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消える部屋(1)帰って来た行方不明者
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彼はぼんやりとしており、何の質問にも答える事ができなかった。耳元で話しかけても、脅かしても、揺さぶっても、全く反応がない。
彼が行方不明になったのが説明のつかない形だったように、彼が帰って来たのも、説明がつかない状況だった。
「突然、出現したんですか?」
どういう状況だろうと思いながら確認する。
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「ほんの数秒前にはいなかった所にですかねえ?」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「はい、そうです。誰もいなかったんですよ、確かに」
青い顔で、発見者である浜白さんが答えた。
浜白さんは友人の成川裕人さんと肝試しに行き、廃屋の中で、成川さんが姿を消し、4ヶ月前にここで行方不明になっていた応野 浩さんを発見したのだ。
「そこへ行く所から、説明していただけますか」
言うと、浜白さんは唾を飲み込んで、話し始めた。
12月の半ば。ようやく期末試験が終わって試験休みになり、浜白と成川は暇を持て余していた。
「どこか行きたいなあ」
「温泉とかスキーとか?金がないよ」
「近場、日帰りで」
「カラオケ?」
「……パッとしないなあ」
2人で揃って溜め息をついた。
が、成川が思い付いた。
「そうだ。肝試しは?」
「ああ、無人の乳母車が追いかけて来るとか、火の玉が出るとかいう噂の」
浜白が「デマだろ」というのがありありとわかる表情と声音で言うと、成川はニヤリと笑って続けた。
「それは夏まで。夏休みに、東高の奴がそこで行方不明になったらしいぜ」
「行方不明?」
「部屋が消えるんだってよ」
「……」
「怖いかあ?」
「怖くはないよ。ばからしいだけで」
「じゃあ行こうぜ!」
こうして2人は夜に待ち合わせをして、その廃墟に行ったのだった。
それは周囲を雑木林に囲まれた山の一軒家で、建物はコンクリート造りの2階建てだった。周囲に民家も無いため、人気は無い。車が6台程止められるくらいの庭があり、錆びた乳母車が放置されていた。
何も無いと言いながらも、どこか少しは、ドキドキし、期待していた。
そっとドアに手をかけると、ギイィという音と共にドアが開く。
畳4枚ほどの玄関の向こうには、奥へ続く廊下と、2階へ上がる階段がある。埃は積もっていたが、落書きや破壊の痕は無かった。
「まず2階から行くか」
押し殺した声で成川が言い、2人は階段を上がり始めた。
上がり切ると廊下が1本伸びており、ドアが幾つか並んでいた。その手前の部屋に、まず入った。
「何も無いな」
引っ越した後、という感じの、何も無い部屋だった。壁に、妙なシミも無い。
「次だな、次」
浜白が言い、2人は隣へ移った。
しかしここも、その隣も、3部屋全部がこの調子だった。
「ここ、ただの空き家じゃないのか?」
浜白が詰まらなさそうに言った。
成川も不満をにじませながら、
「まあ、1階も見ようぜ」
と言う。
浜白は先に階段へ向かったが、成川の声に振り返った。
「なあ。この奥って何だろう。スペース的には、もう1部屋ありそうだと思わないか?」
確かに、3つ目のドアから廊下の突き当りまで、あと1部屋あってもいいくらいのスペースがあるのに、ずっと壁が続いていた。
廊下の突き当りにドアがあるわけでもなく、3つ目の部屋の中にドアがあるわけでもない。
「変な家。もったいないなあ」
「開かずの間とかいう奴だったりしてな」
言いながら、1階に降りる。
1階はキッチンや大きなダイニング、トイレ、バスルームの他にもう1部屋あるだけで、ここもやはり、ただの空き家という感じだった。
拍子抜けとはこの事だ。
2人は帰ろうと表に出た。
そこで、成川が足を止めた。
「もう1回、2階を見て来る。どうも気になるんだよな」
「早くしろよ」
成川が階段を駆け上がって行くのを、面倒臭かった浜白は見送った。
「寒いのに何も無かったなあ。こんな事なら、肉まん買って家に帰れば良かった」
言った時、2階から成川の興奮したような声がした。
「浜白!4つ目のドアが出現したぞ!」
「はあ!?」
浜白はゲームじゃあるまいしと思いながらも、足早に階段を駆け上がった。
確かに、3つ目のドアと突き当りの壁との間に、もう1つドアが出現していた。
「え?何で?あんなの見落とさないよな?」
思わず足を止めて、ドアを数え直した。1、2、3、4つだ。
成川はその4つ目のドアを開け、中に入って行く。
「おい、待てよ!」
浜白は慌てて、4つ目のドアの前へ走った。
が、目を疑った。
「はあ!?」
目の前で、4つ目のドアがすうっと消えていくではないか。
「な、成川!おい!」
ドアのあった辺りを叩いたり、何か引っかかりや溝がないかとさすってみたりするが、何も無い。ただの壁だ。
「そんな……成川、どこへ行ったんだよ」
呆然とし、座り込んだ浜白は、ふと人の気配を感じて背後を振り返った。
