公爵令嬢を溺愛する護衛騎士は、禁忌の箱を開けて最強の魔力を手に入れる

アスライム

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65話 とある日の朝

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 集中力を研ぎ澄まし、

「滅せよ!」

 遠方に向かって雷光の矢を放つと、遥か先にある山の麓が輝いた。数十秒後に雷鳴が聞こえ、ライルは探索魔法を使って魔物の消滅を確認する。

「終わりましたよ。アリサさん」

 振り返ると、魔女のアリサは満足気に笑って親指を立てた。

「ライル君絶好調じゃん。あんな強そうな魔物だったのに、簡単に倒しちゃうしさ」

 褒められても特別な感慨深さはない。いつも通りに魔法の修練をこなしただけだと、ライルは思っているからだ。

「《雷光の射手ライトニングシューター》も、かなり威力が上ってたりしない?」
「そうですね。以前よりは強力になってます。射程も伸びましたし」

 威力や精度が上がっているのを、ライルも実感していた。ティリアの魔力がより馴染むようになったからなのか、ライルの成長によるものなのかは分からなかったが。

「でも無理は駄目だよ? 君の代わりの人なんていないんだから」
「はい。その辺は十分理解してます」

 ライルとアリサは朝の活動を終えて帰路につく。しばらく歩き続けて家の間近まで来た時、庭に出ているティリアの姿が目に入った。白を基調とした服で、清楚な佇まいだ。

「……ティリア様」

 ライルは見惚れてしまって歩みを止める。目を閉じて両手を組むティリアに、神々しさを感じたからだ。

(祈りを捧げておられるのか?)

 急に胸の苦しみを感じたライルは、溜息と共にわだかまる想いを吐き出した。ティリアの清廉さや高潔さを見る度に、自分には手の届かない遠い存在だと認識させられる。

(尊い御姿だ)

「綺麗ねぇ。ティリアちゃんって聖女様みたいじゃない? これなら蘇生魔法も使えたはずだよね……って、ライル君?」

 アリサが肘でツンツンした。するとハッとしたライルは「すみません」と言って、アリサに目を向ける。

「帰ってきたんだから、挨拶でもしてきたら?」
「そうですね」

 ライルは深呼吸をしてから、ティリアの方へと歩いて行った。そしてなるべく平常心で話し掛ける。

「ティリア様。ただいま戻りました」
「あ、ライル。おかえりなさい」

 祈っていたティリアは、両手をほどいて目を開けた。

「アリサさんも、ライルへの魔法指導ありがとうございました」
「いいえ。持ちつ持たれつだからね」

 アリサはパタパタと手を振った。

「ところでティリア様。先程は何を祈っておられたのですか?」
「えっ! な、内緒っ!」
「そうですか」

 慌てふためくティリアを可愛らしいと感じながら、ライルは優し気に見つめる。ちなみにライルは、ティリアが何を祈っていたのか予想がついていない。

 ライルの無事を祈っていたのは明らかなのだが、気付いて無さそうなライルの様子に「鈍感過ぎる」とアリサは思った。

 しばらくしてのどかな雰囲気が漂ってくると、ライルは口を開く。

「ティリア様。お一人でいる時は、あまり庭に出ない方がよいかと。どこに危険が潜んでいるか分かりませんし」
「平気よ。結界を張っているのでしょう?」

 魔法使いとして極めつつあるライルは、悪意ある者を弾く結界を庭に張っていた。

「そう……ですね。敷地内であれば、基本的に安全だと思いますが」

 歯切れが悪いのは、ティリアに意識を向けている男がたまにいるからだ。今日も今日とて、数人の男達がティリアを遠くから見ている。

(あの男)

 ライルの鋭い視線に怯んだ男達が、慌てて去って行った。こんな事は、ティリアが公爵令嬢だった時から日常茶飯事だ。

(目を逸らしたな? あの男もか?)

 そんな感じで周囲を警戒し続けるライルに、アリサはボソボソと話し掛ける。

「あのさ『他の男に見せたくないので、家の中にいてください』ってティリアちゃんに言ったらいいんじゃない?(小声)」
「言えませんよそんな事っ!?(小声)」

 ライルは驚愕しながら必死に答えた。アリサは「じれったいなぁ」と言って唇を尖らせた。

「私、ランチの準備をしてくるわね」

 ティリアが家の中へと入り、ライルはその背を見つめて溜息を吐いた。

「はぁ。ティリア様は、ご自身の魅力に無頓着過ぎます」

 小声でボヤくように言った為、これもティリアには聞こえていない。

「でもさ、ライル君も大概だと思うよ?」
「何がですか?」
「自分の魅力に無頓着なト・コ・ロ」

 ウインクして言ったが、アリサの真意は伝わらなかった。ライルは自身の事に疎いからだ。

 ティリア至上主義であるライルは、外見についても「自分はティリアのレベルには遠く及ばない」と思い込んでしまう癖がある。

 実際には見目麗しい青年であり、貴族令嬢や街娘から秋波を送られる事も多々あるのだが、ティリアを崇拝する余りに色々と拗らせてしまっていた。

「残念だなぁ。ライル君ってモテ男なのに」
「俺は普通ですよ」
「どこが? 今朝だって凄かったよ?」

 アリサと共に魔法の修練場所へ向かう時、すれ違った多くの街娘達が頬を染めていた。だが女性への関心が薄いライルは、露程も気付いていない。

 異性への関心の薄さは、ライルだけでなくティリアにも言える事だ。幼い頃からライルを見続けたティリアは、他の貴族令息を見ても何とも思わなくなっている。

 王太子の婚約者という境遇でもあった為、ティリアに近付く男は片っ端から遠ざけられていた。告白される機会が皆無だったティリアもまた、ライルと同様に自身の魅力には疎いままだ。

「ライル君は女の視線に気付かないし。ティリアちゃんも男の視線に気付かないし。なんか不思議で面白いよね」

 それから他愛のない話をしながら、3人はランチを済ませる。数時間ゆっくりくつろいでいると、ライルの親友アーバンが家を訪れた。
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