2 / 33
新世界より(1)旅立ち
しおりを挟む
上総家の高そうな車をどうにか無事に目的地である音大の駐車場に停め、理生は心から安堵の溜め息をついた。
車に詳しくない理生でも、この内装、エンジンの静けさ、もう何となく、高いというのは分かった。これで行ってくれと言われたが、傷を付けたらどうなるんだろうと、気が気じゃなかったのだ。
細心の注意を払ってバックで駐車し、サイドブレーキをしっかりと引いて、後部座席の貴音に笑顔で言う。
「さあ、着きました」
貴音はどこかふらーっとした感じで、バイオリンケース片手に車を降りた。
学園祭に向けての最後の準備をしているらしき喧騒と、試食を作っているらしきソースの匂い。ついこの間まで大学生だった理生なのに、もう、懐かしいと感じる。
現大学生の貴音ならどうかと思った理生だが、考えたら、大学に入学して1か月だ。まだ大学に珍しさを感じていても不思議ではない頃だと、理生は考え直した。
と、来賓駐車場の真ん前にある校舎から出て来た職員が、バイオリンケースに目を留めて、
「あ。上総貴音さんですか」
と訊いたので、理生と貴音は、スムーズにコンサートホールへ案内してもらう事ができた。
モダンな外観のホールだ。
「ええっと、今、別のお客様をご案内していまして」
「構いません。取り敢えず反響を確認したら、練習室へ行ってもいいですから」
「はい。では」
重い扉を開け、まだ誰もいない廊下を横切って、中央のホールの扉を開ける。
階段状の客席の奥に舞台があり、中央付近にピアノがある。今日の演奏で、伴奏に使用するからだ。そこへ歩いて近付いて行き、舞台に上がって振り返る。
落ち着いた色彩の壁。照明は明るいが、これは少し暗くなるだろう。エアコンの音は小さく、問題は無い。湿度はやや乾燥気味か。
バイオリンケースを足元に一旦置いて、手をパン、と打ち鳴らす。残響時間は、悪くない。
後はピアノの音か。
バイオリンケースを取り上げ、ピアノの鍵盤側にまわる。スタンウェイ。
その時、舞台袖から3人が出て来た。1人は職員で、2人は学生らしい年齢と身なりだ。
「あれ、貴音。ここで今日コンサート?」
学生らしきうちの片方が笑いかけた。
「ああ。怜と直は何でここにーーって、お前らがいるって事は、そういう事か」
貴音が言うと、職員2人はギョッとしたように顔を見合わせた。
「あの、お知り合いですか」
「友人です。高校も同じだったし、今も同じ学校の同じ学部で」
職員2人は、慌てて少し離れた所で話をし始めた。
「じゃあ、2人も音楽の?」
訪ねた理生の予想は、外れた。
「いえ、法学部の学生ですよ」
さっき話しかけて来た方が答える。
「は?」
「ぼくもこの2人も、法学部生です」
「え?でも、音大に法学部は無い、はず」
「音大じゃないですよ。東大です」
「東大・・・東京大学?」
「はい」
「何で!?バイオリニストとしてトップなんだから、法学部より音大で知識を積むのが普通じゃ・・・」
学生3人は集まって、苦笑を浮かべた。
「まず、御崎と町田は、霊能師一期生で、協会の核弾頭コンビと呼ばれてる実力者です。その上こっちの御崎は、最終兵器とも呼ばれているやつです。
でも2人共公務員志望で、そのために東大法学部なんですよ。
ぼくの家も、まあ、東大行きは家系みたいなもんで、迷ってたんだけど、こいつらと話してて、まあ、手に職を付けるのもいいかなって思って。
ああ、こちらは守形理生さん。今日だけ付き添いに来てくれたんだ、知り合いの先生のお墨付きで」
貴音が軽く双方を紹介する。
「ああ、初めまして。守形理生と申します。よろしくお願いします」
「御崎 怜です。よろしくお願いします」
「町田 直です。よろしくお願いします」
理生はまだ混乱気味だったが、挨拶は染みついたもので自動でできた。
感想としては、こいつら3人共、何かおかしい、だった。
その時、更にもう1人がここへ加わった。金髪碧眼の美形が、扉を開けて走りこんで来る。売れっ子モデルのミハイル・ヤノーチェフ、貴音の母方の従兄弟だ。
「タカネ、暇だから見に来た。おう、レンとナオも見に来てたのか」
「よお」
