5 / 77
05話 馬車での旅路
しおりを挟む
2人は公園のベンチで今後について話し合っている。
「馬車に乗るの?」
「はい。乗合馬車で山を越えて、隣国に行ってはどうかと考えております」
ライルは居住地の候補について、ある程度の目星を付けていた。
目指すは隣国の商業都市だ。
「この国に住み続けるのは難しい?」
「根も葉もない噂が蔓延していますから。ティリア様が好奇の目で見られるのは、俺が耐えられません」
ティリアは俯いて頬を染めた。
市井では、貴族令嬢と護衛騎士の恋の行方が注目されている。
「これからは生きる為に、仕事を見つけねばなりません。ですので近傍の小さな街ではなく、隣国の大都市に行ってみようと思うのですが」
ティリアの護衛をしていた関係で、ライルも他国の言葉を学ぶ機会が多かった。ティリアには及ばないが、話そうと思えば3ヶ国語は話せる。
「隣国第2の都市なら7日程の旅程で済みますが、いかがでしょうか?」
「ライルにお任せするわ」
「ありがとうございます」
「計算や帳簿付けなら私にも出来るから、そういうお仕事を見つけられるといいのだけど」
(心配無用です)
ティリアが貴族令嬢でいられなくなったのはライルの責任だ。だからこそライルは、ティリアの分まで稼ぐつもりでいる。
「では行きましょうかティリア様」
「ええ」
2人は木製のベンチから立ち上がる。
「街は賑やかね。見ているだけなのに心が躍るわ。こんなに楽しい気持ちになったのは久し振り」
「それは何よりです」
2人は他愛のない話をしながらしばらく歩き、乗合馬車のターミナルへと到着する。
「すみません。2名で東の隣国第2都市に行きたいのですが」
ライルは手近にいた御者に声を掛けた。
「そっち方面なら、俺がこれから向かう所だ。そろそろ出発だよ。さあ、乗ってくんな!」
御者の傍らにあるのは、巨馬の2頭立てで10人乗りの幌馬車だった。平民が乗る物としてはごく一般的であり、ライルはこの手の馬車に乗った経験が何度かある。
「道中よろしくお願いします」
「おう」
先にライルが乗り込んで手近な座席にトランクを置くと、外にいるティリアへと手を伸ばした。だがティリアは、ステップが用意されていない馬車の乗り方が分からない。足を大きく上げると、素足が見えてしまうからだ。
「ライル。どうすればいいの?」
ティリアにそんな事をさせたくないライルは、覚悟を決めた目でティリアを見つめた。
「し、失礼します!」
「きゃっ!」
ライルはティリアを横抱きにして馬車に乗り込んだ。ティリアは何も言えずに、赤くなって俯いている。
少年少女を連れた4人家族が座っていたので、ライルは空いてる座席にティリアをそっと下ろした。
「お姫様がいる!」
5、6歳程の少女が目を輝かせながら近寄ってきた。その声で我に返ったティリアは、少女に対して微笑み掛ける。
(よかった)
ライルは安堵した。婚約を破棄されなければ、ティリアは「お姫様に近い身分」になっていたからだ。しかしティリアの反応は、王族への未練が全くない事を示すものだった。
「あの、お兄さん」
「はい?」
声がした方を見ると、少女の父親が手を合わせて懇願していた。「娘の夢を壊さないでほしい」との意図が読み取れたので、ライルは話を合わせる事にする。
「こちらの御方は、とても優しいお姫様なんだよ」
ニコリと笑って、少女の頭を優しく撫でた。
「王子様もいる!?」
少女は「王子様とお姫様だ!」と言って大喜びだった。ライルもティリアもその様子を微笑まし気に見ていたが、少女が「お城で結婚するの?」と言ったり「王子様は、お姫様とキスするんだよね?」と言って、何かを期待した顔でライルとティリアを交互に見たりした。
父親と母親が「すみません。すみません」と言って何度も謝ったが、無垢な少女は遠慮を知らない。ライルもティリアも、少女から話し掛けられる度に真っ赤になっていた。
はしゃぎ疲れた少女が眠りについた頃、ゆっくりと馬車が進み始める。すると、段差を超えた時に馬車が大きく揺れた。
「きゃっ!」
「大丈夫ですかティリア様?」
難無く抱き留めたライルは、ティリアのアメジストの瞳を覗き込む。
「……」
「あっ! も、申し訳ありません!」
ハッとすると、急いでティリアの身体から手を離した。
「ヘタレだ!」
「こ、こら!」
息子の唐突な一言に、父親が慌てている。
「馬鹿な事を言うんじゃない! どこでそんな言葉を覚えてきたんだ!」
「だって叔父さんが『好きな女の子から離れる奴は根性無しのヘタレだぞ』って言ってたもん」
ライルはピシリと固まった。
「そ、それは……いや、しかしアイツが言ったのは少年少女の話だからな? 誰もがそれに当てはまるとは限らないんだ」
「じゃあ叔父さんは嘘吐きなの? 間違ってるの?」
「うーん。いや……すまない。今回は父さんが間違っていたみたいだ」
「そっか。良かった。叔父さんは嘘吐きじゃないんだね」
息子を叱った父親も、ライルの態度に思うところがあったようだ。
次の宿場で半日休むと、滞りなく乗合馬車は出発する。目的地である隣国の第2都市に到着する頃には、色々な人間と仲良くなっていた。
「馬車に乗るの?」
「はい。乗合馬車で山を越えて、隣国に行ってはどうかと考えております」
ライルは居住地の候補について、ある程度の目星を付けていた。
目指すは隣国の商業都市だ。
「この国に住み続けるのは難しい?」
