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第10話 タダで楽園を創ろう。追放者のために

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 レオンさんは俺を見て、大きく目を見開いた。
 それから――どういうわけか、自嘲の笑みをこぼした。

「君は、ラクター君は怪しまないのですか? 僕のことを」

 彼は視線を外した。

「この洞窟の有様を見れば、ここがどんな場所かはおおよそ想像がついたはず……。そんなところに、見張りも付けずに取り残された人間が、ただの善人であるはずがないのに。君は、僕の話を聞くと言ってくれました。それは――」
「助けて、と言っていたからな。あんたは」

 即答した。
 さらに、続ける。

「加えて言えば、レオンさんの表情には俺も覚えがあったんだ」
「覚え……?」
「きついこと、辛いことを抱え込んで、絶対無理なのに、それでも前に進まなきゃって思う人間の顔だよ」

 その先に落とし穴が広がっているとわかっていてもなお、歩みを止められない。
 追い詰められた人間のカオ。
 大事な幼馴染がそうだったし、自分自身もそうだった。だから放っておけない。

「幸い、もうこの洞窟には誰も残っていない。胸のうちにため込んでいたモノを吐き出すにはちょうどいいと思う」
「しかし! 僕は。僕はそんな善い人間では」

 アザだらけの顔をゆがめるレオンさん。
 そんな彼の元へ、おもむろにリーニャが近づいた。一歩分の距離を取り、くんくんと鼻を動かす。

「主様。この人間、悪い奴じゃない。匂いがあの雑魚たちと違う」

 確信を込めて、断言する神獣少女。
 よくやったと彼女の頭を撫でてやりながら、俺はたずねた。

「そこまで言い淀むってことは、たださらわれて監禁されたってわけじゃないんだろう。なにがあったんだ。レオンさん」

 商人の男はうつむいて、「実は」と語り始めた。

 ――レオン・シオナードは、確かに商人として働いていた。
 しかしそれは、野盗たちの『戦利品』を売りさばく役割として、だ。

 レオンさんは元々、王都で研究職をしていた。だが生来の気弱さと世渡り下手のせいで、同僚にハメられて職を失った。

「僕には、幼い娘がいます。病弱で……あの子を養っていくためには、お金が必要でした。そんなとき、彼らに誘われたのです。『俺たちの手伝いをしないか』と」

 ……残酷なほど、よくある話だ。
 元研究職としての知識と多少の人脈があったレオンさんは、野盗どもにとって格好の駒だったようだ。レオンさんは危険な商人役を何度もやらされた。

 良心の呵責に耐えながら。
 すべては、我が子のために。

「しかし、とうとう彼らにも見捨てられました。僕は、彼らが期待するほどの儲けを出せなかったのです。こうしてなぶり者にされ、明日には……奴隷として引き渡されることになっていました」

 間一髪、か。

 レオンさんは語り終わると、俺に向き直って居住まいを正した。深く頭を下げる。

「改めて、助けていだだき感謝申し上げます。何もお渡しできるものはありませんが、このご恩は忘れません」
「レオンさん……手が、震えてるよ」
「え……?」

 顔を上げた彼は、自分の手を険しい表情で見た。かすかに震え続ける両手で、顔を押さえる。
 もう悪事に手を染めたくない――と、レオンさんは小さくうめいた。

 俺はため息をついた。

「まだ、そんな顔をして。これからどうするつもりだい?」
「……わかりません。けれど、このまま立ち止まっているわけには……何とか、何とかしなければ。僕が、何とか……!」
『ラクター様』

 アルマディアが心配そうに声をかけてくる。俺は「わかってる」と心の中で答えた。
 レオンさんの肩に手を置く。

「レオンさんは、何の研究をしていたんだ?」
「え? あ、はい……植物学を、少々。カリファ聖森林は貴重な動植物の宝庫なので……」
「そいつは素晴らしい。じゃあ、いずれはここに研究拠点を建てるのかな」
「は、はい! それこそ僕の夢です。ここは水も空気もいいので、アンの療養にもうってつけで――」

 熱く語り始めた自分に気がつき、レオンさんは口元を押さえた。
 だが俺は見てしまった。
 夢を、子どものことを、勢い込んで話す彼は、とても生き生きしていたのだ。

 俺はウインクした。

「いいね。じゃあ叶えよう、その夢」
「え!?」
「植物学の研究拠点。秘密基地みたいで面白そうだ。レオンさん、拠点に必要なものって何かな?」
「ラ、ラクター君! そんな、ダメですよ! 僕にそんな資金はありません!」
「だーいじょうぶ」

 親指を立てる。サムズアップというやつだ。

「タダで創ってあげるよ。レオンさんの『楽園』をね」
「た、無料タダ……?」

 呆然とするレオンさん。
 なぜか俺の隣のリーニャが怒ったように言った。

「主様、嘘言わない。信じない奴、リーニャ好きじゃない」
「あ、いや。けど」

 たしん、たしんと尻尾ではたかれ、レオンさんは困惑しきりだった。

「あの、ラクター君」

 戸惑いと、かすかな希望を瞳にのぞかせて、彼は言った。

「どうして君は、僕にそこまでしてくれるのですか?」
「んー。自己満足だね」
「え?」

 俺は笑う。

「決めてるんだ、俺。人間だろうと動物だろうと、神獣だろうと女神様だろうと。一生懸命生きて、前を向いて歩こうとする奴らをリスペクトしようって」
「リス、ペクト……大切に……」
「レオンさんが歯を食いしばって耐えてきたこれまでの時間。俺は尊敬するよ。あんたは、大切にされていい人だ」

 レオンさんが、固まった。
 かと思ったら、次の瞬間には大粒の涙を流して泣いた。一切の遠慮も我慢もない、見事なまでの男泣きだった。

『ラクター様』

 女神アルマディアが柔らかな声で言った。

『もし今、私に身体があったなら、あなた様に力一杯抱きつきたいです』

 大げさだな、と俺は答えた。


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