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28話 グローツ子爵家の異変(1)(ざまぁ回)
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ライルがグローツ子爵家を出てから数週間が経った頃。
「旦那様。私見を述べさせてもらってもよろしいでしょうか?」
長年勤めてきた老執事は、姿勢を正してグローツ子爵に告げる。
「何だ? 言ってみろ」
「僭越ながら、私はライル様の廃籍を取り消すべきかと存じます」
「廃籍を取り消せだと?」
「ライル様は大陸覇者闘技会で優勝し、グローツ子爵家の名を広く世に知らしめました。たとえ力を失ってしまったにせよ、これまでの名声を全てふいにする程ではないかと存じます」
グローツ子爵の眉がピクリと動く。
「ほう。あの愚息の肩を持つのか?」
「ライル様は素晴らしい好青年となられました。畏れながら、廃籍されてしかるべきとは私には思えません」
グローツ子爵は立ち上がって老執事を睨む。
「たかが執事の分際で、我がグローツ子爵家を否定するというのだな?」
「い、いえ。滅相もございません。ただ私は、ライル様の多大なる功績も考慮していただければと思った次第でして。《剣技超越者》の天啓を授かったと聞いた時など、私共使用人一同は喜びに――」
「無能は平民に落とすのがグローツ子爵家の習わしだ。俺の何が間違っていたんだ? ああっ? 分かるように説明してみろっ!」
主の逆鱗に触れてしまった老執事は、顔色が段々と青褪めていく。
「で、出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「次は暇を出されると思え。二度と俺に意見するな。いいな?」
「は、はい」
「下がれ」
老執事は恐る恐る退出していった。
「あの愚息はグローツ子爵家の面子を潰したのだ。平民落ちでも生温いというのに、何故それが分からんのか」
グローツ子爵はワインをくゆらせ、物思いにふける。
(ふん。まあいい。嫡男のザイルは優秀だ。家名を貶める愚息も排除した。グローツの未来は安泰だろう)
しかしその考えは、早々に撤回せざるを得なくなる。それは翌日の正午の事だった。
「ザイルが昇級試合で負けただと? 確かなのか?」
「王家の使者からの報告でしたので、間違いないかと思われます」
グローツ子爵は信じられないといった顔で、凶報を告げた老執事を見た。
「あいつの剣才は俺に匹敵するのだぞ? グローツ子爵家の嫡男として、申し分のない強さを持っている」
「存じております」
「そのザイルが、たかが近衛騎士団長如きに負けたというのか?」
グローツ子爵家の嫡男が近衛騎士団長に就任するのは、王国では半ば約束されているようなものだった。それはグローツ子爵家の男達が、代々最強の実力を誇ってきたからに他ならない。
現在のグローツ子爵や嫡男のザイルとて例外ではない。だからこそグローツ子爵は、ザイルが近衛騎士団長に負けたと聞いても半信半疑だった。
「旦那様。事実でございます」
老執事は、試合の詳細が書かれた紙をグローツ子爵に手渡した。ざっと見ただけでも完敗と分かる程に酷い内容だ。昇級どころか降級を心配しなければならない有様だった。
実力主義の近衛騎士団では、職級の更新が毎年行われている。しかしそれは1階級の昇降限定だ。どれほど優れていようとも、どれほど劣っていようとも、その原則は変わらない。
だからこそ、実力では近衛騎士団長を上回っていたザイルも、この1年間は副団長の地位に甘んじている。
そして今年は、間違いなくザイルが近衛騎士団長を打ち倒すと目されていたのだが。
「……馬鹿な」
ザイルの勝利を信じて疑っていなかったグローツ子爵は、突き付けられた現実に声が震えている。
「ザイルはどこだ?」
「今日中には邸に到着するかと」
