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水戸への旅(3)初舞台
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どうしてこうなった。慶仁と哲之助は、呆然と互いを見ていた。
一座の連中は、刃物を振り回す連中とは違った戦闘力に満ちていた。笑顔のまま有無を言わせず着物を剥ぎ取られ、衣装を着せられ、化粧をされた。
結果、お互いの前に立つのは、見慣れた幼馴染ではなかった。
「おお、これは見事な!」
「似合う似合う!」
「いやあ、流石は座長!よくぞ見つけて連れて来た!」
若い二枚目な藩士と美人な旗本の娘だった。
「いや、無理だ。セリフとか無理」
「明日だろう?一夜漬けにも程がある」
言うが、連中は納得してくれない。
「どうとでもやりようはありますよ。筋さえ覚えてくれれば」
しょぼくれていた時とは別人のような力強さだ。
「明日一回だけだから」
「どうか、お願いします!」
「あいつらに負けたら、あたしたちまで客を取らされたり、借金で妹を代わりに取られたりするんですよ」
「ね?いいんですか、そんなの」
「……そう言われると、勝手にどうぞとは言えないけど……」
「慶仁……」
「だってさあ。
それに、ちょっとだけ面白そうだし」
「……お前ってやつは……」
結局、哲之助はいつも慶仁に折れるのだった。
鬼がいた。
後世、厳しくて有名だった鬼監督はいる。罵声を浴びせたり、灰皿を投げつけたり。彼が見れば、きっと、前世の自分の姿だと確信するであろう。そんな厳しい一夜だった。
「……哲之助、荒稽古とは厳しさが違うな……」
「俺、役者をこれからは尊敬する……」
二人は、泣きそうになりながらも鬼のしごきに堪えた。
「でも、兄上や姉上がこれを知ったら何と言うか……」
「多分、早苗様は喜ぶ」
「……ああ……そうかも」
「ついでに浜崎様も、喜びそうだな」
「……その分、じいは怒って倒れるかも」
絶対に秘密にしようと、誓った。
芝居は、さる石高の高い家に婿入りの決まった貧乏御家人の二男と、望まぬ嫁入りの話が決まった旗本の娘の悲恋ものだ。二人で逃げて、追手をかわすのも限界と心中をするのである。
表での客引きが功を奏したのか、客の入りは多い。
一座的には万々歳だろうが、慶仁と哲之助にはプレッシャーでしかない。
「あんなに一杯いる……!」
幕の隙間から客を見て慄く慶仁と哲之助に、座長達が、
「大根だと思え」
「あれはネギよ」
「ほうら、いいかぼちゃだろ」
と暗示をかけようとするかの如く迫るが、どう見ても、人間だ。
「無視だ、無視。稽古と同じにやればいい」
「……哲之助はいいよ。男役だし」
「それは……仕方ないな。体格とか顔とかだしな。
俺の女装を想像してみろ」
「……背の高い女もいると思う……」
「諦めたところで、幕を開けるぞ」
座長が言って、幕は開いた。
それを表から眺めながら、そいつら破落戸は、舌打ちをした。
「主役二人をどうにかしてしまえば後は客の気を引けそうもない連中ばかりな筈だろ」
「このままではまずい。邪魔しないと」
そして、クライマックスになる頃を見計らって、邪魔する相談を始めたのだった。
そうとは知らず、芝居は進んで行く。
戸惑う慶仁に、
「早苗様のまねをしてみたら」
と哲之助がアドバイスしたので、普通のヒロインより、若干お転婆だった。しかし、それはそれで客に受けが良いらしい。掛け声が慶仁と哲之助のコンビによくかかる。
いつの間にかノリノリで、追手を撃退しつつも逃げ出すというシーンを終え、心中シーンに差し掛かる。
「もう、このままでは……。それに、家族にも迷惑がかかってしまう」
