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41話 グローツ子爵家の異変(2)(ざまぁ回)
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加護を失ったグローツ子爵家に、今日もまた凶報がもたらされる。
「ラーズが離縁されただと?」
「はい。旦那様」
老執事は事実のみを淡々と告げる。今回は進言も諫言もしない。余計な言葉は主の機嫌を損ねるだけだからだ。
「……またか」
当主であるアガンは歯噛みする。他家に婿入りしたアガンの弟達は、これで3人全てが離縁されてしまった。それも着の身着のままの状態で、放り出されるようにだ。
「何故だ?」
(驕っていたからでしょうな)
老執事は内心思ったが、それを声に出す事は無い。
他家に婿入りしたグローツ子爵家の男達には、少なからず驕りや傲慢さがあった。しかし魔物の被害が大きい地域では、何を置いても強い男が求めれる。
その為、婿入り先で妻に無体を働こうと愛人を囲おうと、それらの行いは咎められなかった。
魔物の脅威さえ祓っていれば許されたからだ。それは弱き聖人君子よりも、強き愚者の方が求められていたからに他ならない。
しかしグローツ子爵家から婿入りした男達は、現在は加護の力を失っている。弱き愚者と化してしまった今、婿入り先にしてみれば、もはや無用の長物だ。
真摯に勤めて信頼関係を築けていれば、また結果は違ったはずだが、傲岸不遜で無力な男など、離縁されてもやむなしだと言える。
「何故、こんな事になっている?」
グローツ子爵家当主であるにも関わらず、アガンは詳細を知らない。それはプライドの高い男達が、力を失って弱くなってしまった事実をアガンに告げていないからだ。
ゆえにアガンは「最強のグローツ子爵家」が、既に砂上の楼閣となってしまっている事に気付けない。
そもそも婿入り先で生まれた子供は、いつの時代も強者にはならず平凡だった。歴代のグローツ子爵家当主達は「相手方の血筋が悪いからだ」と決めつけていたが。
グローツ子爵家に生まれるライルを守る為の加護なのだから、グローツ子爵家で生まれた子供にしか加護が与えられなかったというのが真相だ。当然、婿入り先で生まれた子供には強い力などない。
「忌々しい!」
アガンは執務机に拳を叩きつけた。
(旦那様?)
老執事は、アガンの打撃音が弱い事に気付く。それにより、グローツ子爵家に起こっている事態を粗方把握した。
(歴史あるこの家は、終焉を迎えるのかもしれない)
グローツ子爵家の男達は時に魔物を相手に、時に国境を侵犯する敵国の兵を相手に戦ってきた。
その状態が長く続いた事で、グローツ子爵家縁の者は政治の中枢にも深く入り込み、フローレンス公爵家に次ぐ権力を有するまでになっている。
しかし武力を失ったと知られてしまえば、今まで虐げてきた様々な方面から報復されるのは目に見えていた。グローツ子爵家は、あくまでも一介の子爵家に過ぎないのだから。
「ザイルはまだ戻らんのか?」
「はい」
今日は王城で、嫡男ザイルの降級を賭けた試合が行われている。近衛騎士団の副団長の座に留まれるか、降級して隊長格に落ちるかが、結果の如何により決まる。
グローツ子爵家の権威を保つには、ザイルが近衛騎士団副団長の職級を維持するのが絶対条件だ。
結果が気になるアガンは、今か今かとイライラしながらザイルの帰宅を待っていた。そして、
「申し訳ありません父上」
本日最後の凶報がもたらされた。当主のアガンは報告書を読んだ後、絶望の表情で頽れる。ザイルの試合での立ち回りは、隊長格どころか若手の近衛騎士にも劣る有様だった。
デバフを無効化する魔導具を身に着けて、ザイルは試合に臨んでいる。つまりこの結果は、完全に実力のみが反映された正当なものだ。
「ザイル。お前は隊長格に落とされたのか?」
「いえ……敗北後は退団を申請して、そのまま受理されました」
退団申請が即日受理されたのは、引き留めが一切なかったからだ。ザイルは副団長の地位にありながら、団員からの人望が皆無だった。
「旦那様。国王陛下からです」
国王直筆の手紙をザイルの侍従から受け取る。そこには、時渡りの魔女アリサが語った真実が綴られていた。何度も何度も読み返すが、やがて納得したようにアガンは項垂れた。
「終わり……だな」
武力を失ってしまえば、取るに足らない弱小貴族でしかない。領地は狭く、家の者達には何の商才もないからだ。
婿入りさせた家から徴収していた定期収入が途絶えれば、領地運営すらままならないだろう。
しかし全てはグローツ子爵家の傲慢な男達、ひいては当主であるアガンが招いた事態だ。文句を言えようはずもない。
「お前も読んでみるか?」
老執事は机に広がった手紙を手に取り、読み進めていった。
「そういう事でしたか」
読み終えて、老執事の長きに渡る疑念が氷解した。
(明らかにおかしな状況でしたからな)
血反吐を吐いて倒れようとも剣を振り続けたライルより、片手間で修練を行うアガンやザイルの方が、剣の腕は各段に上だった。
(グローツ子爵家が本来あるべき姿に戻ったとなると、ライル様にも何か変化があるのだろうか? 無事に暮らしておられると良いのだが)
老執事は、ライルの研鑽の日々を思い出す。ひたむきに修練を続けるその姿が、使用人達の心をどれだけ激しく揺さぶっていた事か。