試合で気を失ったザイルは、まだ王城から帰っていない。目覚めて手当てが終わり次第、帰宅させる予定だと王城の使者から伝え聞いている。
そして夜半過ぎ、ザイルは顔を腫らした姿で帰宅した。
「申し訳ありません父上」
「何だそのザマは! 油断でもしたのか貴様!」
グローツ子爵は、中身の入ったワイングラスを投げつける。完膚なきまでに負けたと分かる痛々しい姿だったからだ。
壁に叩きつけられたワイングラスは割れ、絨毯に赤いシミが広がっていった。
「油断などしておりませんでした」
「体調のせいだとでも言うつもりか!」
「体調も万全でした。しかし負けてしまったんです」
グローツ子爵は「殴ってやろうか」とも思ったが、どうにか踏み止まった。嫡男を再起不能にするわけにはいかないからだ。
「貴様は栄えあるグローツ子爵家を継ぐ男だ。ザジもガガスも、ましてあの愚息にも、この家を任せられる力はない。嫡男として相応しいのは、お前しかいないんだ。分かってるのか?」
「承知しております」
「我等は王国最強であらねばならん。近衛騎士団長如きに躓いてはならんのだ。勝って当然なのだからな」
「それも承知しております。ですが今回は、怪し気な魔導具を使った不届き者がいたのかもしれません」
「魔導具で妨害された可能性か……考えられるな。今の近衛騎士団長は、人望だけはあるようだからな」
(誰ぞ肩入れでもしたのだろう)
「ザイル。次の試合ではデバフ無効化の魔導具を着けろ。不正がなければ、お前は負けないはずだ」
「はい」
ザイルの昇級はなくなった。次の試合は、近衛騎士団第1隊長との職級入れ替えを賭けた戦いになる。負ければグローツ子爵家の名は地に落ちるだろう。
「これ以降、負ける事は許さんからな」
「はい」
ザイルは頷いた。
しかし近衛騎士団長とザイルの試合では、魔導具による不正など行われていなかった。完全な実力に裏打ちされた結果だ。
そして今日この時より、グローツ子爵家の没落が始まる。グローツ子爵は後に原因を知る事になるが、それは自業自得としか言いようのないものだった。
「旦那様。私見を述べさせてもらってもよろしいでしょうか?」
長年勤めてきた老執事は、姿勢を正してグローツ子爵に告げる。
「何だ? 言ってみろ」
「僭越ながら、私はライル様の廃籍を取り消すべきかと存じます」
「廃籍を取り消せだと?」
「ライル様は大陸覇者闘技会で優勝し、グローツ子爵家の名を広く世に知らしめました。たとえ力を失ってしまったにせよ、これまでの名声を全てふいにする程ではないかと存じます」
グローツ子爵の眉がピクリと動く。
「ほう。あの愚息の肩を持つのか?」
「ライル様は素晴らしい好青年となられました。畏れながら、廃籍されてしかるべきとは私には思えません」
グローツ子爵は立ち上がって老執事を睨む。
「たかが執事の分際で、我がグローツ子爵家を否定するというのだな?」
「い、いえ。滅相もございません。ただ私は、ライル様の多大なる功績も考慮していただければと思った次第でして。《剣技超越者》の天啓を授かったと聞いた時など、私共使用人一同は喜びに――」
「無能は平民に落とすのがグローツ子爵家の習わしだ。俺の何が間違っていたんだ? ああっ? 分かるように説明してみろっ!」
主の逆鱗に触れてしまった老執事は、顔色が段々と青褪めていく。
「で、出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「次は暇を出されると思え。二度と俺に意見するな。いいな?」
「は、はい」
「下がれ」
老執事は恐る恐る退出していった。
「あの愚息はグローツ子爵家の面子を潰したのだ。平民落ちでも生温いというのに、何故それが分からんのか」
グローツ子爵はワインをくゆらせ、物思いにふける。
(ふん。まあいい。嫡男のザイルは優秀だ。家名を貶める愚息も排除した。グローツの未来は安泰だろう)
