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24話 戌の教え
しおりを挟むお嬢のお許しを得て、俺たちは村への道を引き返す。
ポン刀聖女は久しぶりの外界が物珍しいのか、しきりに『おー』とか『うわあ』とか声を上げている。形状は刀のままだが、キョロキョロと辺りを見回しているのが雰囲気でわかる。
こいつの様子が理解できるのも、ポン刀聖女の主になったためだろうか。
「シーカちゃんってすごいね、兄貴様」
ふと舎弟が声をかけてきた。ポン刀聖女の柄をつんつんと触る。
「留め具もないのに兄貴様の身体にぴったりくっついてるんだもの。でも、これってどうやって抜くの?」
「ふん。この神獣ヒスキに抜かりはない。すでにこういうキャラは履修済みだ。おいポン刀聖女、さっき打ち合わせしたとおりだ。いくぞ!」
『承りです!』
俺が首を巡らせ口を開く。そこにポン刀の柄がするりと滑り込んでくる。柄をくわえた俺は、刀を一気に引き抜く!
水平に刀を構えた神獣ヒスキのできあがりだ。
お嬢とイティスが「おお!」と拍手した。
「なるほどー。武器の状態でもシーカちゃん、ちょっと動けるんだね。それで息を合わせて一気に剣を抜くわけか。口で剣を構えた兄貴様、格好いい!」
「ひょうだりょう、ひょうだりょう」
「喋るとかっこ悪ーい。あ、ごめん。嘘、嘘です」
わかればよい。
ポン刀聖女をしまう。納刀時もしっかりサポートしてくれる。何気に有能だなこいつ。
するとお嬢が少し不安そうに言った。
「ねえシーカさん。オークになってしまう『3つの理不尽』って、暴力も入るんだよね。あの……ヒスキさんは大丈夫なのかな? 私たちを守るために、結構無茶しているような」
『それは大丈夫でしょう』
お嬢のもっともな疑問に、あっさりと答えるポン刀聖女。
『ご主人――ヒスキ氏は神獣。アタシたちとは違う理で生きています。こんなに可愛いし。それに、聖女の魔力を持ったアタシが一緒なので、オークになる心配はないでしょう』
「そっか。よかった」
息を吐くお嬢。ただ、その表情はどこか浮かない。
お優しいお嬢とヤクザな俺が水と油なのはわかっている。お嬢に暴力は似合わない。むしろ生前、俺が切った張ったの荒事を話したら怖がられていた。
だからこそ、ハッキリさせておかないと。
「お嬢。俺の力はすべてお嬢を守り、お嬢の願いを叶えるためにあります。ご安心下さい」
「うん。わかってる。ごめんね、変なこと言って。……でも、イティスやシーカさんにはもう少し優しくしてあげて?」
「……」
「……ヒスキさん?」
「鋭意、努力しやす」
目線だけ横を向きながら答える俺。お嬢の無言の微笑みが怖かった。そのお嬢を、ポン刀聖女はうっとりと眺めていた。
改めて、村へ向けて出発する。
ポン刀聖女がいれば、ようやくお嬢との約束が果たせる。オーク村長どもは気に入らないが、この際キッチリ性根を叩き直させてもらおう。
【カシワブラッド】によって均された道を歩く俺たち。
その間、半人前舎弟はしきりに俺の刀を見ていた。
「あー、いいなぁ。格好いいなぁコレ。いいなぁ!」
「おい離れろ、イティス。これは遊び道具じゃない」
しきりに羨ましがってくるイティスに、俺は渋い顔になった。
最初はコイツに褒められて悪い気はしなかった。だが、こうまで浮かれているイティスを見ると、別の懸念が湧いてくる。
――この半人前は、ポン刀が武器だという自覚があるのだろうか。
ポン刀を持つことの意味を理解しているのだろうか。
この感覚で、いっぱしの騎士になれるのか。
「おいポン刀聖女」
『はい。アタシはシーカです』
「仮の話だ。お前の所有権を一時的に他人に譲り渡すことはできるのか?」
『……アタシ、もうクビですか? 封印ですか?』
「違う」
俺はきょとんとした顔の舎弟を見た。
「今後のことを考えて、コイツにポン刀を使わせる方法があるかって話だ」
「え!? 兄貴様、あたしにシーカちゃんくれるの!?」
「勘違いするな。今すぐ使わせるとは言ってない。もちろん、くれてもやらん」
何だぁ、と頬を膨らませるイティス。
しかし、あくまで俺が真剣な表情を崩さないのを知って、奴は居住まいを正した。この辺、少しは舎弟の自覚が出てきたのだろう。
俺はシーカに言った。
「半人前を一人前の騎士に成長させるためには、いつかの段階で武器の扱いを身につけなきゃならねえ。どうなんだ、ポン刀聖女」
『えっと。一時的な貸与という形でなら可能かと。ご主人が許可を出せば、アタシは元の力を維持したまま他の人も扱えます』
「わかった。――イティス。ちょっとそこ座れ」
「うん」
素直に応じる舎弟。俺は静かに諭した。
「いいか。ポン刀聖女はオモチャじゃない。これはれっきとしたポン刀……武器だ。武器は何のためにある?」
「戦う、ため?」
「半分違う。武器は相手をぶっ倒すためのものだ。目の前の敵を血みどろにさせる道具だ」
直截的な俺の表現にイティスが唾を飲み込む。
「中途半端な覚悟の奴が武器を持つのは危ない。自分ばかりか、大事な人の命すら危うくなる。傷つけてしまう。イティス、お前にはその認識が足りねえ。ポン刀の格好良さにしか目が行ってないんだ」
「……ごめんなさい」
「謝るなら、先にやることをやれ」
俺はそう言って、小さく遠吠えを上げた。発動した【カシワブラッド】で、すぐ近くに生えていた木が反応する。
細い枝が絡まり合い、一本の棒を作り出す。それを舎弟に渡した。
「時が来るまで、それで武器の扱い方に慣れろ。重さはポン刀と合わせてある。まずは素振りからだ」
「兄貴様が、あたしのために」
「俺が稽古をつけてやる。村に着くまで、それで身体と心を作っておけ」
「うん! よろしくお願いします! 兄貴様!」
教わることが嬉しいのか、舎弟は喜色を浮かべて首肯した。
俺は満足して頷きを返す。
一方のお嬢は「よかったね、イティス」と言いながら、曖昧な笑みを浮かべていた。
そして、ポン刀聖女はしばらく前からずっと黙っていた。
どうやら、俺たちのやり取りが尊くて気絶していたらしい。オラ起きろ限界オタク。
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