ギルティ・スノウ

JUN

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遭難

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 目の前には、あり得ない光景が広がっている。そんなはずはない。理性はそう言うが、誰に訊いてもおかしいとは思わないらしいし、そうなったら自分の方がおかしいと思わざるを得ない。
 でも、僕は覚えている。あの吹雪の寒さも、心細さも、そして、温かいシチューの味も……。
 
 我が史跡部は、部員5人の弱小部だ。史跡巡りをするという事になっているが、事実上は、ハイキングと小旅行である。
 その部室で、部長が提案した。
「スキーに行かない?」
 別府恵子先輩。食べ歩きが大好きな先輩だ。
「スキーかあ」
 これは黒川洋二先輩。理知的な、優等生とか生徒会長とか聞いたら、想像しそうなタイプだ。
「スキーのあとは温泉と鍋がいいな」
 そう言うのは草津晴彦先輩。グルメが高じて自分で狩猟をして獲物を調達する凝りようだ。
「いいですね」
 乗り気なのは、僕のガールフレンドの有馬翔子。明るくて活発で、引っ込み思案の僕を常にリードしてくれる。
「どこに行くんですか?」
 僕は仕方がない流れになったのに、観念して訊いた。
 山代健太。昔から、気が弱くて大人しいと言われ続けて来た。
「近場でいいんじゃないかしら。ほら、ちょうど何とかってお坊さんが即身仏になった山」
「別府。一応この部は史跡部なんだから、近くの史跡の名前くらいは知っとけ」
「黒川君は固いなあ」
 こうして、スキー旅行は瞬く間に決まったのだ。
 まさか、そんな事になろうとは……。

 ホテルを出た時はいい天気だったのに、アッと言う間に視界ゼロの大雨である。方向もわからず、ただ、はぐれないように先輩について行くだけで精いっぱいだ。
 迷ってるというのは、言われなくともわかっている。
 それでもどうにか、風と雨を凌げる別荘らしき建物を見付けた時は、心から安堵した。
 人はいないようだ。緊急避難として、窓を壊して入り込み、電話を探す。
「無いな」
「携帯電話があれば困らないからな。まあ、そんなもんだろ」
 黒川先輩と草津先輩は、想像通りといった様子で、暖房や食料の確認を始める。
 別府先輩は毛布などを探しに行くと言い、僕と翔子は、壊した窓を何とか塞ごうと、ダンボールやガムテープでがんばっていた。
「チビチビ使うしか無いだろうが、薪はたくさん積んであった。暖房はまあ大丈夫だろ」
「食料は、インスタントラーメンと素麺があった」
「素麺?まあ、にゅう麺もできるけど」
 草津先輩の報告に、別府先輩が震えあがる。
 草津先輩は肩を竦めて、
「ただし、前の残りって感じで、数はないな」
と付け加える。
「毛布はあったわよ。借りましょう」
 薪ストーブの上に水を入れたやかんを乗せて、僕達は毛布にくるまって、温まるのをとにかく待った。
 不謹慎だが、全員、少し楽しいとも思っているのは表情から明白だった。
 未来がわかっていれば、こんな気分ではいられなかっただろうに……。




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