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人違い
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涼子は、いつも通りの夕食を摂ろうとしていた。栄養ブロックとコーヒーである。この栄養ブロックは優秀だ。簡単に包装も破れ、何口か齧りついたら終わる。必要な栄養が過不足なく配合されていて、作る時間も食べる時間も片付ける時間もかからない。
「いただきます」
包み紙を破ろうとした時に、隣の刑事を思い出した。クールでイケメンで優秀で出世頭なのに偉そうでも無くていいと、同僚達の間でも人気だ。
しかし、この前ちらりと見えたゴミ袋は、自炊した後のような内容だった。
「でも、彼女がいるか、お母さんが時々来るのかもねえ。わあ。彼女達もがっかりするわね、知ったら」
呟くが、教える気はない。そんな面倒臭い事は真っ平だ。
そして、包装を破る。
その時、電話が鳴り出して涼子はイラッとした。仕事かも知れないので出ないわけにはいかない。
「今日はゆっくり本の続きを読めると思ったのに……。
はい、有坂です」
涼子は電話に出た。
『違う!』
知らない女性の声がした。くもぐったように聞こえる。
異常事態かも知れないと、念の為に涼子は録音を開始した。
『違うわ!私は有坂涼子じゃない!』
涼子は眉を寄せた。
『だからやめ――ギャッ!』
そして、何かが倒れるような音がする。
『や、やめ、ぐええ……え……』
それから女の声はしなくなって、微かに男の、
『これで公平だ』
という声が途切れ途切れに聞こえた。
涼子は、隣の礼人が帰っていないかと外に飛び出した。
礼人は、足早に自宅に向かっていた。
(憧れの人になりきる、ねえ。好きな芸能人と同じ物を使うとか、同じ髪形にするとかいうのは聞くけど、あそこまでなあ。しかも、芸能人でもない、有坂先生に。
もう帰ってるよな。家ではどんな格好なんだろう。
それにこの前は栄養ブロックの箱しかみえなかったけど、どんなものを食べてるんだろうな。1人暮らしだろうから、自炊か。やっぱり栄養やカロリーに気を配ったような献立だろうか。
いや、激務だし、意外とがっつりかも)
そんな事を考えながら、自宅のドアのカギ穴に鍵を突っ込んだ時、隣のドアが開いた。
想像していた相手がいきなり現れて内心では動揺していたが、グッと抑える。
「こんばんは」
と言いかけたが、その礼人にしいーっと合図をして、電話を渡しながら小声で涼子は言った。
「おかしな電話です。私は有坂涼子じゃないとか言って、女性が襲われでもしているような音がして、それから男が、これで公平だとか何とか」
礼人が耳を当ててみたが、何も聞こえない。
その内、ピーという音がして、ガサゴソという音が続き、男の、
『あ。ん?どういう事――』
という声を最後に通話が切れた。
「これは」
「今かかってきて、途中から録音しています」
礼人は刑事の顔をして、自分の電話でどこかにかけ始めた。
そして、思い出したように涼子を見た。
ふわふわとした生地のラフな感じのルームウェアで、右手に握っているのは、
「栄養ブロック、フルーツ味……。
まさかと思ってましたが、もしや、いつもそれを?」
「いいえ。昼はキッチンベーカリーのパンです」
「朝は?」
「今日はココア味にしました」
「そういう問題じゃねえ」
礼人は思わずそう言った。
『はい?え、森本?』
電話の向こうで、係長が戸惑っていた。
電波を元に探し当てた香田は、変わり果てた姿をしていた。
柔らかそうなピンクのハイネックのセーターに茶色っぽいチェックのガウチョパンツ、ベージュのコート、焦げ茶色のショートブーツ。そしてその首には包帯が巻かれ、ブーツは赤い塗料をかけられている。
そしてその姿で、足を投げ出して背後の木にもたれるようにして座っている香田は、死んでいた。
そばにはハンドバッグと電池切れのスマホが転がり、バッグの中には、ビニール袋に入れた上で使いこんだタオルに包まれたナイフが入っていた。
「これ、花井健次殺害の凶器でしょうか」
晴真が言う。
「多分な。この格好で処分しに来たんだろう」
礼人は言いながら、香田を見張っていた筈の同僚が苦虫を噛んだような顔をしているのを見た。
「香田佳乃は、私服でビルに入って、作業着で出て行ってどこかで着替えたようです。すみません」
彼らは頭を下げた。
「しかし、これで分かったな。香田佳乃が花井健次を殺害した。そして香田佳乃は、誰かに有坂涼子と間違えられて殺された。
理由はどちらもこれからだがな」
重苦しい空気が、彼らを包んだ。
「それと並行して、先生の警護をせんとな」
なぜか礼人にはわからなかったが、皆が一斉に礼人を見た。
「森元先輩でしょう、やっぱり」
「ああ、そうだな」
「森元、頼むぞ」
「は?はい。わかりました」
