公爵令嬢を溺愛する護衛騎士は、禁忌の箱を開けて最強の魔力を手に入れる

アスライム

文字の大きさ
66 / 77

66話 噂の種火

しおりを挟む
 少し早いランチを終えて、3人がくつろいでいる時だった。

「こんちはー」

 ガンガンとノッカーを鳴らす音と共に、男の声が耳に届く。ライルは素早く立ち上がると、玄関へと向かいドアを開けた。

「アーバンか。久しぶりだな」
「よう! ライル」

 日に焼けた男は笑顔を向ける。中肉中背で赤髪のアーバンは、ライルの親友とも言える人物だ。

 軽薄な態度で女好きだが、情に厚く信頼が置ける。実家を追われたライル達に住居の斡旋をしたのもアーバンだった。

「今日はどうしたんだ? 何かあったのか?」

 ライルは真顔でアーバンの様子を伺う。街中で偶に出会う事はあったが、約束も無く家を訪ねて来たのは今回が初めてだったからだ。

「今日はティリア・フローレンス様……じゃあなかったな。ティリアさんに聞きたい事があって、ここに来たんだ」
「ティリア様に?」
「ああ」
「少し待ってくれ」

 ライルは室内にいるティリアにアーバンの来訪を告げに行った。

「ティリア様。用件があるとの事で、アーバンが訪れております。いかがいたしましょうか?」
「アーバン様が?」

 ティリアは「何かしら?」と言いつつ、リビングに通すように伝えた。しばらくすると、ライルがアーバンを伴って入室してくる。

「おっ! こちらの美女は? お名前を伺っても?」
「魔女のアリサよお兄さん。初めまして。えーっと」
「俺はアーバンです! コイツとは仲よくしてるんですよ。ははははっ」

 アーバンはライルを引き寄せて肩を組んだ。ライルはハァと息を吐くと、迷惑そうにアーバンの手を払う。

「アーバン様。ご無沙汰しております」

 ティリアは微笑みながら挨拶をする

「お久しぶりですティリアさん。相も変わらず麗しい御姿。まるで湖に住む美しき精霊の如き――」

 ドスッ!

「うげあっ!」
「さっさと用件を言え」
「いてぇだろが! 肘打ちしてんじゃねーよっ!」
「ぐだぐだ喋ってるお前が悪い」

 涼しい顔で淡々と話すライルは、これ以上の軽口を許さない雰囲気だ。アーバンはコホンと咳払いをして居住まいを正す。

「アーバン様。こちらどうぞ」

 ティリアが椅子を勧めると、着席してから用件を話し始めた。

「ティリアさん。よろしければローライザの王太子様について、少し話を聞かせてもらえませんか?」

 アーバンは申し訳なさそうに言った。ティリアはローライザ王国の王太子ウィリアムから婚約を破棄されているからだ。

「ウィリアム様についてですか?」
「話すのが辛いようであれば、今日はこのまま帰りますが」
「いえ。大丈夫です。私が答えられるものであれば、お答えさせていただきます」

 平然としているティリアと違い、ライルはあからさまに不機嫌だ。

「アーバン。余計な心配はするな。ティリア様はウィリアム様……あの男の事など何とも思っていない」

「どうしたんだライル? キレてんのか?」

(お前のせいだ!)

