隣の猫

JUN

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約束

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 礼人と晴真は、青い車の向かった先へ急いでいた。
「あれじゃないですか、車」
 展望台の端に、青い軽自動車がとまっている。そして展望台には、桜の木が植わっていた。
「行くぞ」
「え?」
 礼人は車を降り、足音を殺しつつも急いで、ベンンチの人影に近付いた。

 寺田は、囁くように言う。
「福永さんは、桜を見上げながらニコチン入りのビールを飲んだのよね。売れ残りの押し付けられたスカーフを、首に20枚も巻き付けて」
「……」
「ねえ、何があったんですか」
 ナイフを持つ手に、力が入る。
 酒井はガタガタと震えていて、首にナイフの刃が当たり、血がにじむ。
「何で、寺田さんが……?」
「……何があったの」
「……課長達が、残ってたから――」
「あなた達4人が一緒に逃げるように散歩道から出て行くのを、経理部の花井さんが見たそうです。不倫相手と一緒だったから大っぴらには言えないと言っていました」
「そ、それは、あの」
「強要したんですね」
「ふ、福永には、悪い事をしたと思ってるよ」
「飲んで下さい、酒井さんも。飲んで。飲め――!」
「助けてくれ!」
 しかし無言でナイフを強く首に押し当てられ、酒井は泣きながらカップを口に運んだ。

「そこまでです」
 礼人が声をかけ、晴真と近付くと、寺田は弾かれた様に振り返り、酒井は転がるようにベンチから逃げ出した。
「福永さんを殺したんでしょ!?あんた達が!離して!」
 寺田からナイフを取り上げ、暴れようとする寺田を拘束する。
「助かった!」
 礼人の後ろに隠れるようにして言う酒井を、寺田が睨みつけた。
「どうして!」
 礼人は悔しそうな寺田とホッとしたような酒井を見やり、言った。
「殺人はいけませんよ。個人が個人を裁くのは、看過できません。
 そして酒井さん。福永さんの件に関して、詳しくお伺いする事になります」
「そんな!」
「誰にも見られていないと思った?そうはいかないわ!
 ああ。約束通り、真実を暴いたわ。これでやっと、桜を見るたびに苦しくならずに済む」
 捕まってもなお満足そうな顔で、寺田は頭上の桜を見上げた。

 礼人と涼子は、並んでソファに座っていた。
「寺田は福永さんと交際していたらしくて、福永さんの自殺の真相を探っていたらしい。課長達がいつも福永さんに無理難題を押し付けているのと、あの日も無理矢理宴会に付き合わされるのを福永さんから聞いていたのと、タバコやらからあの4人を疑っていたんだな。それに、後から逃げるように立ち去る4人を見たというのを、不倫中だったから公には言えなかったという別の課の社員から聞いて、単に自殺に追い込んだだけでないと確信したらしい」
 礼人はそこまで行って、コーヒーを啜った。
「タバコをビール缶に押し込んで、飲めと強要したのね。無理強いに慣れ切っていた福永さんは、それに従ってしまった。元々苦いビールだったせいか、命令に従う事が当たり前となっていたせいか、ストレスと疲労で味覚が鈍化していたらしい所見もあるし、とにかく飲んでしまった。それで、ニコチン中毒で死んでしまった」
 礼人にもたれかかりながら、涼子が言う。
「それで、寺田は福永さんの復讐を始めた。犯行の方法は、涼子の見立て通りだ」
「月本さんを誘ったのは?」
「1人じゃ怖いと言って、誘ったらしい」
「乗る方も乗る方ね。奥さんが臨月で実家に帰ってるからって」
「バカだよな。
 それと、福永さんが亡くなった件については改めて調べられて、行田達3人は死亡したが、酒井については、殺人か自殺教唆で起訴することになるな」
「ふうん。天網恢恢疎にして漏らさず、ね」
 涼子は小さく笑って、コーヒーを飲む。
 桜。日本人にとっては、どこか特別な樹木。美しくもあり、どこか恐ろしくもある。
 桜。
「今年の桜も、もうおしまいね」
「来年は、2人で花見に行こう。いや、その次も、その次も」
 礼人と涼子は、顔を見合わせて、微笑み合った。

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