隣だから便利だろうとか?よくわからないが、やることはわかった。
ふと礼人は、栄養ブロックを持って、
「フルーツとココアとブルーベリーとナッツのローテーションです」
と真顔で言う涼子の幻影を見た。
「いただきます」
包み紙を破ろうとした時に、隣の刑事を思い出した。クールでイケメンで優秀で出世頭なのに偉そうでも無くていいと、同僚達の間でも人気だ。
しかし、この前ちらりと見えたゴミ袋は、自炊した後のような内容だった。
「でも、彼女がいるか、お母さんが時々来るのかもねえ。わあ。彼女達もがっかりするわね、知ったら」
呟くが、教える気はない。そんな面倒臭い事は真っ平だ。
そして、包装を破る。
その時、電話が鳴り出して涼子はイラッとした。仕事かも知れないので出ないわけにはいかない。
「今日はゆっくり本の続きを読めると思ったのに……。
はい、有坂です」
涼子は電話に出た。
『違う!』
知らない女性の声がした。くもぐったように聞こえる。
異常事態かも知れないと、念の為に涼子は録音を開始した。
『違うわ!私は有坂涼子じゃない!』
涼子は眉を寄せた。
『だからやめ――ギャッ!』
そして、何かが倒れるような音がする。
『や、やめ、ぐええ……え……』
それから女の声はしなくなって、微かに男の、
『これで公平だ』
という声が途切れ途切れに聞こえた。
涼子は、隣の礼人が帰っていないかと外に飛び出した。
礼人は、足早に自宅に向かっていた。
(憧れの人になりきる、ねえ。好きな芸能人と同じ物を使うとか、同じ髪形にするとかいうのは聞くけど、あそこまでなあ。しかも、芸能人でもない、有坂先生に。
もう帰ってるよな。家ではどんな格好なんだろう。
それにこの前は栄養ブロックの箱しかみえなかったけど、どんなものを食べてるんだろうな。1人暮らしだろうから、自炊か。やっぱり栄養やカロリーに気を配ったような献立だろうか。
いや、激務だし、意外とがっつりかも)
そんな事を考えながら、自宅のドアのカギ穴に鍵を突っ込んだ時、隣のドアが開いた。
想像していた相手がいきなり現れて内心では動揺していたが、グッと抑える。
「こんばんは」
と言いかけたが、その礼人にしいーっと合図をして、電話を渡しながら小声で涼子は言った。
「おかしな電話です。私は有坂涼子じゃないとか言って、女性が襲われでもしているような音がして、それから男が、これで公平だとか何とか」
礼人が耳を当ててみたが、何も聞こえない。
その内、ピーという音がして、ガサゴソという音が続き、男の、
『あ。ん?どういう事――』
という声を最後に通話が切れた。
「これは」
「今かかってきて、途中から録音しています」
礼人は刑事の顔をして、自分の電話でどこかにかけ始めた。
そして、思い出したように涼子を見た。
ふわふわとした生地のラフな感じのルームウェアで、右手に握っているのは、
「栄養ブロック、フルーツ味……。
まさかと思ってましたが、もしや、いつもそれを?」
「いいえ。昼はキッチンベーカリーのパンです」
「朝は?」
「今日はココア味にしました」
「そういう問題じゃねえ」
礼人は思わずそう言った。
『はい?え、森本?』
電話の向こうで、係長が戸惑っていた。
電波を元に探し当てた香田は、変わり果てた姿をしていた。
柔らかそうなピンクのハイネックのセーターに茶色っぽいチェックのガウチョパンツ、ベージュのコート、焦げ茶色のショートブーツ。そしてその首には包帯が巻かれ、ブーツは赤い塗料をかけられている。
そしてその姿で、足を投げ出して背後の木にもたれるようにして座っている香田は、死んでいた。
そばにはハンドバッグと電池切れのスマホが転がり、バッグの中には、ビニール袋に入れた上で使いこんだタオルに包まれたナイフが入っていた。
「これ、花井健次殺害の凶器でしょうか」
晴真が言う。
「多分な。この格好で処分しに来たんだろう」
礼人は言いながら、香田を見張っていた筈の同僚が苦虫を噛んだような顔をしているのを見た。
「香田佳乃は、私服でビルに入って、作業着で出て行ってどこかで着替えたようです。すみません」
彼らは頭を下げた。
「しかし、これで分かったな。香田佳乃が花井健次を殺害した。そして香田佳乃は、誰かに有坂涼子と間違えられて殺された。
理由はどちらもこれからだがな」
重苦しい空気が、彼らを包んだ。
「それと並行して、先生の警護をせんとな」
なぜか礼人にはわからなかったが、皆が一斉に礼人を見た。
「森元先輩でしょう、やっぱり」
「ああ、そうだな」
「森元、頼むぞ」
「は?はい。わかりました」
隣だから便利だろうとか?よくわからないが、やることはわかった。
ふと礼人は、栄養ブロックを持って、
「フルーツとココアとブルーベリーとナッツのローテーションです」
と真顔で言う涼子の幻影を見た。
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