「ああ。この世で一緒になれないのなら、いっそあの世で」
手を取り合い、そして、脇差と懐剣を手にする。
「いやあ!」
「かわいそう!」
声がかかる。
と、いきなりバンと大きな音がして、客の視線が入り口に向いた。
「あ、悪ぃな。いいとこだったか」
ニヤリとした破落戸がそう言いながらゾロゾロと八人も入って来て、どっかりと正面に座る。
付近の客は、その風貌と雰囲気に、文句も言えず、立ち去ろうかとする。
慶仁と哲之助は、心の底からムッとした。
「送り込まれて来た刺客を、最後に撃退してやりましょう」
「それはいい。そうしましょう」
「え?」
突然の変更に、驚いたのは座員だけでなく、破落戸もだった。
「覚悟ー!」
「てええーい!!」
目を丸くしているうちに、慶仁と哲之助が舞台から飛び降りて来て、投げる、蹴る、殴る、叩きのめす。
たとえ刃物を懐から取り出しても、二人に適うものではない。簡単にそれを叩き落され、あるものは芝居とは思えないボキッという音をさせる。
「いいぞーっ!!」
「やっちまえーっ!!」
客はやんやと喝さいを浴びせ、慶仁と哲之助に破落戸どもが叩きのめされて、
「お、覚えてろよ!」
という三下丸出しの決まり文句と共に小屋から転がるように出ていくと、小屋中が拍手喝采に包まれたのだった。
大満足で客が芝居を見終えて出て言った頃、どうにか居場所を見付けられた主役二人が助けられて戻って来た。
また、この事を慶仁は祐磨に手紙で知らせたので、祐磨は若年寄という職務からここの責任者に問い合わせをしている筈なので、「芝居一座」の名を借りた遊郭の計画は、頓挫するだろう。
それを聞いて、皆は安心したのだが、主役二人の顔色が悪い。
「どうかしましたか」
「……今の立ち回りを今後も期待されるんでしょうか」
「……ああ……どうだろうな」
「さあ……まあ、俺達は試験に行かないと」
「そうだな、哲之助。うん。急ごう」
慶仁と祐磨は、急いで松戸を発って水戸を目指したのだった。
一座の連中は、刃物を振り回す連中とは違った戦闘力に満ちていた。笑顔のまま有無を言わせず着物を剥ぎ取られ、衣装を着せられ、化粧をされた。
結果、お互いの前に立つのは、見慣れた幼馴染ではなかった。
「おお、これは見事な!」
「似合う似合う!」
「いやあ、流石は座長!よくぞ見つけて連れて来た!」
若い二枚目な藩士と美人な旗本の娘だった。
「いや、無理だ。セリフとか無理」
「明日だろう?一夜漬けにも程がある」
言うが、連中は納得してくれない。
「どうとでもやりようはありますよ。筋さえ覚えてくれれば」
しょぼくれていた時とは別人のような力強さだ。
「明日一回だけだから」
「どうか、お願いします!」
「あいつらに負けたら、あたしたちまで客を取らされたり、借金で妹を代わりに取られたりするんですよ」
「ね?いいんですか、そんなの」
「……そう言われると、勝手にどうぞとは言えないけど……」
「慶仁……」
「だってさあ。
それに、ちょっとだけ面白そうだし」
「……お前ってやつは……」
結局、哲之助はいつも慶仁に折れるのだった。
鬼がいた。
後世、厳しくて有名だった鬼監督はいる。罵声を浴びせたり、灰皿を投げつけたり。彼が見れば、きっと、前世の自分の姿だと確信するであろう。そんな厳しい一夜だった。
「……哲之助、荒稽古とは厳しさが違うな……」
「俺、役者をこれからは尊敬する……」
二人は、泣きそうになりながらも鬼のしごきに堪えた。
「でも、兄上や姉上がこれを知ったら何と言うか……」
「多分、早苗様は喜ぶ」
「……ああ……そうかも」
「ついでに浜崎様も、喜びそうだな」
「……その分、じいは怒って倒れるかも」
絶対に秘密にしようと、誓った。
芝居は、さる石高の高い家に婿入りの決まった貧乏御家人の二男と、望まぬ嫁入りの話が決まった旗本の娘の悲恋ものだ。二人で逃げて、追手をかわすのも限界と心中をするのである。
表での客引きが功を奏したのか、客の入りは多い。
一座的には万々歳だろうが、慶仁と哲之助にはプレッシャーでしかない。
「あんなに一杯いる……!」
幕の隙間から客を見て慄く慶仁と哲之助に、座長達が、
「大根だと思え」
「あれはネギよ」
「ほうら、いいかぼちゃだろ」
と暗示をかけようとするかの如く迫るが、どう見ても、人間だ。
「無視だ、無視。稽古と同じにやればいい」
「……哲之助はいいよ。男役だし」
「それは……仕方ないな。体格とか顔とかだしな。
俺の女装を想像してみろ」
「……背の高い女もいると思う……」
「諦めたところで、幕を開けるぞ」
座長が言って、幕は開いた。
それを表から眺めながら、そいつら破落戸は、舌打ちをした。
「主役二人をどうにかしてしまえば後は客の気を引けそうもない連中ばかりな筈だろ」
「このままではまずい。邪魔しないと」
そして、クライマックスになる頃を見計らって、邪魔する相談を始めたのだった。
そうとは知らず、芝居は進んで行く。
戸惑う慶仁に、
「早苗様のまねをしてみたら」
と哲之助がアドバイスしたので、普通のヒロインより、若干お転婆だった。しかし、それはそれで客に受けが良いらしい。掛け声が慶仁と哲之助のコンビによくかかる。
いつの間にかノリノリで、追手を撃退しつつも逃げ出すというシーンを終え、心中シーンに差し掛かる。
「もう、このままでは……。それに、家族にも迷惑がかかってしまう」
「ああ。この世で一緒になれないのなら、いっそあの世で」
手を取り合い、そして、脇差と懐剣を手にする。
「いやあ!」
「かわいそう!」
声がかかる。
と、いきなりバンと大きな音がして、客の視線が入り口に向いた。
「あ、悪ぃな。いいとこだったか」
ニヤリとした破落戸がそう言いながらゾロゾロと八人も入って来て、どっかりと正面に座る。
付近の客は、その風貌と雰囲気に、文句も言えず、立ち去ろうかとする。
慶仁と哲之助は、心の底からムッとした。
「送り込まれて来た刺客を、最後に撃退してやりましょう」
「それはいい。そうしましょう」
「え?」
突然の変更に、驚いたのは座員だけでなく、破落戸もだった。
「覚悟ー!」
「てええーい!!」
目を丸くしているうちに、慶仁と哲之助が舞台から飛び降りて来て、投げる、蹴る、殴る、叩きのめす。
たとえ刃物を懐から取り出しても、二人に適うものではない。簡単にそれを叩き落され、あるものは芝居とは思えないボキッという音をさせる。
「いいぞーっ!!」
「やっちまえーっ!!」
客はやんやと喝さいを浴びせ、慶仁と哲之助に破落戸どもが叩きのめされて、
「お、覚えてろよ!」
という三下丸出しの決まり文句と共に小屋から転がるように出ていくと、小屋中が拍手喝采に包まれたのだった。
大満足で客が芝居を見終えて出て言った頃、どうにか居場所を見付けられた主役二人が助けられて戻って来た。
また、この事を慶仁は祐磨に手紙で知らせたので、祐磨は若年寄という職務からここの責任者に問い合わせをしている筈なので、「芝居一座」の名を借りた遊郭の計画は、頓挫するだろう。
それを聞いて、皆は安心したのだが、主役二人の顔色が悪い。
「どうかしましたか」
「……今の立ち回りを今後も期待されるんでしょうか」
「……ああ……どうだろうな」
「さあ……まあ、俺達は試験に行かないと」
「そうだな、哲之助。うん。急ごう」
慶仁と祐磨は、急いで松戸を発って水戸を目指したのだった。
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