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66話 お嬢の舞台へ
しおりを挟む『ケルアちゃんの歌声を披露する場かい? それなら良い場所があるよ』
ぺしぺしとイティスの顔を前脚で叩いていた俺に、ブロンテンが言った。
『大図書館中央にある中庭さ。そこからなら図書館のあらゆる部屋に声を届けられるヨ!』
「てめぇの言い方がイラっとくるが……よし、それでいこう。お嬢、いいですね?」
「え!? わ、私まだやるって決めたわけじゃ――」
「善は急げです。お嬢、ここは覚悟の決めときですぜ。聖女を目指すなら、ここの引きこもり幽霊の100や200をひれ伏させるくらいは簡単にやってのけなければ。大丈夫、お嬢ならやれます。この神獣ヒスキがしっかと請け負いますんで」
「すごく無茶苦茶なことを言われている気がする……」
お嬢、釈然としない表情ながら、ベッドから立ち上がった。
俺はいまだに起きてこないイティスをベッドから蹴り出す。むにゃむにゃ言いながら、お嬢によりかかる。半人前舎弟め。貴様も騎士を目指すならしゃきっとせんか。
それから俺たちはブロンテンの案内で中庭にやってきた。
往年のアル・パストラ大図書館であれば、さぞ見応えのある庭園だったのだろうが、今は年月を経て荒れ果てている。
俺はブロンテンを睨んだ。
「おい。貴様、こんな場所でお嬢の初ステージを飾らせるつもりか」
『そう? 野性味があっていいと思うけどなあ。鬱蒼と茂る森の中にたたずむ白磁の妖精って感じしない?』
ちょっとだけ納得する。
だが、やはりこのままではいけない。
俺は傍らに生えている草を猛然と口に入れた。目に付く雑草から花からを食べていく。
何百年も継ぎ足された秘伝のタレのような味がした。すげぇ甘辛い。
やべえ。これ酒が進む奴だ。
そんなつもりじゃなかったのに。
『おっと? わんちゃんは実は草食動物だったのかい? これは新しい発見だ。ほーらちちち。こっちに美味しそうな雑草があるよー』
「シーカ」
『ご主人をバカにする変態は天誅です。同志の風上にもおけません』
ポン刀聖女が粛々と折檻する。
その間に、俺はひととおりの準備を終えた。
脳裏に猛然と浮かんでくる様々な情報。それらを噛みしめ、俺はスキルを発動させる。
【カシワブラッド】――。
中庭の植物に変化が現れた。
ただ背丈を伸ばすだけだった草々がひとりでに動き出す。まるで絨毯のように柔らかく地面を覆い、色鮮やかな花を付ける。壁を這うツタは芸術品の額縁のように形を整え、中庭中央を美しい舞台へと変えた。
出来映えを見て、俺は満足して鼻を鳴らす。
「ま、こんなもんだろ」
ふと周りを見ると、神獣の力に当てられたのか、司書幽霊たちが窓辺に集まってちらちらとこちらを見ている。
まだ完全に自我を取り戻したわけではないようで、その表情は茫洋としたままだ。
これならまだ集められる。
俺はファンマに言った。
「本を寄越せ。観客の頭に、気持ちいいやつをぶち込んでやる。お嬢の前祝いだ」
「ヒスキさん……?」
お嬢が引いていた。すみません。それでもやらねばならぬときがあるのです。
ヤクザには!
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