隣の猫

JUN

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夜桜

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 酒井と寺田が出て来るのを、礼人達は見た。
「残業終了ですね」
「ん?」
 酒井は電車通勤なのだが、2人は駐車場の軽自動車に乗る。
「あの女性の車ですね。送ってもらうのかな」
「このまま追おう」
 車で良かったと思いながら、2人は酒井達の車を注視した。
 青い軽自動車はエンジンをかけて走り出し、礼人達もその後を、距離を置いて追う。
 青い軽自動車は住宅街に入ると、迷路のように入り組んだ細い道を走る。
「わ!ちょっと!狭い!ぶつかる!」
 晴真がハンドルを握りながら、車体をこすりそうになる度に慌てて騒ぐ。軽自動車ならぎりぎり通れるような道で、普通車だと曲がり角で切り返しをしなければ曲がれない。
 そうこうしているうちに、青い軽自動車を見失ってしまった。
「あああ!もう!経堂ってどうしてこう!」
 頭を掻きむしる晴真に、礼人はスマホをしまいながら言った。
「ナンバーと車種を課長に知らせて、手配してもらえるように頼んだ」
「流石ですね!」
「だから落ち着いて、ここを出よう」
「はい。あ、でも……」
「ん?」
「完全に迷いました」
「……」
「すみません」
 恐るべし、魔の経堂。

 酒井と寺田は住宅街をショートカットする形で抜け、夜景を見下ろす山に入った。
「て、寺田さん?」
「綺麗な夜景が見えるんですよ。ロマンチックでしょう」
 酒井は、鼻の下を伸ばした。
 やがて車はカーブ続きの山道を登り、桜の木の生える展望台に着いた。
 崖下のは夜景が広がり、たくさんの光が瞬いている。
「きれいですねえ」
 寺田は言いながら、手提げバッグを手に車を降りた。
 酒井もその後を追って、車を降りた。
「うわあ……」
 寺田は桜の下に置いてあるベンチに座り、バッグから水筒を出した。最近では、水筒を持ち歩く人が多いが、寺田もその1人らしい。
「ハーブティーはお好きですか。良かったらどうぞ」
 酒井はいそいそと、バンチに腰を下ろした。
「ありがとう」
「どうぞ」
 寺田はにっこりと笑った。
 そして、プラスチックのカップを受け取り、ふと頭上を見上げた。
「あ……さ……さく、ら……」
 寺田はゆっくりと立ち上がって、桜の木を見上げた。
「桜ですねえ」
 酒井は目を見開くようにして、桜の木の梢を見つめている。
「夜桜って、昼間とは何か違いますよねえ」
「あ、ああ」
 寺田はゆっくりとした足取りで歩く。
「福永さんが亡くなったのも、こんな夜桜の下だったんですね」
 酒井は、ブルブルと震えているのがわかるほどに震え出した。
「上司と、先輩と、同期に虐められて、絶望して」
「ち、違う、僕は」
「タバコ、福永さんは吸わなかったですよね」
「……」
「課長と月本さんと行田さんと酒井さんは、前は吸っていたのに、あれ以来禁煙したんですね」
「ぼ、ぼくは、ぼくは……!」
 寺田はするりという感じで、酒井の背後に立った。そして、首筋にナイフを押し当てる。
「て、寺――」
「飲んで下さい、特製ブレンドですから」
 酒井は、ゴクリと唾を飲み込んだ。







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