(ティリア様。どうかライル様の事をよろしくお願いします)
老執事は一礼をして部屋から出て行った。
「ラーズが離縁されただと?」
「はい。旦那様」
老執事は事実のみを淡々と告げる。今回は進言も諫言もしない。余計な言葉は主の機嫌を損ねるだけだからだ。
「……またか」
当主であるアガンは歯噛みする。他家に婿入りしたアガンの弟達は、これで3人全てが離縁されてしまった。それも着の身着のままの状態で、放り出されるようにだ。
「何故だ?」
(驕っていたからでしょうな)
老執事は内心思ったが、それを声に出す事は無い。
他家に婿入りしたグローツ子爵家の男達には、少なからず驕りや傲慢さがあった。しかし魔物の被害が大きい地域では、何を置いても強い男が求めれる。
その為、婿入り先で妻に無体を働こうと愛人を囲おうと、それらの行いは咎められなかった。
魔物の脅威さえ祓っていれば許されたからだ。それは弱き聖人君子よりも、強き愚者の方が求められていたからに他ならない。
しかしグローツ子爵家から婿入りした男達は、現在は加護の力を失っている。弱き愚者と化してしまった今、婿入り先にしてみれば、もはや無用の長物だ。
真摯に勤めて信頼関係を築けていれば、また結果は違ったはずだが、傲岸不遜で無力な男など、離縁されてもやむなしだと言える。
「何故、こんな事になっている?」
グローツ子爵家当主であるにも関わらず、アガンは詳細を知らない。それはプライドの高い男達が、力を失って弱くなってしまった事実をアガンに告げていないからだ。
ゆえにアガンは「最強のグローツ子爵家」が、既に砂上の楼閣となってしまっている事に気付けない。
そもそも婿入り先で生まれた子供は、いつの時代も強者にはならず平凡だった。歴代のグローツ子爵家当主達は「相手方の血筋が悪いからだ」と決めつけていたが。
グローツ子爵家に生まれるライルを守る為の加護なのだから、グローツ子爵家で生まれた子供にしか加護が与えられなかったというのが真相だ。当然、婿入り先で生まれた子供には強い力などない。
「忌々しい!」
アガンは執務机に拳を叩きつけた。
(旦那様?)
老執事は、アガンの打撃音が弱い事に気付く。それにより、グローツ子爵家に起こっている事態を粗方把握した。
(歴史あるこの家は、終焉を迎えるのかもしれない)
グローツ子爵家の男達は時に魔物を相手に、時に国境を侵犯する敵国の兵を相手に戦ってきた。
その状態が長く続いた事で、グローツ子爵家縁の者は政治の中枢にも深く入り込み、フローレンス公爵家に次ぐ権力を有するまでになっている。
しかし武力を失ったと知られてしまえば、今まで虐げてきた様々な方面から報復されるのは目に見えていた。グローツ子爵家は、あくまでも一介の子爵家に過ぎないのだから。
「ザイルはまだ戻らんのか?」
「はい」
今日は王城で、嫡男ザイルの降級を賭けた試合が行われている。近衛騎士団の副団長の座に留まれるか、降級して隊長格に落ちるかが、結果の如何により決まる。
グローツ子爵家の権威を保つには、ザイルが近衛騎士団副団長の職級を維持するのが絶対条件だ。
結果が気になるアガンは、今か今かとイライラしながらザイルの帰宅を待っていた。そして、
「申し訳ありません父上」
本日最後の凶報がもたらされた。当主のアガンは報告書を読んだ後、絶望の表情で頽れる。ザイルの試合での立ち回りは、隊長格どころか若手の近衛騎士にも劣る有様だった。
デバフを無効化する魔導具を身に着けて、ザイルは試合に臨んでいる。つまりこの結果は、完全に実力のみが反映された正当なものだ。
「ザイル。お前は隊長格に落とされたのか?」
「いえ……敗北後は退団を申請して、そのまま受理されました」
退団申請が即日受理されたのは、引き留めが一切なかったからだ。ザイルは副団長の地位にありながら、団員からの人望が皆無だった。
「旦那様。国王陛下からです」
国王直筆の手紙をザイルの侍従から受け取る。そこには、時渡りの魔女アリサが語った真実が綴られていた。何度も何度も読み返すが、やがて納得したようにアガンは項垂れた。
「終わり……だな」
武力を失ってしまえば、取るに足らない弱小貴族でしかない。領地は狭く、家の者達には何の商才もないからだ。
婿入りさせた家から徴収していた定期収入が途絶えれば、領地運営すらままならないだろう。
しかし全てはグローツ子爵家の傲慢な男達、ひいては当主であるアガンが招いた事態だ。文句を言えようはずもない。
「お前も読んでみるか?」
老執事は机に広がった手紙を手に取り、読み進めていった。
「そういう事でしたか」
読み終えて、老執事の長きに渡る疑念が氷解した。
(明らかにおかしな状況でしたからな)
血反吐を吐いて倒れようとも剣を振り続けたライルより、片手間で修練を行うアガンやザイルの方が、剣の腕は各段に上だった。
(グローツ子爵家が本来あるべき姿に戻ったとなると、ライル様にも何か変化があるのだろうか? 無事に暮らしておられると良いのだが)
老執事は、ライルの研鑽の日々を思い出す。ひたむきに修練を続けるその姿が、使用人達の心をどれだけ激しく揺さぶっていた事か。
(ティリア様。どうかライル様の事をよろしくお願いします)
老執事は一礼をして部屋から出て行った。
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