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04話 平民になろう
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全快したライルは翌週に家を出された。その6日後となる今日、ティリアも家を出される予定だ。着の身着のままで放り出されたりもせず、ライルが護衛に付く事もフローレンス公爵から認められた。
貴族令嬢をその身一つで平民落ちさせるのは外聞が悪い。その為フローレンス公爵は、一定期間だけティリアに護衛を付けるつもりでいた。情けというよりは世間体を気にしてのものだったが。
よってライルが護衛として名乗り出たのは、むしろフローレンス公爵の望むところだ。ティリアが何らかの事件に巻き込まれようと、それはライルという平民の落ち度として扱われる。
「ごきげんようライル」
「おはようございます。ティリア様」
公爵邸のドアが開き、中からティリアが現れた。その表情は晴れやかだ。
「準備は御済みですか?」
「ええ。市井の習慣や話し言葉も勉強したのよ」
「それは素晴らしいですね」
「ふふっ。私が元貴族令嬢だなんて、きっと誰にも気付かれないわね」
(溢れる気品が隠せていませんが?)
と内心思っても、ライルは口に出すような無粋な真似はしない。
「この服、とても歩きやすいのよ」
今のティリアは水色のワンピース姿だ。ライルは騎士の鎧ではなく、茶色の皮鎧を着込んで外套を羽織っている。服装だけを見れば、2人は貴族の装いではなくなっていた。
「では、こちらになります」
ティリアの荷物を運んできた若い執事は、トランクを1つ差し出した。
「ありがとうございます。お預かりします」
「ライル。私が持つわ」
「いえ。お気になさらず」
ライルはティリアを遮って荷物を受け取った。大きなトランクが1つだけだったが、ティリアの細腕では運ぶのに難儀するだろう。
「失礼ですが、ティリア様のお見送りは貴方だけですか?」
「そうですが、それが何か?」
執事は「さっさと行け」と言わんばかりの態度だ。ライルは「何でもありません」と言って、軽く頭を下げた。
「行きましょうティリア様」
「ええ」
踵を返してフローレンス公爵邸を出た。
(家族も専属侍女も見送りに来ない……か)
ライルがグローツ子爵家を出た時は、邸の使用人達が涙を流して別れを惜しんでくれた。それだけに今のこの状況は、ティリアがいかに不遇だったのかを物語る。
(どれだけ立派な家格であろうと、ここはティリア様がいるべき場所ではない)
そんな事を考えながら歩いていた。
「ライル」
「はい。何でしょう?」
ティリアはクルリと回ってみせる。
「どう? 街の娘さんに見える?」
(まったく見えません)
美人は何を着ようとも美人だ。そして所作や仕草も洗練されていて美しい。どこからどう見ても、高貴で可憐な貴族令嬢にしか見えなかった。
「申し訳ありません。所感を述べるのは控えさせていただきます」
「そんなの困るわ。これからは街に溶け込んでいかないといけないのよ?」
(完全に浮いてますから溶け込むなんて無理です)
嘘を吐けないライルはタジタジとなるが、何度も詰め寄られて最後には「街娘として見られる可能性もあります」という良く分からない表現で、どうにかティリアを納得させたのだった。
「ティリア様。俺は力を失いました。今では下級騎士レベルです」
「知ってるわ」
ライルは真剣な目でティリアを見る。
「ですので危険を感じたら、ティリア様はとにかく逃げてください。俺の事は捨て置いてもらって構いません」
「無理よ。見捨てるような真似は出来ないもの」
「出来ないでは済まないのです。やってもらわねば困ります」
「私を1人にしてもいいの? 市井は危険が多いと言ったのは貴方なのよ?」
「しかし俺は弱くなりましたし、万が一ティリア様を失う事にでもなれば、俺の方が耐えられません」
「あのねライル。弱くなったというなら、それは裏を返せば、強くなれる可能性もあるという事じゃない?」
ティリアはライルの目を見つめる。
「私も魔力を失ったけど、諦めるつもりはないわ。だって未来は分からないもの」
ティリアが「そうでしょう?」と言って柔らかい表情を見せると、ライルの表情も柔らかくなる。
「不思議ですね。ティリア様がそう仰るのなら、また強くなれるような気がしてきます」
ライルは仕えるべき主に恵まれた事を感謝する。
こうして、2人の進む道が決まった。
貴族令嬢をその身一つで平民落ちさせるのは外聞が悪い。その為フローレンス公爵は、一定期間だけティリアに護衛を付けるつもりでいた。情けというよりは世間体を気にしてのものだったが。
よってライルが護衛として名乗り出たのは、むしろフローレンス公爵の望むところだ。ティリアが何らかの事件に巻き込まれようと、それはライルという平民の落ち度として扱われる。
「ごきげんようライル」
「おはようございます。ティリア様」
公爵邸のドアが開き、中からティリアが現れた。その表情は晴れやかだ。
「準備は御済みですか?」
「ええ。市井の習慣や話し言葉も勉強したのよ」
「それは素晴らしいですね」
「ふふっ。私が元貴族令嬢だなんて、きっと誰にも気付かれないわね」
(溢れる気品が隠せていませんが?)
