公安部公安総務課魔術係

JUN

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復讐の炎(4)独りの夜

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 ビル周辺は、焦げ臭い臭いがしていた。
 火が出たが、ボヤ程度で、大したことはない。
 それでも、慌ててヤバイものを持ち出そうとしたのか、組員――いや、社員が3人ほど、階段を踏み外して捻挫したり、火を消そうとして火傷したり、金庫を閉めようとして指を詰めて爪を割ったりしていた。
 それに取り合う者はいなかった。
 中華屋に取り付けてある防犯カメラをチェックしていると、ビルの前で、上を見上げている子供が映っていた。小学生くらいの男児だ。
 そしてしばらくそうしていると、数歩後ずさり、付近の通行人が
『ちょっと、火事!?』
『おおい、消防署に電話!』
と上を見上げて騒ぎ始める。
 そして、上を見る人達の間をすり抜けて、その男児はどこかへ行ってしまった。
「気にはなるな」
 言って、係長に電話をして、神崎令音の写真を送ってもらえるように頼む。
 しばらく待ってスマホに送られて来たのは、その防犯カメラに映っていた男児だった。
「魔術の発現は確認されてないぜ」
「でも、あの火災事故。あれって……」
 ヒロムもその可能性に気付いている。
 心中に動揺してか、能力に目覚めた。そして、油に火が燃え移って火事になった、というシナリオも成り立つし、憎き借金取りのいる店に火をつけたという事も十分にあり得る。
 行方のわからなくなっている令音を探すべきだ。
 あまねとヒロムはすぐにこの件を報告し、令音の捜索にあたった。

 報告会議では、例のサラリーローンについての報告がなされた。
「暴力は振るわないし、職場に押しかける事もない。あからさまに脅すわけでもない。だから立証しにくいようだな」
「パートに出たらどうかって、家族の女性には暗に風俗店を匂わせたり、男には臓器売買を匂わせたりするそうだ」
 ブチさんは憂鬱そうに、マチはプリプリと怒りながら報告した。
「酷えな」
 ヒロムはムッと唇を引き結ぶ。
 あまねは考え、言った。
「神崎令音の目の前でも、そう言って両親が脅されたんでしょうね。その結果、両親は無理心中を決意し、令音は発火の魔術が開花してそれから助かり、そして、取り立てに来た奴らを燃やしてやろうとビルに火をつけた」
「あまね!そんな」
 ヒロムが何か言いかけ、困ったように頭をガリガリと掻く。
「まあ、推測にしかすぎないけどな」
「まだ、8歳だぜ。混乱してるに決まってる」
「ああ」
「はっきりとした殺意があったかどうかはわからないぜ」
「そうだな。ただ腹が立った、コントロールの仕方も知らず、感情に引きずられて発火現象が起こった。そういう事かも知れない」
「ああ。うん」
「だから、これ以上何も起こさせない内に、身柄を確保してやろう」
「そうだな」
 ブチさんとマチはほっとしたような顔をして、
「警邏の警官にも、注意してもらおう。
 で、今日はその前に、向こうのお嬢さんだな」
 それで一斉に、部屋の隅のソファで大人しくしている希を見た。
「そろそろ帰って、夕食ですね」
「今日はもうあがれ」
 それであまねとヒロムは希を連れて、家へ帰る事にした。

 令音はじっと体を丸めて、空腹を我慢していた。この会社のボイラー室だと真冬でもある程度暖かく、見回りもいい加減で、小学生くらいの体格ならば隠れる事ができる事を、かくれんぼで見つけて以来、令音は知っていたのだ。
 ただ、空腹だけはどうにもならない。
 それと、こみ上げて来る恐ろしさは。
 大変な事をしてしまったという思いと、あいつらが来たせいで家がグチャグチャになったという思いで、令音は揺れていた。
「あいつらは悪い奴だ。ボクは悪人退治をしたんだ」
 言ってみるが、納得しきれないのは自分でもわかっている。
「どうしよう。お父さん。お母さん」
 令音は膝を抱えて、膝頭に顔を埋めるようにして、目を閉じた。




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