「根も葉もない噂が蔓延していますから。ティリア様が好奇の目で見られるのは、俺が耐えられません」
ティリアは俯いて頬を染めた。
市井では、貴族令嬢と護衛騎士の恋の行方が注目されている。
「これからは生きる為に、仕事を見つけねばなりません。ですので近傍の小さな街ではなく、隣国の大都市に行ってみようと思うのですが」
ティリアの護衛をしていた関係で、ライルも他国の言葉を学ぶ機会が多かった。ティリアには及ばないが、話そうと思えば3ヶ国語は話せる。
「隣国第2の都市なら7日程の旅程で済みますが、いかがでしょうか?」
「ライルにお任せするわ」
「ありがとうございます」
「計算や帳簿付けなら私にも出来るから、そういうお仕事を見つけられるといいのだけど」
(心配無用です)
ティリアが貴族令嬢でいられなくなったのはライルの責任だ。だからこそライルは、ティリアの分まで稼ぐつもりでいる。
「では行きましょうかティリア様」
「ええ」
2人は木製のベンチから立ち上がる。
「街は賑やかね。見ているだけなのに心が躍るわ。こんなに楽しい気持ちになったのは久し振り」
「それは何よりです」
2人は他愛のない話をしながらしばらく歩き、乗合馬車のターミナルへと到着する。
「すみません。2名で東の隣国第2都市に行きたいのですが」
ライルは手近にいた御者に声を掛けた。
「そっち方面なら、俺がこれから向かう所だ。そろそろ出発だよ。さあ、乗ってくんな!」
御者の傍らにあるのは、巨馬の2頭立てで10人乗りの幌馬車だった。平民が乗る物としてはごく一般的であり、ライルはこの手の馬車に乗った経験が何度かある。
「道中よろしくお願いします」
「おう」
先にライルが乗り込んで手近な座席にトランクを置くと、外にいるティリアへと手を伸ばした。だがティリアは、ステップが用意されていない馬車の乗り方が分からない。足を大きく上げると、素足が見えてしまうからだ。
「ライル。どうすればいいの?」
ティリアにそんな事をさせたくないライルは、覚悟を決めた目でティリアを見つめた。
「し、失礼します!」
「きゃっ!」
ライルはティリアを横抱きにして馬車に乗り込んだ。ティリアは何も言えずに、赤くなって俯いている。
少年少女を連れた4人家族が座っていたので、ライルは空いてる座席にティリアをそっと下ろした。
「お姫様がいる!」
5、6歳程の少女が目を輝かせながら近寄ってきた。その声で我に返ったティリアは、少女に対して微笑み掛ける。
(よかった)
ライルは安堵した。婚約を破棄されなければ、ティリアは「お姫様に近い身分」になっていたからだ。しかしティリアの反応は、王族への未練が全くない事を示すものだった。
「あの、お兄さん」
「はい?」
声がした方を見ると、少女の父親が手を合わせて懇願していた。「娘の夢を壊さないでほしい」との意図が読み取れたので、ライルは話を合わせる事にする。
「こちらの御方は、とても優しいお姫様なんだよ」
ニコリと笑って、少女の頭を優しく撫でた。
「王子様もいる!?」
少女は「王子様とお姫様だ!」と言って大喜びだった。ライルもティリアもその様子を微笑まし気に見ていたが、少女が「お城で結婚するの?」と言ったり「王子様は、お姫様とキスするんだよね?」と言って、何かを期待した顔でライルとティリアを交互に見たりした。
父親と母親が「すみません。すみません」と言って何度も謝ったが、無垢な少女は遠慮を知らない。ライルもティリアも、少女から話し掛けられる度に真っ赤になっていた。
はしゃぎ疲れた少女が眠りについた頃、ゆっくりと馬車が進み始める。すると、段差を超えた時に馬車が大きく揺れた。
「きゃっ!」
「大丈夫ですかティリア様?」
難無く抱き留めたライルは、ティリアのアメジストの瞳を覗き込む。
「……」
「あっ! も、申し訳ありません!」
ハッとすると、急いでティリアの身体から手を離した。
「ヘタレだ!」
「こ、こら!」
息子の唐突な一言に、父親が慌てている。
「馬鹿な事を言うんじゃない! どこでそんな言葉を覚えてきたんだ!」
「だって叔父さんが『好きな女の子から離れる奴は根性無しのヘタレだぞ』って言ってたもん」
ライルはピシリと固まった。
「そ、それは……いや、しかしアイツが言ったのは少年少女の話だからな? 誰もがそれに当てはまるとは限らないんだ」
「じゃあ叔父さんは嘘吐きなの? 間違ってるの?」
「うーん。いや……すまない。今回は父さんが間違っていたみたいだ」
「そっか。良かった。叔父さんは嘘吐きじゃないんだね」
息子を叱った父親も、ライルの態度に思うところがあったようだ。
次の宿場で半日休むと、滞りなく乗合馬車は出発する。目的地である隣国の第2都市に到着する頃には、色々な人間と仲良くなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
はっきり言ってカケラも興味はございません
みおな
恋愛
私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。
病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。
まぁ、好きになさればよろしいわ。
私には関係ないことですから。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる