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きっかけ
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韓国随一の防具メーカーであるアン防具の店舗は、いつもと変わりなく営業していた。
既製品のみにして、それで価格を抑えているが、品質は悪くない。初級から中級程度なら、充分世界で通用できるものだ。
展示している商品を見ている客が店内には数組いた。
と、足音も荒々しく、探索者が入って来て、それをカウンターに置いた。
「どういう事だ!?死ぬところだったじゃねえか!」
店内の全ての耳目がその探索者に集中する。
「お客様、あの」
「先週ここでこれを買ったんだけどな。今日迷宮で、体当たりを喰らっただけでこの傷が付いたぞ。象に100回踏まれても大丈夫じゃなかったのか!?仲間が前へ出てくれたから助かったが、危うく死にかねないところだったよ!」
言われて店員が見ると、深い傷が付き、ほぼ真っ二つに割れていた。
確かにこれは、命に直結する不具合だ。
「申し訳ありません。すぐに調査をいたしますので」
店員と店長は頭を下げたが、この不具合の話は、瞬く間にSNSで拡散して行った。
それから少しした頃、別の探索者が迷宮で悲鳴を上げた。
完全な初心者の階である1階で、当たっても打撲程度の攻撃力しかないウサギの体当たりを受けた初心者が、胸部用防具に深い亀裂を作って、慌てふためいていた。
近寄ってウサギを蹴散らした近くの探索者が、防具の部品を見て、叫ぶ。
「アンの防具だぞ!?やっぱり、不具合の話って本当だったんだ!」
それで、その写真と共にその話は広がり、アンの防具を買う人も、持っていても使う人も、減り始めた。
同様の事故があと2件起こった後では、すっかりアンの防具は、危険物扱いにされていた。
ドユンはそう言って、嘆息した。
「それをきっかけに、アングループ全体の売り上げが落ち、バッシングも受け、倒産確実になってきたんです。
ソユンとの婚約も白紙にする事にしましたが、ソユンはアングループを救おうとする。でも、そんな事は無理です。共倒れするだけです。
それで、ソユンは会った事のない、日本で生まれ育った従妹のハユンに恋人のフリを頼んで、完全に愛想を尽かしてもらおうと」
ハユンも嘆息して、
「愛想尽かししないで探索者になるなんて……」
と苦笑する。
「家のピンチって話があれば、浮気も本当かどうか疑わしいよな。ドラマじゃお馴染みの展開だし」
采真が言うと、ハユンも勢い込んで言った。
「そう!そうなのよ!絶対にバレるからって言ったのよ!」
「だよな。鉄板だもんな」
「ええ。『おもかげ』は良かったわあ」
「俺も見たぜ!最終回、泣いたなあ」
采真とハユンは、手を取り合わんばかりに意気投合している。
放っておこう。
「その問題の防具は、もちろん、調査したんですよね」
訊くと、采真とハユンに驚いたような目を向けていたドユンも我に返った。
「はい。調べましたが、製造上の問題は見つかりませんでした。
アンの防具は5層の素材を組み合わせ、特殊な緩衝材を使って、衝撃に強くできています。中級程度と分類される魔獣の攻撃を何回か受けたところで、あんな風に割れるなんてあり得ません。ましてや1階のウサギ如きに」
それには、俺や采真の方がよくわかる。
「日本でもイタリアでも、そんな例は聞いた事もない。
韓国向けも海外向けも、その部分の製造は一緒なんですか」
「はい。体格の差があるので、多少大きさなどを変えてカットするのと、場所によって、寒冷地対策や湿度対策をプラスするだけです」
「それを聞くと、ますますおかしいよな。
できれば、一度それを見せてもらう事はできませんか」
ドユンは少し迷ったようだが、
「いいでしょう。どうせ倒産すれば、秘密も何も無いんだ。もしそれで何かわかればその方がいい。すぐにお持ちします。
あ」
何を考えたのかはわかる。
「一緒に店に行きましょう」
「では、私はお嬢様にバレないように、上手く着替えを持ち出しましょうか」
目立つ装備を外しても、探索用の服で移動するのも困ったものだと思っていたのだ。やはり、血や臭いも完全には落ちていないし、生地自体も違うので、目立つ。
「助かります」
「お願いします」
執事は静かに且つ素早く出て行った。
既製品のみにして、それで価格を抑えているが、品質は悪くない。初級から中級程度なら、充分世界で通用できるものだ。
展示している商品を見ている客が店内には数組いた。
と、足音も荒々しく、探索者が入って来て、それをカウンターに置いた。
「どういう事だ!?死ぬところだったじゃねえか!」
店内の全ての耳目がその探索者に集中する。
「お客様、あの」
「先週ここでこれを買ったんだけどな。今日迷宮で、体当たりを喰らっただけでこの傷が付いたぞ。象に100回踏まれても大丈夫じゃなかったのか!?仲間が前へ出てくれたから助かったが、危うく死にかねないところだったよ!」
言われて店員が見ると、深い傷が付き、ほぼ真っ二つに割れていた。
確かにこれは、命に直結する不具合だ。
「申し訳ありません。すぐに調査をいたしますので」
店員と店長は頭を下げたが、この不具合の話は、瞬く間にSNSで拡散して行った。
それから少しした頃、別の探索者が迷宮で悲鳴を上げた。
完全な初心者の階である1階で、当たっても打撲程度の攻撃力しかないウサギの体当たりを受けた初心者が、胸部用防具に深い亀裂を作って、慌てふためいていた。
近寄ってウサギを蹴散らした近くの探索者が、防具の部品を見て、叫ぶ。
「アンの防具だぞ!?やっぱり、不具合の話って本当だったんだ!」
それで、その写真と共にその話は広がり、アンの防具を買う人も、持っていても使う人も、減り始めた。
同様の事故があと2件起こった後では、すっかりアンの防具は、危険物扱いにされていた。
ドユンはそう言って、嘆息した。
「それをきっかけに、アングループ全体の売り上げが落ち、バッシングも受け、倒産確実になってきたんです。
ソユンとの婚約も白紙にする事にしましたが、ソユンはアングループを救おうとする。でも、そんな事は無理です。共倒れするだけです。
それで、ソユンは会った事のない、日本で生まれ育った従妹のハユンに恋人のフリを頼んで、完全に愛想を尽かしてもらおうと」
ハユンも嘆息して、
「愛想尽かししないで探索者になるなんて……」
と苦笑する。
「家のピンチって話があれば、浮気も本当かどうか疑わしいよな。ドラマじゃお馴染みの展開だし」
采真が言うと、ハユンも勢い込んで言った。
「そう!そうなのよ!絶対にバレるからって言ったのよ!」
「だよな。鉄板だもんな」
「ええ。『おもかげ』は良かったわあ」
「俺も見たぜ!最終回、泣いたなあ」
采真とハユンは、手を取り合わんばかりに意気投合している。
放っておこう。
「その問題の防具は、もちろん、調査したんですよね」
訊くと、采真とハユンに驚いたような目を向けていたドユンも我に返った。
「はい。調べましたが、製造上の問題は見つかりませんでした。
アンの防具は5層の素材を組み合わせ、特殊な緩衝材を使って、衝撃に強くできています。中級程度と分類される魔獣の攻撃を何回か受けたところで、あんな風に割れるなんてあり得ません。ましてや1階のウサギ如きに」
それには、俺や采真の方がよくわかる。
「日本でもイタリアでも、そんな例は聞いた事もない。
韓国向けも海外向けも、その部分の製造は一緒なんですか」
「はい。体格の差があるので、多少大きさなどを変えてカットするのと、場所によって、寒冷地対策や湿度対策をプラスするだけです」
「それを聞くと、ますますおかしいよな。
できれば、一度それを見せてもらう事はできませんか」
ドユンは少し迷ったようだが、
「いいでしょう。どうせ倒産すれば、秘密も何も無いんだ。もしそれで何かわかればその方がいい。すぐにお持ちします。
あ」
何を考えたのかはわかる。
「一緒に店に行きましょう」
「では、私はお嬢様にバレないように、上手く着替えを持ち出しましょうか」
目立つ装備を外しても、探索用の服で移動するのも困ったものだと思っていたのだ。やはり、血や臭いも完全には落ちていないし、生地自体も違うので、目立つ。
「助かります」
「お願いします」
執事は静かに且つ素早く出て行った。
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