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婚約破棄されましたので、婚約破棄をやり返そうと思います

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 王城の大ホールでは、王立学園の卒業パーティーが開催されている。

 卒業生に王太子が含まれている事もあり、国の重鎮や他国の王族までもが出席している大規模な夜会となっていた。

 そして煌びやかな雰囲気の中、今年の卒業生でもある2名の男女が壇上へと上がる。

 サーガラント王国王太子のローダット・サーガラントと、マリア・ルルベル子爵令嬢だ。

「マリア。何かあっても必ず守るから心配しないでくれ」
「お気遣いありがとうございますローダット様。大丈夫です。わたし、エリザベート様には負けませんから」

 マリアは潤んだ瞳でローダットを見つめる。

「マリア!」

 貴公子然とした金髪碧眼のローダットは、小柄で愛らしいマリアの腰を抱く。

「いけませんわローダット様」
「構わないさ。これからはマリアが私の婚約者となるのだから」

 ローダットは、マリアのプラチナブロンドの髪にキスを落とす。それは、壇上を見上げているローダットの婚約者へと見せ付ける為でもあった。

「エリザベート・フォビア! 貴様との婚約を破棄する!」

 唐突な宣言に楽団の演奏は鳴り止み、ダンスをしていた学園生達の動きが止まる。

「婚約破棄ですか。承知致しましたわローダット様」

 淑女の礼をもって優雅に応えた。侯爵令嬢エリザベートは、シルバーブロンドの髪と菫色の瞳をした「銀の妖精姫」とも呼ばれている少女だ。

「なっ!?」

 婚約破棄を躊躇ためらいなく承諾された事で、ローダットは絶句してしまう。ワナワナと震え、すぐには言葉を発せなかった。

「き、貴様っ! 王太子である私を愚弄するのかっ!」

 激高して怒鳴ったが、エリザベートは微塵も動じない。

「愚弄ですか? はて、何がでございましょうか? ローダット様……いえ、婚約は破棄されたのですから、もう名で呼ぶわけにはまいりませんわね」

 エリザベートは美しい微笑を浮かべる。たったそれだけで、会場からは溜息がもれた。

王子殿下・・・・がわたくしに婚約破棄を告げ、わたくしはそれを受け入れました。それだけの事ではございませんか」
「それだけだと? そういうところが気に入らんのだっ!」

 ローダットは苛立ちを隠さずに吐き捨てる。エリザベートが「泣いて縋ってくる」と思っていたのに、意に反して平然としているからだ。

「貴様は男を立てようとは思わんのかっ!」
「それはそれは。わたくしが至らないばかりに不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「くっ」

 学年は違うが、常に10位前後であったローダットに対して、エリザベートは入学以来ずっと首席を維持していた。

 エリザベートは、ローダットの為に手を抜き順位を落とす事を良しとしない。そんな融通のきかなさも、前々からローダットは苦々しく思っていたのだった。

「ローダット様」

 話の主題が逸れていってるからなのか、マリアがローダットの袖を引く。

「ああ、すまない」

 ハッとしてマリアを見つめると、表情を変えてエリザベートを睨んだ。

「貴様はマリアを害しているようだな」
「害している……とは?」

「とぼけるなっ! ならず者にマリアを襲わせようとしたではないかっ!」
「襲わせる? わたくしがですか?」

 エリザベートは扇子を広げて口元を隠す。

「私が近衛と共に駆け付けなければ、マリアの純潔は奪われていたであろうな」

 会場がざわついた。

「貴様がマリアに対して行ったのはそれだけではない。飲食物への毒の混入、階段からの突き落とし、魔法の暴発に見せ掛けた殺害未遂、偶然を装って高所から重量物を落とした事もあったそうだな? それもこれも全て、貴様がマリアを害する為に裏で指示していたものだっ!」