4人は知り合いだった。ミハイルは走って来ると、親し気に笑いかけた。
「怜と直は仕事だよ」
「ああ・・・知られてるから隠しようがないな。ホールで歌声が聞こえるというから呼ばれて来た。後はここを確認するだけだったんだ」
「偶然、会ったんだよねえ」
怜と呼ばれる方は無表情に、直と呼ばれる方はにこにことしている。
「ふうん。ぼくは音を確認しに来ただけだよ。後はピアノの音をちょっと聞きたいんだけど。
守形さん、ちょっとでいいから弾いてみてもらえませんか」
「は?いや、僕なんて」
「ははは。音の確認だけだから、軽い気持ちで」
貴音が言うと、怜が、
「できれば僕からもお願いします。曲を弾けば、変化があるかも知れないので」
と言い、仕方なく、理生はピアノの前に座った。そのそばにミハイルと貴音が立ち、怜と直は、数メートル離れた所に立った。職員2人は、諦め顔で客席にいる。
理生は、迷った。何を弾くか?今日の曲の伴奏か。それとも、オペレッタか。ミハイルが鼻歌で歌っている音程を外しまくった時代劇の主題歌か。
迷っているうちに椅子の位置も合ってしまい、時間切れとなる。
ふと頭に浮かんだ『新世界』に決め、静かに、鍵盤に指を乗せる。
ところがそこで、どういうわけか、自分達が新世界、いや、異世界に旅立ってしまったのだ!
車に詳しくない理生でも、この内装、エンジンの静けさ、もう何となく、高いというのは分かった。これで行ってくれと言われたが、傷を付けたらどうなるんだろうと、気が気じゃなかったのだ。
細心の注意を払ってバックで駐車し、サイドブレーキをしっかりと引いて、後部座席の貴音に笑顔で言う。
「さあ、着きました」
貴音はどこかふらーっとした感じで、バイオリンケース片手に車を降りた。
学園祭に向けての最後の準備をしているらしき喧騒と、試食を作っているらしきソースの匂い。ついこの間まで大学生だった理生なのに、もう、懐かしいと感じる。
現大学生の貴音ならどうかと思った理生だが、考えたら、大学に入学して1か月だ。まだ大学に珍しさを感じていても不思議ではない頃だと、理生は考え直した。
と、来賓駐車場の真ん前にある校舎から出て来た職員が、バイオリンケースに目を留めて、
「あ。上総貴音さんですか」
と訊いたので、理生と貴音は、スムーズにコンサートホールへ案内してもらう事ができた。
モダンな外観のホールだ。
「ええっと、今、別のお客様をご案内していまして」
「構いません。取り敢えず反響を確認したら、練習室へ行ってもいいですから」
「はい。では」
重い扉を開け、まだ誰もいない廊下を横切って、中央のホールの扉を開ける。
階段状の客席の奥に舞台があり、中央付近にピアノがある。今日の演奏で、伴奏に使用するからだ。そこへ歩いて近付いて行き、舞台に上がって振り返る。
落ち着いた色彩の壁。照明は明るいが、これは少し暗くなるだろう。エアコンの音は小さく、問題は無い。湿度はやや乾燥気味か。
バイオリンケースを足元に一旦置いて、手をパン、と打ち鳴らす。残響時間は、悪くない。
後はピアノの音か。
バイオリンケースを取り上げ、ピアノの鍵盤側にまわる。スタンウェイ。
その時、舞台袖から3人が出て来た。1人は職員で、2人は学生らしい年齢と身なりだ。
「あれ、貴音。ここで今日コンサート?」
学生らしきうちの片方が笑いかけた。
「ああ。怜と直は何でここにーーって、お前らがいるって事は、そういう事か」
貴音が言うと、職員2人はギョッとしたように顔を見合わせた。
「あの、お知り合いですか」
「友人です。高校も同じだったし、今も同じ学校の同じ学部で」
職員2人は、慌てて少し離れた所で話をし始めた。
「じゃあ、2人も音楽の?」
訪ねた理生の予想は、外れた。
「いえ、法学部の学生ですよ」
さっき話しかけて来た方が答える。
「は?」
「ぼくもこの2人も、法学部生です」
「え?でも、音大に法学部は無い、はず」
「音大じゃないですよ。東大です」
「東大・・・東京大学?」
「はい」
「何で!?バイオリニストとしてトップなんだから、法学部より音大で知識を積むのが普通じゃ・・・」
学生3人は集まって、苦笑を浮かべた。
「まず、御崎と町田は、霊能師一期生で、協会の核弾頭コンビと呼ばれてる実力者です。その上こっちの御崎は、最終兵器とも呼ばれているやつです。
でも2人共公務員志望で、そのために東大法学部なんですよ。
ぼくの家も、まあ、東大行きは家系みたいなもんで、迷ってたんだけど、こいつらと話してて、まあ、手に職を付けるのもいいかなって思って。
ああ、こちらは守形理生さん。今日だけ付き添いに来てくれたんだ、知り合いの先生のお墨付きで」
貴音が軽く双方を紹介する。
「ああ、初めまして。守形理生と申します。よろしくお願いします」
「御崎 怜です。よろしくお願いします」
「町田 直です。よろしくお願いします」
理生はまだ混乱気味だったが、挨拶は染みついたもので自動でできた。
感想としては、こいつら3人共、何かおかしい、だった。
その時、更にもう1人がここへ加わった。金髪碧眼の美形が、扉を開けて走りこんで来る。売れっ子モデルのミハイル・ヤノーチェフ、貴音の母方の従兄弟だ。
「タカネ、暇だから見に来た。おう、レンとナオも見に来てたのか」
「よお」
4人は知り合いだった。ミハイルは走って来ると、親し気に笑いかけた。
「怜と直は仕事だよ」
「ああ・・・知られてるから隠しようがないな。ホールで歌声が聞こえるというから呼ばれて来た。後はここを確認するだけだったんだ」
「偶然、会ったんだよねえ」
怜と呼ばれる方は無表情に、直と呼ばれる方はにこにことしている。
「ふうん。ぼくは音を確認しに来ただけだよ。後はピアノの音をちょっと聞きたいんだけど。
守形さん、ちょっとでいいから弾いてみてもらえませんか」
「は?いや、僕なんて」
「ははは。音の確認だけだから、軽い気持ちで」
貴音が言うと、怜が、
「できれば僕からもお願いします。曲を弾けば、変化があるかも知れないので」
と言い、仕方なく、理生はピアノの前に座った。そのそばにミハイルと貴音が立ち、怜と直は、数メートル離れた所に立った。職員2人は、諦め顔で客席にいる。
理生は、迷った。何を弾くか?今日の曲の伴奏か。それとも、オペレッタか。ミハイルが鼻歌で歌っている音程を外しまくった時代劇の主題歌か。
迷っているうちに椅子の位置も合ってしまい、時間切れとなる。
ふと頭に浮かんだ『新世界』に決め、静かに、鍵盤に指を乗せる。
ところがそこで、どういうわけか、自分達が新世界、いや、異世界に旅立ってしまったのだ!
0
あなたにおすすめの小説
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~
黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
─── からの~数年後 ────
俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。
ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。
「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」
そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か?
まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。
この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。
多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。
普通は……。
異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話。ここに開幕!
● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。
● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる