうだけんども……逃げることなら」
「無理だ」
犬彦の言葉を即座に否定する義比良。
実際にその威圧感を目の当たりにしたからわかる。あの大太法師はバケモノだ。
「勝つほどでないにしろ、圧倒的力量差がある相手から逃げるのがどれほど難しいか」
そしてそのことは、大太法師を目の当たりにした清士郎もすぐにわかったはず。
(あいつ……俺たちを逃すために)
清士郎は自身が逃げきれる可能性がかぎりなく低いことをわかった上で、義比良と犬彦を逃す時間を稼ぐことを選んだということになる。
犬彦はともかくとして、清士郎を当初から小馬鹿にしていたこの自分をである。
(しかもあの一瞬でそんな判断を……)
同時に、その判断力に驚嘆する。
確かに三人のうち一人でも多くの人間が生きのこることを考えるなら、清士郎の判断が最善だった。冷静になって考えれば、そう思う。
だがそれをあの一瞬で理解し、そして自身の命を犠牲にするという判断を迷いなく実行するというのは、常人ができることではなかった。
あの大太法師の術に対抗できるほどの“裂”、そしてその比類のないほどの判断力。あの清士郎という童は、まぎれもなく天才だった。
(あいつは……なんてすごいやつだったのだ。そして俺は……どこまで愚かなのだ)
自身が小馬鹿にしてきた清士郎の才能の一端を、今になってようやく理解する。
そしてその才能ある人間を、自分の愚かな選択のせいで死なせてしまったことも。
「……っ」
拳を近くの木に打ちつける。
尽きることなく後悔の念が湧いてくる。
だがいくら後悔したところでもう遅い。自身の愚かさのせいで、あの安倍叡明すら評価した清士郎という才能は失われてしまったのだ。
しかしそのときだ。
「よっしー……あれ!」
犬彦に叩かれ、顔をあげる。
すると洞窟から一人の童――清士郎と、猫又たちの群れが駆けだしてくるのが見えた。
「あいつ……生きて」
「な! な! おいら言ったろ!?」
義比良は目頭を熱くし、犬彦は尾を振る犬かのごとく満面の笑みで騒ぎたてる。
だがその感動も一瞬だった。
「なんだこの地響きは……!?」
大きな揺れを感じる義比良。
まるでこの世がこれから終わってしまうかのような大きな大きな地震であった。
そして次の瞬間。
ゴゴゴゴゴ! というすさまじい轟音とともに、先ほどの洞窟のあった小山を突きやぶるようにして、山のような偉躯の巨人が顕現した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
放逐された転生貴族は、自由にやらせてもらいます
長尾 隆生
ファンタジー
旧題:放逐された転生貴族は冒険者として生きることにしました
★第2回次世代ファンタジーカップ『痛快大逆転賞』受賞★
★現在4巻まで絶賛発売中!★
「穀潰しをこのまま養う気は無い。お前には家名も名乗らせるつもりはない。とっとと出て行け!」
苦労の末、突然死の果てに異世界の貴族家に転生した山崎翔亜は、そこでも危険な辺境へ幼くして送られてしまう。それから十年。久しぶりに会った兄に貴族家を放逐されたトーアだったが、十年間の命をかけた修行によって誰にも負けない最強の力を手に入れていた。
トーアは貴族家に自分から三行半を突きつけると憧れの冒険者になるためギルドへ向かう。しかしそこで待ち受けていたのはギルドに潜む暗殺者たちだった。かるく暗殺者を一蹴したトーアは、その裏事情を知り更に貴族社会への失望を覚えることになる。そんな彼の前に冒険者ギルド会員試験の前に出会った少女ニッカが現れ、成り行きで彼女の親友を助けに新しく発見されたというダンジョンに向かうことになったのだが――
俺に暗殺者なんて送っても意味ないよ?
※22/02/21 ファンタジーランキング1位 HOTランキング1位 ありがとうございます!
R・P・G ~女神に不死の身体にされたけど、使命が最低最悪なので全力で拒否して俺が天下統一します~
イット
ファンタジー
オカルト雑誌の編集者として働いていた瀬川凛人(40)は、怪現象の現地調査のために訪れた山の中で異世界の大地の女神と接触する。
半ば強制的に異世界へと転生させられた凛人。しかしその世界は、欲と争いにまみれた戦乱の世だった。
凛人はその惑星の化身となり、星の防人として、人間から不死の絶対的な存在へとクラスチェンジを果たす。
だが、不死となった代償として女神から与えられた使命はとんでもないものであった……
同じく地球から勇者として転生した異国の者たちも巻き込み、女神の使命を「絶対拒否」し続ける凛人の人生は、果たして!?
一見頼りない、ただのおっさんだった男が織りなす最強一味の異世界治世ドラマ、ここに開幕!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる