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26話 静けさの意味
しおりを挟むポン刀聖女の性癖への不安はともかく、道中はすこぶる順調で平穏な道のりだった。
しかし――。
(……ん? これは)
村が近づいてくるにつれて、俺は違和感を覚えるようになる。
仲良く談笑しながら歩くお嬢と舎弟を横目で見ながら、俺はこっそりシーカへ話しかけた。
「おいポン刀聖女。お前、気付いたか」
『うへへへ……天上の微笑みがふたつ……――ほへ!? な、何か言いましたかご主人?』
「この野郎」
折檻したいが刀をシバく術を俺は知らない。
「村から感じる気配だ。様子がどこかおかしい。お前も元聖女で聖剣なら、何か感じるものはないのか。こんなこと、お嬢たちには聞けないだろうが」
『そ、そうですよね。そうなんですが、あのぅ』
ポン刀聖女は遠慮がちに聞き返す。
『そもそもヒスキ嬢たちの村って、こっちで合ってるんですか? さっぱり何の気配を感じないのですが』
「……なるほどな。くそ。やっぱりポン刀聖女もそう感じたか……」
俺は舌打ちする。
そう、違和感はそこだ。あるべきはずの気配が、ない。
俺はちらりとお嬢たちを振り返った。お嬢がわずかでも自信を取り戻し、舎弟は木刀を手にやる気満々だ。ふたりで談笑する姿は明るく、微笑ましい。
このまま、このふたりを村まで連れて行くべきか。
俺が先行して偵察すべきかもしれん――そう考えたときである。
「ほらケルア! 村まで競争しよう。兄貴様、先に行くねっ!」
「あ、おいこら! チッ、仕方ねえ」
駆け出した半人前に再度舌打ち。最大限の警戒をしながらお嬢たちを追いかける。
――村の外縁が見えてきた。
こうして間近で見ると、さらにピリピリとした雰囲気が伝わってくる。静かすぎるのだ。
前にここにきたときは、チラチラと鬱陶しく俺たちをのぞき見ていた村人たち。その姿がすっかり消えている。家の窓、建物の陰、そのどこにも彼らがいない。視線を感じない。
「あ、あれ……?」
「誰もいないの? 皆、どこに行っちゃったんだろう?」
さすがにお嬢とイティスも異変に気付いたようだ。
力強い歩みをとめ、俺の側に寄ってくる。
「お嬢。俺から離れないようにしてくだせえ。舎弟、お前もだ」
「あ、あたしは大丈夫だよ。兄貴様にもらったコレがあるから!」
「お前に鉄砲玉なんて期待しちゃいねえよ。その代わり、ソレでお嬢を守れ。いいな」
「う、うん」
【カシワブラッド】製の木刀をぎゅっと握りしめるイティス。
俺は先頭に立って、慎重に歩を進めた。匂い、音、それら諸々をひっくるめた気配――五感を研ぎ澄ませ、襲撃に備える。
『ご主人、やはり気配は感じませんね』
ポン刀聖女が戸惑いながら報告してくる。こいつも警戒感MAXなのか、ひとりでに鯉口を切っていた。いつでも抜き放てるようにしているのだ。
聖女だったっつう昔の杵柄は、伊達ではないってことか。
しかし、それほど集中しても引っかからない。目視でも確認できない。疑念と不安だけが膨らんでいく。
――村の中心部の広場に到着した。
(いったい、どういうことだ。これは……)
俺は内心で呻いた。
戌モードで俺がのしたはずのオーク村長が、姿を消していたのだ。
崩壊した建物が、ここが奴のいた現場であることを物語っている。
「村長さん、どこにいったの……?」
不安そうに辺りを見渡しながら、お嬢がつぶやく。
俺は崩壊した現場に近づき、匂いを嗅いだ。微かに、あいつの香りが残っている。背筋が泡立つような、不快な臭いだ。
村の連中が軒並み姿を消した。
理由はわからない。
ヤクザとしての俺の勘が、「ここにいてはマズい」と叫んでいた。
「お嬢。きっと奴らは、俺やお嬢の威光に恐れを成して逃げ出したんでさ」
「え?」
「深く反省したんでしょうな。村人全員、どっかで頭を冷やしているに違いありません。俺や舎弟の手で目を覚ましてやりたかったが、いないもんはしょうがありませんな」
もっともらしく俺は言う。
草の根分けても探し出して、奴らの性根を叩き直してやる――そんな本心を押し隠し、俺はお嬢に進言する。
道理を引っ込め、ここは撤退すべきだと。
「こうなったら、必要なモンを確保して俺らもさっさと――」
『ご主人、皆さん! 気をつけて! オークが来ます!!』
シーカが鋭く警告を発する。
ほぼ同時に、俺も奴の気配を感じ取る。
(まあ、そうは問屋が卸さないか)
姑息な約束破りはするなという神様からのお叱りかもしれない。
わかったよ。こうなったらとことん付き合ってやろうじゃないか。
心の中で吐き捨て、気配の方向に牙を剥いた、まさにそのとき。
視線の先、建物の陰からひとりの子どもがふらふらと現れた。
お嬢たちが一瞬、ホッとしたような顔をする。顔見知りの村人なのだ。
しかし、様子がおかしい。
子どもはふらふらと覚束ない足取りで進み出ると、頭を押さえた。
突如、耳障りな声を上げる。
そしてこちらが呆気にとられている間に、その子どもはオークへと姿を変えた。
これを合図としたかのように、次々とオークがやってくる。
1体、また1体――ついには、広場周辺を埋め尽くすほどの数に膨れ上がった。家の屋根に上がってこちらを伺う奴まで現れる始末だ。
「そ、そんな」
「ねえ兄貴様。これどういうこと!? こんな数、聞いてないよ! それにさっきの子……! これじゃ、まるで……」
お嬢と舎弟が言葉を失う。
イティスの考えていることは言わずともわかった。
この数。
まるで、村にいた住人全てがオークに変化したみたいじゃないか。
(さすがにこの事態は想像していなかったぜ)
『ご主人、後ろです!』
シーカが再度警告してくる。
直後、背後の森からもオークがのそりと現れた。
そこは俺たちが通ってきたルートだ。
先頭にいるのは――オーク村長。
大小複数のオークを引き連れ、俺たちの退路を塞いでくる。
全方位を見回し、俺は悟った。
――これは、間違いない。
村人全員がオーク化して、襲ってきやがったのだ。
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