そして、絶叫する。
「ギャアアアア!?」
そこには、同じくらいの年の奴が、フラフラと体を揺らすようにしながら無表情で立っていたのだった。
彼が行方不明になったのが説明のつかない形だったように、彼が帰って来たのも、説明がつかない状況だった。
「突然、出現したんですか?」
どういう状況だろうと思いながら確認する。
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「ほんの数秒前にはいなかった所にですかねえ?」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「はい、そうです。誰もいなかったんですよ、確かに」
青い顔で、発見者である浜白さんが答えた。
浜白さんは友人の成川裕人さんと肝試しに行き、廃屋の中で、成川さんが姿を消し、4ヶ月前にここで行方不明になっていた応野 浩さんを発見したのだ。
「そこへ行く所から、説明していただけますか」
言うと、浜白さんは唾を飲み込んで、話し始めた。
12月の半ば。ようやく期末試験が終わって試験休みになり、浜白と成川は暇を持て余していた。
「どこか行きたいなあ」
「温泉とかスキーとか?金がないよ」
「近場、日帰りで」
「カラオケ?」
「……パッとしないなあ」
2人で揃って溜め息をついた。
が、成川が思い付いた。
「そうだ。肝試しは?」
「ああ、無人の乳母車が追いかけて来るとか、火の玉が出るとかいう噂の」
浜白が「デマだろ」というのがありありとわかる表情と声音で言うと、成川はニヤリと笑って続けた。
「それは夏まで。夏休みに、東高の奴がそこで行方不明になったらしいぜ」
「行方不明?」
「部屋が消えるんだってよ」
「……」
「怖いかあ?」
「怖くはないよ。ばからしいだけで」
「じゃあ行こうぜ!」
こうして2人は夜に待ち合わせをして、その廃墟に行ったのだった。
それは周囲を雑木林に囲まれた山の一軒家で、建物はコンクリート造りの2階建てだった。周囲に民家も無いため、人気は無い。車が6台程止められるくらいの庭があり、錆びた乳母車が放置されていた。
何も無いと言いながらも、どこか少しは、ドキドキし、期待していた。
そっとドアに手をかけると、ギイィという音と共にドアが開く。
畳4枚ほどの玄関の向こうには、奥へ続く廊下と、2階へ上がる階段がある。埃は積もっていたが、落書きや破壊の痕は無かった。
「まず2階から行くか」
押し殺した声で成川が言い、2人は階段を上がり始めた。
上がり切ると廊下が1本伸びており、ドアが幾つか並んでいた。その手前の部屋に、まず入った。
「何も無いな」
引っ越した後、という感じの、何も無い部屋だった。壁に、妙なシミも無い。
「次だな、次」
浜白が言い、2人は隣へ移った。
しかしここも、その隣も、3部屋全部がこの調子だった。
「ここ、ただの空き家じゃないのか?」
浜白が詰まらなさそうに言った。
成川も不満をにじませながら、
「まあ、1階も見ようぜ」
と言う。
浜白は先に階段へ向かったが、成川の声に振り返った。
「なあ。この奥って何だろう。スペース的には、もう1部屋ありそうだと思わないか?」
確かに、3つ目のドアから廊下の突き当りまで、あと1部屋あってもいいくらいのスペースがあるのに、ずっと壁が続いていた。
廊下の突き当りにドアがあるわけでもなく、3つ目の部屋の中にドアがあるわけでもない。
「変な家。もったいないなあ」
「開かずの間とかいう奴だったりしてな」
言いながら、1階に降りる。
1階はキッチンや大きなダイニング、トイレ、バスルームの他にもう1部屋あるだけで、ここもやはり、ただの空き家という感じだった。
拍子抜けとはこの事だ。
2人は帰ろうと表に出た。
そこで、成川が足を止めた。
「もう1回、2階を見て来る。どうも気になるんだよな」
「早くしろよ」
成川が階段を駆け上がって行くのを、面倒臭かった浜白は見送った。
「寒いのに何も無かったなあ。こんな事なら、肉まん買って家に帰れば良かった」
言った時、2階から成川の興奮したような声がした。
「浜白!4つ目のドアが出現したぞ!」
「はあ!?」
浜白はゲームじゃあるまいしと思いながらも、足早に階段を駆け上がった。
確かに、3つ目のドアと突き当りの壁との間に、もう1つドアが出現していた。
「え?何で?あんなの見落とさないよな?」
思わず足を止めて、ドアを数え直した。1、2、3、4つだ。
成川はその4つ目のドアを開け、中に入って行く。
「おい、待てよ!」
浜白は慌てて、4つ目のドアの前へ走った。
が、目を疑った。
「はあ!?」
目の前で、4つ目のドアがすうっと消えていくではないか。
「な、成川!おい!」
ドアのあった辺りを叩いたり、何か引っかかりや溝がないかとさすってみたりするが、何も無い。ただの壁だ。
「そんな……成川、どこへ行ったんだよ」
呆然とし、座り込んだ浜白は、ふと人の気配を感じて背後を振り返った。
そして、絶叫する。
「ギャアアアア!?」
そこには、同じくらいの年の奴が、フラフラと体を揺らすようにしながら無表情で立っていたのだった。
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