やっぱりねこになりたい

JUN

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マリア

 タチアナは猫を撫でながら静かに訊いた。
「ユーリは将来何になりたいの?」
「怠惰な猫かな」
「何それ。ふふっ。私は政治家よ」
「いいね。全人類がのんびりと平和に暮らせる世の中にしてもらいたいな」
「じゃあ、好きな人はいる?」
「え」
 沖川の顔が浮かんだ。
(待て待て待て。俺は男だし、あれも男だろう。腐女神の計略に乗ってどうする。ここを出たらかわいい女の子だって普通にいるんだから)
 そう考え、想像しようとしたが、かわいい女の子が浮かんでこない。前世でかわいいと評判だった女子などを思い出しても、ピンと来ない。
(おかしい。ここの生活に毒されてるのか。沖川は男だし、実年齢を考えると物凄く年下だぞ)
 固まった悠理に気付く事無く、タチアナは猫を撫でながらしみじみと言う。
「私はボーイフレンドがいるわ。父に反対されてるけど。
 でも、決めたわ。政治家の夢も彼も諦めない。だって、いつどうなるかわからない世の中だもの。悔いを残すのは嫌だわ」
「うん。そうだよな」
 応えながら、悠理は考え続けていた。
(落ち着け。全ては、目の前の事象を認める事が第一歩だ。それが科学者だ。
 よし。俺が引っ掛かってるのは、男って事か、それとも年齢か?)

 沖川と西條は、悠理とタチアナをハラハラしながら見ていた。
「行っちまうかも知れねえぞ」
「それはないだろう?」
「ロシアが政治的に何か譲歩したらわからないぜ」
「……」
「好きだ、行かないでくれって言えよ、もう」
 西條が言って、沖川は驚いて西條をまじまじと見た。
「おま、なに、おれ」
「落ち着けよ。丸わかりだっての。
 なあ。お前が言えねえのは何で?特殊な状況下だから思い違いしてるとか思ってる?」
 西條は見た事も無いような顔で沖川を見据え、沖川はそれを見て冷静になった。
「研究者としてロシアに行けば、前線に立つ事はないだろう」
「ハッ。呆れたな」
「死なれたくないんだ」
 沖川は俯き、西條は何か言いたげにそれを見ていたが、大きく息をついて、空を見た。
「勝手にしろ」

 応接室へ戻って来た悠理とタチアナに、イワノフは失敗したとわかった。
「早かったな。タチアナ、ユリウスに案内してもらったのか」
「はい。かわいい猫がいました、おじい様」
 頑なに悠理をユリウスと呼ぶイワノフは、一瞬タチアナを鋭い目で見てから和やかな顔をした。
 そして、自分で説得するしかないと、口を開く。
「ユリウス。ロシアに来なさい。お前のその目は、我が一族によく出る目。一族の証だぞ」
 タチアナは青い目を伏せた。
「実験設備だって、動物だって、何でも揃えてやる。不自由はさせない」
 それに悠理は薄く笑った。
「せっかくですが、俺は日本で暮らします。その分もタチアナを孫として大事にしてあげてください」
「マリアの故郷を見て見たくはないか」
「興味はありますけど、今じゃないですね」
「マリアも帰りたがっていただろうに」
「そう言えば祖母は言ってました。日本人の祖父と結婚したいって言って大喧嘩になって、父親のヘソクリを持ちだして、兄を殴って出て来てたんだとか。頭が固くて価値観を押し付ける家が嫌でせいせいしたって」
 ロシア語のやり取りを理解できるメンバーは引き攣った笑いを浮かべた。
「マリアはじゃじゃ馬な上、頑固だったからな」
 イワノフは思い出すように言って、顎に手をやった。
「お前もマリアの孫という事か。
 うん。若い頃によく似ている。そっくりだ」
「一応俺、男なんですけど」
 タチアナと外務省の職員が小さく吹き出した。
 イワノフは嘆息し、
「その内、遊びに来なさい」
と言って立ち上がった。
 そして外交目的となっている日本政府との意見交換のために、戻って行った。
「帰ったな。最後までユリウス呼びしてやがったな。
 というか、土産物もなしか。本場のピロシキとか食べてみたかったな」
 悠理はヘリを見送りながら言った。
 そんな悠理に、沖川、西條、均、鬼束が寄る。
「良かった。連れて行かれるかと思った」
 均が言うのに、
「特別国家公務員だぞ。それは無理だ」
と沖川が言いながらも、安堵するような顔付きをする。
「あの美人は?連絡先は?」
 西條が言うと、鬼束は、
「ロシアにいい修行場はないのか?」
と訊く。
「修行場は知らん。タチアナとはクリスマスカードを送り合う約束をした」
 悠理が言い、彼らにもみくちゃにされるのを上昇するヘリの中から見ていたイワノフは、口元に小さく笑みを浮かべた。
 妹のマリアを日本なんて遠くに行かせたくなくて反対し、絶縁状態になっていたが、本当はおめでとうと言ってやりたかった。幸せかどうか、気になっていた。
 再び会う事は叶わなかったが、これでいい。そう思えた。
 タチアナは、悠理と話していた時の事を思い出していた。
 同年代の筈なのに、時々年上の相手と話しているような気になる時があった。
(変な子。将来の夢は、怠惰な猫だなんて)
 クスリと笑う。
(いつかユーリが怠惰な猫のようになれて、私が政治家になれる日が来ますように)
 ヘリは水平飛行に移った。

 


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