と内心思っても、ライルは口に出すような無粋な真似はしない。
「この服、とても歩きやすいのよ」
今のティリアは水色のワンピース姿だ。ライルは騎士の鎧ではなく、茶色の皮鎧を着込んで外套を羽織っている。服装だけを見れば、2人は貴族の装いではなくなっていた。
「では、こちらになります」
ティリアの荷物を運んできた若い執事は、トランクを1つ差し出した。
「ありがとうございます。お預かりします」
「ライル。私が持つわ」
「いえ。お気になさらず」
ライルはティリアを遮って荷物を受け取った。大きなトランクが1つだけだったが、ティリアの細腕では運ぶのに難儀するだろう。
「失礼ですが、ティリア様のお見送りは貴方だけですか?」
「そうですが、それが何か?」
執事は「さっさと行け」と言わんばかりの態度だ。ライルは「何でもありません」と言って、軽く頭を下げた。
「行きましょうティリア様」
「ええ」
踵を返してフローレンス公爵邸を出た。
(家族も専属侍女も見送りに来ない……か)
ライルがグローツ子爵家を出た時は、邸の使用人達が涙を流して別れを惜しんでくれた。それだけに今のこの状況は、ティリアがいかに不遇だったのかを物語る。
(どれだけ立派な家格であろうと、ここはティリア様がいるべき場所ではない)
そんな事を考えながら歩いていた。
「ライル」
「はい。何でしょう?」
ティリアはクルリと回ってみせる。
「どう? 街の娘さんに見える?」
(まったく見えません)
美人は何を着ようとも美人だ。そして所作や仕草も洗練されていて美しい。どこからどう見ても、高貴で可憐な貴族令嬢にしか見えなかった。
「申し訳ありません。所感を述べるのは控えさせていただきます」
「そんなの困るわ。これからは街に溶け込んでいかないといけないのよ?」
(完全に浮いてますから溶け込むなんて無理です)
嘘を吐けないライルはタジタジとなるが、何度も詰め寄られて最後には「街娘として見られる可能性もあります」という良く分からない表現で、どうにかティリアを納得させたのだった。
「ティリア様。俺は力を失いました。今では下級騎士レベルです」
「知ってるわ」
ライルは真剣な目でティリアを見る。
「ですので危険を感じたら、ティリア様はとにかく逃げてください。俺の事は捨て置いてもらって構いません」
「無理よ。見捨てるような真似は出来ないもの」
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「私を1人にしてもいいの? 市井は危険が多いと言ったのは貴方なのよ?」
「しかし俺は弱くなりましたし、万が一ティリア様を失う事にでもなれば、俺の方が耐えられません」
「あのねライル。弱くなったというなら、それは裏を返せば、強くなれる可能性もあるという事じゃない?」
ティリアはライルの目を見つめる。
「私も魔力を失ったけど、諦めるつもりはないわ。だって未来は分からないもの」
ティリアが「そうでしょう?」と言って柔らかい表情を見せると、ライルの表情も柔らかくなる。
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ライルは仕えるべき主に恵まれた事を感謝する。
こうして、2人の進む道が決まった。
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