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第二部
18 辿り着いた先に
何年ぶりだろうと、妖精の寿命は長く、当時と少しも変わらない。しかし若返った自分も似たようなものかとルーカスは思い直す。
午後に差し掛かる前のうららかな小春日和に起こった突然の強風に、中庭に咲く一面のリビオラが揺れる。
空と同じ色の花びらが木枯らしに巻かれて、ルーカス達とフォルケの間を優美に舞った。
フォルケの婚約者で妖精王の亡くなった娘、ティアーナの子宮をルーカスは受け継ぎ、ナディルが産まれた。今はもうすっかりルーカスの中に馴染んでしまったそれが、彼を見た拍子にドクンッと鳴った。
「っ……」
腹部に生じた感覚に、体がやや前のめりになる。両腕に抱える我が子達が「ママ?」と首を傾げた。
……この感覚には覚えがある。魔王討伐から帰還したラーティ様を見たときと同じ反応……まさか、子宮がフォルケに反応しているのか?
抱いた不安をかき消すように、クーペとナディルを抱える腕にグッと力を込めると、フォルケは妖精特有の先の尖った耳をピクリとさせた。
炭化した木のように光を失った黒い瞳で、フォルケはナディルを捉える。視線を向けられたナディルは、父親よりも数段明るい色合いの青い瞳をパチパチと瞬き、キョトンとしている。
「……それがお前の子供か」
無垢なナディルを見ながら掛けられた無感情な声に、尚の事危機感が募る。
殺伐とした空気に呑まれてはならない。察してルーカス達を背後に守るバルバーニが一層前に出た。
フォルケは両腕を前に組み、待機する姿勢で暫しナディルを眺めていたが、ルーカスが押し黙っていると──やがて痺れを切らしたように両腕を解いた。
ゆっくりとした歩みでこちらへやってくるのを、バルバーニが背負っていた大剣を抜き、構える。
バルバーニの大剣──妖精族から賜った神剣グランディールをフォルケは一瞥し、彼は歩みを止めた。
ルーカス達の目と鼻の先にいるフォルケは、妖精といっても剣を嗜む。体格もよく、ラーティと似たような背格好をしている。その無感情な様相を警戒していると、彼は静かに口を開いた。
「ルーカス・フォリン。私はお前と話がしたい。そのために来た」
──ドクンッ
名指しされ、動悸に似た下腹部を脈打つ感覚が強くなった。
ルーカスは体の異変をフォルケに悟られないよう気を強く持ち、彼を仰ぎ見る。
「……そう怖い顔をするな。私はお前達を殺しに来たのではない。だが──」
フォルケの沈黙が合図となり、周りの風景に擬態化していた妖精達が次々現れる。
その数に、クーペが全身を覆う黒い鱗を逆立てるようにして唸り、驚愕にバルバーニが一瞬目を剥いた。
現れたのは優に五十を越える武装した妖精達だ。剣豪のバルバーニでも、一人でルーカス達を守りきるのは不可能に近い。
「私の目的を阻むなら、容赦はしない」
声の冷たさから感じ取れる、フォルケの強い意思。
そこかしこに出現した妖精達の甲冑が擦れる金属音に圧され、一触即発の緊張感が漂う。
四方を取り囲まれ、もうあとがない。
性急にフォルケが動いたのは、ルーカス達の窮地に、仲間が駆け付ける前に方を付けるためだ。
ルーカスは即時の決断を迫られていた。
「……バル、二人を頼む」
「ルーカス!?」
視線はフォルケに向けたまま、ルーカスは再び「頼む」と押し殺すような低い声で言う。
今はそれしか手がない。そして制止を掛けるバルバーニにも、状況が分からないわけではない。彼は口惜しさに顔を強張らせ、拳を握る。
やがて「分かった……」と苦渋の決断をしたバルバーニに、ルーカスは最初にナディルを渡し、次いでクーペを渡そうとして──服にひっつかれて「きゅいきゅい」嫌がって酷く鳴かれた。
