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64話 美しすぎるお嬢の声
しおりを挟む「んん……」
「お嬢。起こしてしまいましたか」
「ヒスキさん……おふぁよう」
微妙に寝ぼけているお嬢が可愛い。
すべてのヤクザはこのご尊顔の前に争いを止め、酒を酌み交わし、血の杯で和解したのちにお嬢の参加へと入るべきだ。
――などとバカなことを俺が考えてしまうのは、隣でバカどもがバカな表情をしていたからだろう。
おいポン刀聖女。それと変態前館長。
そのトリップした顔をやめろ。
お嬢がドン引きするだろうが。
ちっとはファンマを見習え。あの何事もなかったかのようにひざまずく様は、まさにメイドの鏡だろうが。
そういえば、ずっと手を握ったままだったな。ファンマの奴。
ちょっと羨ましい。このイッヌの肉球でなければ、俺もお嬢の髪を梳くことくらいできたのに。
『おやわんちゃん。ちょっと気持ち悪い顔をしているよ?』
「やかましい」
わかっとるわい。
相変わらずだと思ったのか、お嬢がくすりと笑った。ベッドから身体を起こす。眠気はすっかり覚めたようだ。
隣で眠るイティスの肩を揺する。
「ほらイティス。そろそろ起きよ?」
――セリフとしては何でもない一言。
それを耳にした瞬間、俺たちは驚愕で目を見開いた。
普通の言葉。何でもない声かけだ。
それなのに、まるで鳥がさえずったような安らかさが全身を駆け巡る。
お嬢がきょとんとする。
「皆、どうしたの?」
「お嬢。ちょっとお願いがあります」
とある可能性を感じて、俺は懇願した。
「ひとつ、発声練習をしてもらってよろしいですか? 『あー』と長く声を出して頂ければそれで結構ですので」
「? こう?」
小首を傾げたお嬢が、おもむろに口を開く。
あー――には、聞こえなかった。
まるで、というか、まんま鳥がさえずっているように聞こえた。
ウグイスとか、オオルリとか、ナイチンゲールとか、そうした美声の鳥の精鋭たちが雁首揃えて、完璧に唱和したみたいな、わけのわからんほど美しい『あー』。
何言ってるかわからねえと思うが、それだけ俺も混乱している。
何だコレ。
美しすぎる。
声がぴたりと止んだ。
ハッと我に返ると、お嬢が不安そうに俺を見ていた。
「どうしたのヒスキさん。私の声、もしかして変だった?」
「変というか、凄すぎたというか。お嬢、つかぬことを伺いますが、お身体に違和感はありませんか? 喉とか、耳とか」
「……? 何ともないよ。むしろ調子がいいくらい。ゆっくり眠れたせいかな?」
「あ、でも」といたずらっぽく舌を出すお嬢。
「さっきの『あー』は、途中で詰まっちゃった。ごめんね」
「いえ、とても良かったです」
ぽかんとしながら、それだけ応える。
どうやら、お嬢は自らの声の変化に自覚がないようだ。他人だけ影響力を発揮するのかもしれない。
ファンマを見た。
さっき、このメイド少女が本の力をお嬢に送り込んだ。
その本は、鳥の声で活性化させたものだ。
ということはつまり、本の力がお嬢の声に繁栄されたということか。
こいつは……そんじょそこらの聖女の修行よりも顕著な成果なのではないか?
現に、見てみろ。
ポン刀聖女も変態前館長も完全に白目を剥いてやがる。トリップ状態だ。お前ら肉体ないだろ。器用だな。ブロンテンはそのまま昇天成仏して構わんぞ。
ついでに言うと、イティスにも効いているようだった。幸せそうな顔でさらに深い眠りについている。
お嬢が困り顔でイティスを揺すって起こそうとする傍ら、俺は思う。
お嬢は聖女としてひとつレベルアップした。
この調子で、次の本を活性化させ、お嬢の糧にしようと。
これはマジで、全世界のヤクザをひれ伏させる存在になれるかもしれん。
さすがお嬢。痺れるぜ。
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