 ライルはムッとしている。ティリアが蔑ろにされていた事を思い出して、怒りを感じたからだ。しかしその不快な気分も、隣に座るティリアと目が合っただけで大分和らいだが。

「それでアーバン様。私に何をお聞きしたいのですか?」
「ええっとですね。王太子様に何か変わった事はありませんでしたか?」
「変わった事ですか?」

 するとアーバンは声を潜めて言った。

「例えば頭を打ったとか、知能に大きな影響を与えそうな出来事があったとか」

 ティリアは小首を傾げつつ、ウィリアムについて考える。

「私の知る限りでは、そういった出来事はなかったかと存じます」
「少しもありませんでしたか?」

 ティリアはしばらく思案してから口を開く。

「強いて言えば、婚約者が私から異母妹のミリーナに代わった事でしょうか」
「そうですか」

 アーバンは唸った。望む答えが得られなかったからだ。

「やっぱりミリーナ・フローレンス様が関係してるのか? しかしそれだけで、あの王太子様があそこまで変わるか?」

 言いつつ目を瞑って腕を組む。

「あの、アーバン様。ウィリアム様がどうかされたのですか?」
「どうかされたんでしょうね。俺も以前は王城務めをしてたんで『王太子様って以前と比べて変わり過ぎだよな? お前は何か知らないか?』って、知人から色々聞かれたりするんですよね」

「珍しい相談を受けているんですね」
「そりゃあやっぱり、俺って頼りになるから相談したくなりますよね?」

 ティリアはタジタジとなって「そ、そうですね」と答えるしかなかった。

 誰彼構わず話し掛けるアーバンは、どこか憎めない男でもある。その為、かなり顔が広い上に知人も多い。

「最近は王太子様絡みで結構相談されるんですよ『ローライザ王国の東部地区の山間だけど、新しく道が通されるんだってよ。どう思う?』って感じで」
「東部地区の山間っ!?」

 ティリアは悲鳴を上げた。東部地区の山間に道を通す計画は、ティリアが入念に調査した上で却下していたからだ。

 見掛け上では良い計画に見えるが、継続的な街道整備費や将来的な流通量まで考えるなら費用対効果が悪過ぎる。

「ウィリアム様は一体何を……他に優先すべき計画がありますのに」
「他の計画ですか? ありますよ。他には――」

 アーバンの話を聞き続ける内に、ティリアは顔面蒼白になっていった。

「まあ、これらは『大陸で最も優れた王太子様』の肝いり計画らしいですから、間違いはないんでしょうけど」

 しかしティリアは絶句している。

「今までの王太子様と違って、政策や計画に不明な点が多いっていうか、腑に落ちない感じなんですよね。ティリアさんは、どう思いますか?」

「わ、私は――」
「ティリア様っ!?」

 フラリと倒れそうになったティリアを、ライルは腕を伸ばして咄嗟に支えた。

「大丈夫ですかティリア様?」
「ええ。ごめんなさいライル。ローライザ王国がこうなったのは私のせいね」
「それは違います。ティリア様が責任を感じる必要はありません」

 ティリアは婚約を破棄されるまで、ウィリアムの代わりに王太子の政務を担っていた。国王夫妻や臣下が間違った方向に進もうとした時も、ウィリアムを誘導して正しき方向へとそれとなく軌道修正を掛けたりもした。

 不正を暴き、数字の乖離を指摘し、最良の計画立案もやり続けた。祖国が急速に発展しているのは、裏で動いたティリアの力によるものだ。

 しかし今後はティリアの力は望めない。アーバンの話を聞いただけでも、祖国が破滅に向かっているのが容易に知れる。

「どうすればいいの……」
「あの国は元に戻るだけです。ティリア様がもたらした富が失われるだけです。どうか気に病まれませんよう」

 今にも泣きそうなティリアとそれを慰めるライルを見ながら、アーバンは口を開いた。

「もしかして、今までの成功はティリアさんが?」

 ライルは静かに頷く。

 それからティリアと話し続けてアーバンの疑問は氷解し、ローライザ王国が狂い始めた理由にも納得した。

 やがて祖国では「追放された公爵令嬢ティリア・フローレンスの功績によるものだったのではないか?」とまことしやかに囁かれ、静かに噂が広まっていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

阿里
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

どうぞお好きになさってください

みおな
恋愛
学園に入学して一ヶ月。 婚約者の第一王子殿下は言った。 「学園にいる間くらい自由にさせてくれないか。君が王太子妃になることは決定事項だ。だから、せめて学園に通う二年間は、僕は恋がしたい」 公爵令嬢はその綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべる。 「好きになさればよろしいわ」

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

処理中です...