終いには、足はバルバーニに、出た腹は空中で宙ぶらりんに、両手はルーカスに引っ付いて一直線の縄梯子状態になっている。
母親の危機を、クーペは分かっているのだ。だから大丈夫とは言わない。言えば余計に大丈夫じゃないと思われてしまう。
苦笑して、ルーカスはクーペの頭を撫でる。
「クーペ、良い子だ」
ルーカスとバルバーニを体で繋いでぶらんぶらんしているクーペに、落ち着いた口調で話し掛ける。
「私の代わりにナディルを守ってくれるな?」
うりゅっと涙目でクーペはルーカスを見た。
普段からクーペはルーカスに駄々を捏ねることがほとんどない。他人にはぞんざいなことをしても、ルーカスには甘える一方で常に敬意を払うのだ。
礼儀には礼儀を。教えたわけではない。しかしいつの間に覚えたのか、悪戯っ子ではあるがクーペの真髄には、確かにそれが育っていた。
ルーカスの誇りを汚す選択を、この子はしない。ルーカスには分かっていた。
クーペが涙目でコクりと頷く。
「それでこそ私の自慢の息子だ」
一度クーペをバルバーニから受け取り、懐に戻して抱き締める。クーペも答えてルーカスに抱き付く。
つかの間の抱擁の後、バルバーニに預けるときには、クーペは大人しくナディルと一緒に抱っこされた。
しゅんと落ち込むクーペと、その隣で状況はよく分からないけれど母親に習って落ち込んでいるお兄ちゃんを慰め「いい子いい子」とクーペの頭を撫でるナディル。
二人の成長を微笑ましく思いながら、ルーカスはフォルケに視線を戻す。彼と目を合わせると、傍に来るよう指を動かされる。
ルーカスは素直に従い、フォルケの前まで来ると、あと一歩の距離で止まった。
「……一つ、聞いてもいいだろうか」
ルーカスの問い掛けに、フォルケは目だけで許可をした。
「本物のオフィーリアス卿はどうした?」
クーペとナディルを両腕に抱えたバルバーニからフォルケの関心をそらすため、ルーカスは別の話をした。
「よくあそこまでの演技ができたものだと思ってな」
「目的を果たすためならば他愛もないことだ」
フォルケは何でもないことのように言うが、彼は生粋の妖精貴族として産まれた。誇りの塊のような男だ。その男がオフィーリアス卿の真似をして人間に頭まで下げたのだ。並の覚悟ではない。
「あの男はお前との関わりを聞き出してから氷漬けにした。だが殺してはいない」
「殺してはいない?」
「仮死状態ではあるがな」
「それは……イーグリッドとエストラザの民達は皆生きているということか?」
凍結された民達は死んでいなかった。だが、此度の件は婚約者を人に奪われた男と人間嫌いの精霊が手を組んだ、人間達への報復と国への侵略が目的……であるのなら、何故民達を生かしておくのか、
引き換えにフォルケが望むものに、ルーカスは話しながら気付いていた。
「殺してしまっては、お前はけして彼女について口を割らないだろうからな」
フォルケの言う彼女とはティアーナのことだ。彼の婚約者でありながら、人間と駆け落ちした妖精族の裏切り者。そう周りには認識されている娘。
フォルケは四方を囲う武装した妖精達にチラリと目を向ける。
「安心しろ。彼らは私の同士であり友人。誇り高き妖精族の者達だ。卑劣な手管は好まない。用が済んだなら我々は誰にも手は出さず、直ぐに屋敷を出ていく」
肩ほどで切り揃えられた白銀の髪が、日の光に反射して目映く。気難しそうな顔立ちに映える、芯の強い切れ長の黒い瞳がルーカスを射抜く。
風の吹く音だけが互いの耳を掠める時間が少し続いて、
敵対する間柄でありながら、品格を失わないフォルケの気高さに、ルーカスは折れた。