しかしその考えは、早々に撤回せざるを得なくなる。それは翌日の正午の事だった。
「ザイルが昇級試合で負けただと? 確かなのか?」
「王家の使者からの報告でしたので、間違いないかと思われます」
グローツ子爵は信じられないといった顔で、凶報を告げた老執事を見た。
「あいつの剣才は俺に匹敵するのだぞ? グローツ子爵家の嫡男として、申し分のない強さを持っている」
「存じております」
「そのザイルが、たかが近衛騎士団長如きに負けたというのか?」
グローツ子爵家の嫡男が近衛騎士団長に就任するのは、王国では半ば約束されているようなものだった。それはグローツ子爵家の男達が、代々最強の実力を誇ってきたからに他ならない。
現在のグローツ子爵や嫡男のザイルとて例外ではない。だからこそグローツ子爵は、ザイルが近衛騎士団長に負けたと聞いても半信半疑だった。
「旦那様。事実でございます」
老執事は、試合の詳細が書かれた紙をグローツ子爵に手渡した。ざっと見ただけでも完敗と分かる程に酷い内容だ。昇級どころか降級を心配しなければならない有様だった。
実力主義の近衛騎士団では、職級の更新が毎年行われている。しかしそれは1階級の昇降限定だ。どれほど優れていようとも、どれほど劣っていようとも、その原則は変わらない。
だからこそ、実力では近衛騎士団長を上回っていたザイルも、この1年間は副団長の地位に甘んじている。
そして今年は、間違いなくザイルが近衛騎士団長を打ち倒すと目されていたのだが。
「……馬鹿な」
ザイルの勝利を信じて疑っていなかったグローツ子爵は、突き付けられた現実に声が震えている。
「ザイルはどこだ?」
「今日中には邸に到着するかと」
試合で気を失ったザイルは、まだ王城から帰っていない。目覚めて手当てが終わり次第、帰宅させる予定だと王城の使者から伝え聞いている。
そして夜半過ぎ、ザイルは顔を腫らした姿で帰宅した。
「申し訳ありません父上」
「何だそのザマは! 油断でもしたのか貴様!」
グローツ子爵は、中身の入ったワイングラスを投げつける。完膚なきまでに負けたと分かる痛々しい姿だったからだ。
壁に叩きつけられたワイングラスは割れ、絨毯に赤いシミが広がっていった。
「油断などしておりませんでした」
「体調のせいだとでも言うつもりか!」
「体調も万全でした。しかし負けてしまったんです」
グローツ子爵は「殴ってやろうか」とも思ったが、どうにか踏み止まった。嫡男を再起不能にするわけにはいかないからだ。
「貴様は栄えあるグローツ子爵家を継ぐ男だ。ザジもガガスも、ましてあの愚息にも、この家を任せられる力はない。嫡男として相応しいのは、お前しかいないんだ。分かってるのか?」
「承知しております」
「我等は王国最強であらねばならん。近衛騎士団長如きに躓いてはならんのだ。勝って当然なのだからな」
「それも承知しております。ですが今回は、怪し気な魔導具を使った不届き者がいたのかもしれません」
「魔導具で妨害された可能性か……考えられるな。今の近衛騎士団長は、人望だけはあるようだからな」
(誰ぞ肩入れでもしたのだろう)
「ザイル。次の試合ではデバフ無効化の魔導具を着けろ。不正がなければ、お前は負けないはずだ」
「はい」
ザイルの昇級はなくなった。次の試合は、近衛騎士団第1隊長との職級入れ替えを賭けた戦いになる。負ければグローツ子爵家の名は地に落ちるだろう。
「これ以降、負ける事は許さんからな」
「はい」
ザイルは頷いた。
しかし近衛騎士団長とザイルの試合では、魔導具による不正など行われていなかった。完全な実力に裏打ちされた結果だ。
そして今日この時より、グローツ子爵家の没落が始まる。グローツ子爵は後に原因を知る事になるが、それは自業自得としか言いようのないものだった。
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