ぼくらの異世界演奏旅行(ビータ)

JUN

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新世界より(1)旅立ち

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 上総家の高そうな車をどうにか無事に目的地である音大の駐車場に停め、理生は心から安堵の溜め息をついた。
車に詳しくない理生でも、この内装、エンジンの静けさ、もう何となく、高いというのは分かった。これで行ってくれと言われたが、傷を付けたらどうなるんだろうと、気が気じゃなかったのだ。
 細心の注意を払ってバックで駐車し、サイドブレーキをしっかりと引いて、後部座席の貴音に笑顔で言う。
「さあ、着きました」
 貴音はどこかふらーっとした感じで、バイオリンケース片手に車を降りた。
 学園祭に向けての最後の準備をしているらしき喧騒と、試食を作っているらしきソースの匂い。ついこの間まで大学生だった理生なのに、もう、懐かしいと感じる。
 現大学生の貴音ならどうかと思った理生だが、考えたら、大学に入学して1か月だ。まだ大学に珍しさを感じていても不思議ではない頃だと、理生は考え直した。
 と、来賓駐車場の真ん前にある校舎から出て来た職員が、バイオリンケースに目を留めて、
「あ。上総貴音さんですか」
と訊いたので、理生と貴音は、スムーズにコンサートホールへ案内してもらう事ができた。
 モダンな外観のホールだ。
「ええっと、今、別のお客様をご案内していまして」
「構いません。取り敢えず反響を確認したら、練習室へ行ってもいいですから」
「はい。では」
 重い扉を開け、まだ誰もいない廊下を横切って、中央のホールの扉を開ける。
 階段状の客席の奥に舞台があり、中央付近にピアノがある。今日の演奏で、伴奏に使用するからだ。そこへ歩いて近付いて行き、舞台に上がって振り返る。
 落ち着いた色彩の壁。照明は明るいが、これは少し暗くなるだろう。エアコンの音は小さく、問題は無い。湿度はやや乾燥気味か。
 バイオリンケースを足元に一旦置いて、手をパン、と打ち鳴らす。残響時間は、悪くない。
 後はピアノの音か。
 バイオリンケースを取り上げ、ピアノの鍵盤側にまわる。スタンウェイ。
 その時、舞台袖から3人が出て来た。1人は職員で、2人は学生らしい年齢と身なりだ。
「あれ、貴音。ここで今日コンサート?」
 学生らしきうちの片方が笑いかけた。
「ああ。怜と直は何でここにーーって、お前らがいるって事は、そういう事か」
 貴音が言うと、職員2人はギョッとしたように顔を見合わせた。
「あの、お知り合いですか」
「友人です。高校も同じだったし、今も同じ学校の同じ学部で」
 職員2人は、慌てて少し離れた所で話をし始めた。
「じゃあ、2人も音楽の?」
 訪ねた理生の予想は、外れた。
「いえ、法学部の学生ですよ」
 さっき話しかけて来た方が答える。
「は?」
「ぼくもこの2人も、法学部生です」
「え?でも、音大に法学部は無い、はず」
「音大じゃないですよ。東大です」
「東大・・・東京大学?」
「はい」
「何で!?バイオリニストとしてトップなんだから、法学部より音大で知識を積むのが普通じゃ・・・」
 学生3人は集まって、苦笑を浮かべた。
「まず、御崎と町田は、霊能師一期生で、協会の核弾頭コンビと呼ばれてる実力者です。その上こっちの御崎は、最終兵器とも呼ばれているやつです。
 でも2人共公務員志望で、そのために東大法学部なんですよ。
 ぼくの家も、まあ、東大行きは家系みたいなもんで、迷ってたんだけど、こいつらと話してて、まあ、手に職を付けるのもいいかなって思って。
 ああ、こちらは守形理生さん。今日だけ付き添いに来てくれたんだ、知り合いの先生のお墨付きで」
 貴音が軽く双方を紹介する。
「ああ、初めまして。守形理生と申します。よろしくお願いします」
「御崎 怜です。よろしくお願いします」
「町田 直です。よろしくお願いします」
 理生はまだ混乱気味だったが、挨拶は染みついたもので自動でできた。
 感想としては、こいつら3人共、何かおかしい、だった。
 その時、更にもう1人がここへ加わった。金髪碧眼の美形が、扉を開けて走りこんで来る。売れっ子モデルのミハイル・ヤノーチェフ、貴音の母方の従兄弟だ。
「タカネ、暇だから見に来た。おう、レンとナオも見に来てたのか」
「よお」
 4人は知り合いだった。ミハイルは走って来ると、親し気に笑いかけた。
「怜と直は仕事だよ」
「ああ・・・知られてるから隠しようがないな。ホールで歌声が聞こえるというから呼ばれて来た。後はここを確認するだけだったんだ」
「偶然、会ったんだよねえ」
 怜と呼ばれる方は無表情に、直と呼ばれる方はにこにことしている。
「ふうん。ぼくは音を確認しに来ただけだよ。後はピアノの音をちょっと聞きたいんだけど。
 守形さん、ちょっとでいいから弾いてみてもらえませんか」
「は?いや、僕なんて」
「ははは。音の確認だけだから、軽い気持ちで」
 貴音が言うと、怜が、
「できれば僕からもお願いします。曲を弾けば、変化があるかも知れないので」
と言い、仕方なく、理生はピアノの前に座った。そのそばにミハイルと貴音が立ち、怜と直は、数メートル離れた所に立った。職員2人は、諦め顔で客席にいる。
 理生は、迷った。何を弾くか?今日の曲の伴奏か。それとも、オペレッタか。ミハイルが鼻歌で歌っている音程を外しまくった時代劇の主題歌か。
 迷っているうちに椅子の位置も合ってしまい、時間切れとなる。
 ふと頭に浮かんだ『新世界』に決め、静かに、鍵盤に指を乗せる。
 ところがそこで、どういうわけか、自分達が新世界、いや、異世界に旅立ってしまったのだ!
 





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