 ローダットの側近達が、エリザベートを逃がすまいと取り囲む。

「ふふっ」
「何がおかしいっ!」
「申し訳ありません王子殿下。あまりにも荒唐無稽な話でしたので」

 透き通るような声で、やんわりと否定する。ちなみにローダットは、エリザベートが「王太子殿下」ではなく「王子殿下」と呼んでいる意味に気付いていない。

「得られた証言や証拠については、確認されたのですか?」
「無論だ。全て私と側近達で裏付けを取った。貴様が指示したと考えて間違いない」
「そうですか」

 エリザベートは溜息を吐きたくなるのを堪える。

「ではマリア様は、とても運に恵まれているようですわね」
「どういうことだ?」

「ふふっ。だってマリア様は、怪我一つされておられませんし。仮にわたくしがマリア様と同じ目に遭っていたのであれば、到底無事ではいられませんもの」

 つまりは「虚偽だ」とエリザベートは主張している。そんな余裕の態度を貫くエリザベートを見て、マリアは段々と不安になっていったが時すでに遅かった。

「王子殿下。マリア様。わたくしは魔導裁判を申請いたしますわ」
「魔導裁判?」

 マリアが小首をかしげると、その頭をローダットが優しく撫でる。

「安心していい。虚偽の発言をしたら死神に殺されるだけだ」
「えっ!?」

 ローダットの答えにマリアが驚きの声をあげる。

 魔導裁判は、原告と被告それぞれが魔法陣に血を一滴垂らし、真実に基づいて証言をする儀式だ。

 双方の合意と国王の承認によってのみ実施されるが、虚偽の発言をした者は、魔法陣より現れる死神の手で命を刈り取られてしまう。

「よろしいでしょうか陛下?」
「好きにせよ」

 エリザベートの問いに、成り行きを見守っていた国王は頷いた。

「誰でもいい! ここに魔法陣を描け!」
「僭越ながら私が」

 ローダットの声に対して、魔導士団長が進み出た。

「あ、あの、私……」

 マリアは顔面蒼白でブルブルと震えている。

「マリア。心配しなくても大丈夫だ」

 安心させようと、ローダットが優し気な声音で話し掛けたが、

「も、申し訳ありませんでした!」

 マリアはその場に平伏した。

「お許しください!」
「……マリア?」
「申し訳ございません! どうか、どうか命だけは!」

 ローダットは信じられないといった顔で呆然としている。

「もうよい。その見苦しい女を下がらせよ」
『はっ!』

 国王の命によって、衛兵がマリアを会場の外へと連行していく。

「お前もだ。退出せよローダット」
「そんな……嘘だろうマリア?」

 ローダットと側近達は、衛兵達に手を引かれてフラフラと会場を後にした。

「すまなかったなエリザベート」
「いえ。お気になさらず。わたくしは大丈夫ですので」

 国王は大きな溜息を吐いた。王妃は肩を落として俯いている。

「愚息の事は気にせず、今宵のパーティーを楽しんでほしい」

 国王は王妃を伴って席を立つ。他国の王族も招いている為、中止にする事だけは出来なかった。

 卒業パーティーは微妙な雰囲気の中で行われ、王家の醜聞として王国史に綴られた。

  △

 2日後。

 ここは王城の一室。
 エリザベートとローダットの婚約は、白紙になることなく継続していた。

「王子殿下。王家と我がフォビア侯爵家が結んだ婚約は、相応の瑕疵がなければ、おいそれと破棄出来るものではございません」

「……」
「ゆえに『瑕疵の判断については魔導裁判の実施も辞さない』と誓約書に記されております。マリア様は、ご存じなかったようですが」

 魔導裁判自体、他国では行われていない。また、マリアのように市井で生活している平民にとっては、更に縁遠いものだった。

 マリアはルルベル子爵の庶子だ。政略の駒とする為に他国にいたマリアを呼び寄せた事が、ルルベル子爵の致命傷となった。

「……すまなかった。どうか許してほしい」

 ローダットは、ソファーに向かい合って座るエリザベートに頭を下げる。

 エリザベートはニコリと微笑み、洗練された所作で紅茶を飲んだ。その慈愛に満ちた姿はまるで、ローダットの行いを許すかのようだった。

「ああ、エリザベート。ありがとう」

 ほっとしたローダットは表情が緩む。

「マリア様の処遇は決まりまして?」
「修道院行きとなった。ルルベル子爵家は取り潰しだ」

「まぁ!」
「マリアに協力していた無能な側近達は平民落ちだ」
「それはまた……手厳しいですわね」
「当然だ。王家を謀り、私と私の婚約者エリザベートを陥れようとしたのだからな」

 束の間のティータイムが終わり、エリザベートは何も言わずにスッと席を立つ。

 そして、それまでと何ら変わることのない日常が過ぎていった。

 △

 月夜の晩。
 昨年同様に、王立学園の卒業パーティーが開催されていた。

 華やいだ雰囲気の中、今年の卒業生である2名の男女が壇上へと上がる。
 サーガラント王国の第2王子タレス・サーガラントとエリザベートだ。

「あの時を思い出して辛くなったりしないかい?」
「大丈夫ですわタレス様。わたくし、今日を楽しみにしておりましたの。やられた事は、やり返さないと気が済みませんもの」

