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43話 修行の期間
しおりを挟むとりあえずポン刀聖女と元タコを黙らせて、俺はコギリゥの壁を通り抜ける。
アル・パストラ大図書館が目前に迫った。遠目で見るより、やはり近くで見た方が偉容がはっきりとわかる。
ただ――時間の流れは否応なく感じた。
正面扉に向かう道。その石畳の両端が花壇になっている。が、そこに植えられた植物の多くが枯れていたのだ。
おそらく倉庫なのだろう、近くの平屋の建物も、よく見ると細かな砂埃を被ってうっすら白くなっている。
『ところで君たちー』
寂れた外観に眉をひそめていると、ブロンテンの奴が軽い口調で尋ねてきた。
『ここまで聞けてなかったけど、君たちはどうしてアル・パストラ大図書館へ? 何をしに来たのかな?』
「言わなきゃならんか」
『気になるじゃないか。こーんな幼気な美少女たちがわざわざ訪ねてくるなんてさ』
『美』を強調するブロンテンを、俺は胡乱げに睨んだ。
お調子者の幽霊男は慌てて手を振る。
『からかってるわけじゃなくてさ。知ってるとは思うけど、アル・パストラには色んなものがあるんだ。闇雲に入っても何をしたらいいか迷うんじゃないかなって』
「……世界を旅するために必要なものを手に入れるためだ」
俺はお嬢の傍らに立つ。
「こちらのお嬢が世界を『キレイにする』と誓われた。そのために必要な道具や知識を、ここでなら得られると聞いたのさ」
『ほほう、なるほど』
「それと、お嬢が聖女の力を得たいと仰っている。その修行ができるのもここだと」
お嬢を見上げる。彼女は握り拳を作り、やや緊張した面持ちで頷いた。隣では舎弟が「あたしは騎士になるんだよ」と胸を張る。
俺たちの顔を見回したブロンテンは『なるほど、なるほど』と呟いた。
『それなら、ここに来たのは失敗だったかなあ』
「なんだと!? 失敗?」
『うん。だからさ、代わりに僕が教えるのはどう? 別の場所で、手取り足取り――』
「シーカ」
『あい、ご主人』
阿吽の呼吸で抜刀。お嬢たちが止めに入るまで峰でシバいた。
頭を押さえて情けない悲鳴を上げていた元タコオーク。
ところが、ひとつ大きく息を吐くと、おもむろに表情を改めた。お嬢の目をじっと見る。
『真面目な話、さ。お嬢ちゃんはどこまで本気なのかな?』
「貴様……お嬢の決意を疑うか」
『わんちゃんは黙ってて。今はお嬢ちゃんに聞いてる』
これまでと打って変わってぴしゃりと言われ、俺は口を閉ざした。ブロンテンの表情もマジになっている。
すると、お嬢が俺を抱き上げた。胸に抱えたまま、ブロンテンを見つめ返す。
「私は本気です、ブロンテンさん。本気で、私は聖女になりたい」
『それはまた、どうして?』
静かな問いかけ。
お嬢は一瞬だけ黙ったあと、訥々と答えた。
「私は、村の厄介者でした。私なんかいなければいいとずっと思ってて、私がいないほうが皆が幸せに、平穏に暮らせるって思って、実際に村を出たんです」
俺は黙ってお嬢の独白を聞く。イティスも心配そうに見つめながら、お嬢の好きにさせていた。
「けど、ヒスキさんやイティス、シーカさんと出会って思うようになったんです。私も強くなりたいって。私の村が全員オークになってしまったとき、皆が戦う中で私だけが何もできなかった」
ぎゅっとお嬢の両腕に力がこもる。俺は文字通り全身で感じた。お嬢の感情を。
「悔しかったんです、私。ヒスキさんやイティスやシーカさんに守られてるばかりじゃダメなんです。私も――私も強くなりたい!」
『それでここへ?』
「聖女様は、声で争いを鎮め、穢れを祓う存在だと聞きました。私の声にも、その力があるとわかった……だから、ここで修行して、聖女になって、皆さんの力になりたい。世界を旅する間、ずっと!!」
それは今までのお嬢にはない、力強い言葉だった。
俺は思わず天を仰いだ。お嬢の決意に感じ入ったからだ。
(お嬢……自分の意志で、未来を切り開こうとされているのですね。何と立派な志)
感動する俺の前で、ブロンテンが『わかった』と頷いた。お嬢の本気度を知ったのだろう。当然の反応だ。
『ちなみにさ。アル・パストラ大図書館で本格的に修行を始めたら、当分の間出てこられないけど、それでいいね?』
「え?」
『だいたい5年くらいかなあ』
「ええぇぇっ!?」
修行に、5年!?
寝耳に水な言葉に俺もお嬢も驚きの声を上げる。
(おいシーカ! こりゃあどういうことだ!? 5年も拘束されるなんて聞いてないぞ!)
お嬢たちに聞かれないよう、ポン刀聖女に心の中で怒鳴る俺。するとシーカは戸惑いながら答えた。
『確かに修行には時間がかかりますけど、5年出られないなんてことは……』
(じゃあ、あのタコオーク幽霊がカマかけてるってことか!?)
『う、うーん』
言葉を濁すポン刀聖女。
5年。
そんなに足止め食らって、お嬢の願いは本当に叶うのか。 世界を旅したい、キレイにしたいというお嬢のモチベーションは保たれるのか。
もっとこう、やりようがあるのではないか――。
「やります。5年、ここで修行します!」
俺の心配を余所に、当のお嬢が力強く手を挙げて応えた。
まるで心のもやもやを引き裂くように力強い言葉だった。
お嬢の横顔を俺は見上げる。生前には見ることができなかった凜々しく気迫に溢れた瞳。愛想笑いとはまったく別の急角度を描く眉。
どこまでも本気なのですね、お嬢は――と思った。
お嬢が振り返って、俺を見る。少し不安げだった。
「だからヒスキさん。どうか一緒に――」
「やりましょう。お嬢がご自身で道を決められたのなら、俺が否と言うはずがありません」
そう答えると、お嬢の表情にパッと花が咲いた。そのお顔を見られただけで、冥利に尽きるというものだ。
『んー~ッ!! イイッ!!』
「は?」
『良いよ、好いよ、佳いですよぉ! そのカオ、その声! あぁ、暗い水底でずーっと待っていた甲斐がありました!! 僕は君たちのような子を求めていたのですよ、ああぁっ!!』
「シーカ」
『あい』
構えを取った俺を再度お嬢が止める。
しばらくハァハァし続けるブロンテンを見て、ポン刀聖女がぽつりと呟いた。
『……アタシって端から見たらああ見えるんですね……』
「まあ方向性は似てる」
『一緒にしないでくださいってすごく言いたい……』
ショックのあまり語尾が小さくなるシーカ。
そんな俺たちの内心も知らず、ブロンテンは居住まいを正した。
『お嬢ちゃんたちの覚悟、確かに承りました。そこまで言うのなら、本物でしょう。ならばこのブロンテン、どんなことがあってもあなたがたの味方です。どんと頼って下さい』
「不安しかねぇよ」
『まあそう言わず』
へらりと笑ってから、ブロンテンは大図書館の正面大扉に向かった。
『では参りましょうか。聖地、アル・パストラ大図書館へ』
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