フォルケから視線を外し、観念したように溜息を一つ吐く。
「……ティアーナの何を、貴方は知りたいのか」
「あの時のことだ。何故ティアーナは人間の恋人と一緒に駆け落ちしたなどと、最後まで嘘を突き通したのか。私は真実を知るためにここへ来た」
「屋敷にいる者全員の命の保証を約束するのなら話そう。答えは純血を尊ぶ貴方が望まないことだろうが……」
口を閉ざし続けることは、やはり容易ではなかったか。
『──いずれ彼は真相に辿り着く、ティアーナ……貴女もそれを分かっているはずだ』
それが、冷たい地べたに横たわり、死に行く妖精の娘にルーカスが掛けた、彼女が聞いた最期の言葉だった。
*
人間と駆け落ちした妖精王の娘ティアーナ・アウレリオ・ラ・ユインブルグ。
その娘を連れ帰ってほしいという妖精王の頼みを聞いて、オルガノ達勇者一行がティアーナを妖精の国へ連れ帰ったのは、もう何十年も前の話だ。
妖精の国で無事父親との対面を果たしたティアーナは、しかし父親との決別を結論し、彼女は人間の世界へ再び戻ることとなった。
オルガノ率いる勇者パーティーがその見送りを請け負い、帰り道に起こったティアーナの死。
けれどティアーナの死に居合わせたのは、ルーカスのみだった。
何故ルーカスは一人で妖精王の娘を見送ったのか、
それは道中、盗賊に襲われていた娘、リビオラを町まで送ることになったからだ。
また、捕らえた盗賊をギルドへ連行する必要性もあり、どうしたものかと思案していた仲間に「家まではあと少しだから」と言うティアーナからの提案で、ティアーナはルーカスが、他の仲間達はリビオラと盗賊達を連れてラスクールの町へ向かうことになり、別れた。
だからそこから先のことはルーカスしか知らない。
妖精のティアーナが人間の世界で暮らす家──ラスクールの町外れにひっそり立つ掘っ建て小屋。
小屋は燃えて、今はその跡地に以前建っていたのと似たような形状の縁側付きの小屋が建てられているが、現在ルーカス達の屋敷が立てられているこの場所で、生前ティアーナは暮らしていた。
魔王討伐に力を貸した褒美にこの場所を指定したとき、オルガノは酷く苦い顔をしたものだが……。きっと彼は、血まみれで町に戻ってきたルーカスの姿を思い出していたのだろう。
町に戻る前、フォルケが去った小屋で、ティアーナと二人残されたルーカスは放心し、立ち尽くしていた。
夕暮れに、美しい妖精族の娘の顔は翳り、生気を失っていく。
喀血して地面に横たわるティアーナの口から漏れるヒュー、ヒュー、と掠れた息の音。地面に広がり続ける赤が、土に染み込むのを見ながら、ルーカスは戦慄く膝を地面につけ、彼女の冷たくなっていく手に自らの手を重ねた。
妖精族の王の娘を見送るのが人間の自分一人という侘しさに、彼女の生きた世界の過酷さを思いルーカスは目頭が熱くなるのを感じていた。
そしてティアーナは死の淵を歩みながら、真実を教えてくれた。
午後に差し掛かる前のうららかな小春日和に起こった突然の強風に、中庭に咲く一面のリビオラが揺れる。
空と同じ色の花びらが木枯らしに巻かれて、ルーカス達とフォルケの間を優美に舞った。
フォルケの婚約者で妖精王の亡くなった娘、ティアーナの子宮をルーカスは受け継ぎ、ナディルが産まれた。今はもうすっかりルーカスの中に馴染んでしまったそれが、彼を見た拍子にドクンッと鳴った。
「っ……」
腹部に生じた感覚に、体がやや前のめりになる。両腕に抱える我が子達が「ママ?」と首を傾げた。
……この感覚には覚えがある。魔王討伐から帰還したラーティ様を見たときと同じ反応……まさか、子宮がフォルケに反応しているのか?