 エリザベートは花のような笑顔を向ける。

「銀の妖精姫は、美しいだけではなく気が強いんだね」
「ふふっ。こう見えても負けず嫌いですのよ」

 見目麗しい金髪碧眼のタレスは、エリザベートの腰を抱く。

 その様子を呆然と見ているのは、長期の海外視察から帰国したばかりの第1王子ローダット・サーガラントだ。

「さあ、どうぞ。お姫様」

 タレスが促すと、エリザベートはローダットを見据えて宣言する。

「ローダット・サーガラント第1王子殿下。わたくしは貴方様との婚約を破棄させていただきます」

 一瞬の静寂が訪れた後、会場が一斉にざわついた。

「わ、私を許したのは嘘だったのかっ!」

 エリザベートはニコリと微笑む。

「『許します』とは、わたくし一言も申しておりませんわ」
「なっ!?」

 ローダットの頭の中を、あの事件以後の情報が駆け巡る。確かに「許す」と言われた事は一度もなかった。エリザベートはローダットに微笑んでいただけだ。

「何故だエリザベートっ! 王太子妃になりたくないのか?」
「御心配には及びませんわ王子殿下。わたくしは王太子妃になりますので」

 昨年の卒業パーティー以後、王家とフォビア侯爵家は一つの取り決めを交わした。それが「エリザベートが王太子妃になる事に変更はない」という誓約書だった。

「兄上。エリザベートは私の妃となるのですよ」
「何を言ってるんだタレス! エリザベートは私の婚約者だ!」
「ふふっ。ですがわたくしと王子殿下の婚約は、たった今破棄されましたわ」

「認めんぞっ! 『相応の瑕疵がなければ』婚約破棄は出来ないはずだっ!」
「ですから『相応の瑕疵がありましたので』婚約破棄をしたのですわ」

 ローダットは戸惑っている。

「フォビア侯爵家及びわたくしは、第2王子殿下タレス様との婚約を望んでおります」

「まあ、そういう事だから。エリザベートが王太子妃になる事は確定事項。それは兄上も知っているだろう?」
「知っている……が」

 ローダットは縋るようにエリザベートを見た。

「お忘れですか王子殿下? 貴方様は昨年『虚偽の情報に惑わされ』『婚約者をないがしろにして』『独断で糾弾した』のですよ? これは相応の瑕疵ではありませんの?」

「だが、それは――」
「『仕方がなかった』では済まされませんわ」

 静かに、だがハッキリとエリザベートは告げた。

「王に求められるのは『広く意見を聞き』『公正に判断し』『王配や臣下と共に』国を築いていくことですわ。王子殿下にその資質はありまして?」

 問い掛けるように言ったが、エリザベートはローダットに対して最早なんの期待もしていない。

「あの時のことは反省しているんだっ!」

「残念ですが王子殿下は、国を治めるにあたっての能力が欠けていると言わざるを得ません。一介の令嬢の稚拙な嘘も見抜けず、側近達にはいいように踊らされ、更には誤った判断まで下してしまう御方に、一国の長が務まるとは思えませんもの」

「し、しかし――」
「王子殿下。貴方様を『王に』と求める声があるのであれば、貴方様の隣には臣下となり得る者が付き従っているはずではありませんか?」

 現在のローダットの周囲には人がおらず、新たな側近候補に成り得る者達からも避けられるようになっていた。
 国を滅ぼしかねない愚者の即位など、誰も望んでいないからだ。

「タレスとエリザベート嬢の婚約を認めよう」

 威厳のある声が響く。

「ありがとうございます父上」
「ありがとうございます国王陛下」

 臣下の礼をするタレスとエリザベートに国王は頷き、冷たい視線をローダットに向けた。

「もうよいな? 退出せよローダット」
「うぅ」

 ローダットは呻くように崩れ落ちるが、誰も駆け寄ろうとはしなかった。

 △

 第2王子タレスの王太子即位と時を同じくして、第1王子ローダットは辺境の子爵へと臣籍降下した。
 ひっそりと王都を出立するという、なんとも寂しいものだったが、殺されなかっただけ幸せなのだろう。

 やがて国王となったタレスと王妃エリザベートは、サーガラント王国を益々発展させていく。

 後の歴史書には「賢王タレスの功績は、銀の妖精姫あってのものだった」との記述が残されていた。
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