抱いた不安をかき消すように、クーペとナディルを抱える腕にグッと力を込めると、フォルケは妖精特有の先の尖った耳をピクリとさせた。
炭化した木のように光を失った黒い瞳で、フォルケはナディルを捉える。視線を向けられたナディルは、父親よりも数段明るい色合いの青い瞳をパチパチと瞬き、キョトンとしている。
「……それがお前の子供か」
無垢なナディルを見ながら掛けられた無感情な声に、尚の事危機感が募る。
殺伐とした空気に呑まれてはならない。察してルーカス達を背後に守るバルバーニが一層前に出た。
フォルケは両腕を前に組み、待機する姿勢で暫しナディルを眺めていたが、ルーカスが押し黙っていると──やがて痺れを切らしたように両腕を解いた。
ゆっくりとした歩みでこちらへやってくるのを、バルバーニが背負っていた大剣を抜き、構える。
バルバーニの大剣──妖精族から賜った神剣グランディールをフォルケは一瞥し、彼は歩みを止めた。
ルーカス達の目と鼻の先にいるフォルケは、妖精といっても剣を嗜む。体格もよく、ラーティと似たような背格好をしている。その無感情な様相を警戒していると、彼は静かに口を開いた。
「ルーカス・フォリン。私はお前と話がしたい。そのために来た」
──ドクンッ
名指しされ、動悸に似た下腹部を脈打つ感覚が強くなった。
ルーカスは体の異変をフォルケに悟られないよう気を強く持ち、彼を仰ぎ見る。
「……そう怖い顔をするな。私はお前達を殺しに来たのではない。だが──」
フォルケの沈黙が合図となり、周りの風景に擬態化していた妖精達が次々現れる。
その数に、クーペが全身を覆う黒い鱗を逆立てるようにして唸り、驚愕にバルバーニが一瞬目を剥いた。
現れたのは優に五十を越える武装した妖精達だ。剣豪のバルバーニでも、一人でルーカス達を守りきるのは不可能に近い。
「私の目的を阻むなら、容赦はしない」
声の冷たさから感じ取れる、フォルケの強い意思。
そこかしこに出現した妖精達の甲冑が擦れる金属音に圧され、一触即発の緊張感が漂う。
四方を取り囲まれ、もうあとがない。
性急にフォルケが動いたのは、ルーカス達の窮地に、仲間が駆け付ける前に方を付けるためだ。
ルーカスは即時の決断を迫られていた。
「……バル、二人を頼む」
「ルーカス!?」
視線はフォルケに向けたまま、ルーカスは再び「頼む」と押し殺すような低い声で言う。
今はそれしか手がない。そして制止を掛けるバルバーニにも、状況が分からないわけではない。彼は口惜しさに顔を強張らせ、拳を握る。
やがて「分かった……」と苦渋の決断をしたバルバーニに、ルーカスは最初にナディルを渡し、次いでクーペを渡そうとして──服にひっつかれて「きゅいきゅい」嫌がって酷く鳴かれた。
終いには、足はバルバーニに、出た腹は空中で宙ぶらりんに、両手はルーカスに引っ付いて一直線の縄梯子状態になっている。
母親の危機を、クーペは分かっているのだ。だから大丈夫とは言わない。言えば余計に大丈夫じゃないと思われてしまう。
苦笑して、ルーカスはクーペの頭を撫でる。
「クーペ、良い子だ」
ルーカスとバルバーニを体で繋いでぶらんぶらんしているクーペに、落ち着いた口調で話し掛ける。
「私の代わりにナディルを守ってくれるな?」
うりゅっと涙目でクーペはルーカスを見た。
普段からクーペはルーカスに駄々を捏ねることがほとんどない。他人にはぞんざいなことをしても、ルーカスには甘える一方で常に敬意を払うのだ。
礼儀には礼儀を。教えたわけではない。しかしいつの間に覚えたのか、悪戯っ子ではあるがクーペの真髄には、確かにそれが育っていた。
ルーカスの誇りを汚す選択を、この子はしない。ルーカスには分かっていた。
クーペが涙目でコクりと頷く。
「それでこそ私の自慢の息子だ」
一度クーペをバルバーニから受け取り、懐に戻して抱き締める。クーペも答えてルーカスに抱き付く。
つかの間の抱擁の後、バルバーニに預けるときには、クーペは大人しくナディルと一緒に抱っこされた。
しゅんと落ち込むクーペと、その隣で状況はよく分からないけれど母親に習って落ち込んでいるお兄ちゃんを慰め「いい子いい子」とクーペの頭を撫でるナディル。
二人の成長を微笑ましく思いながら、ルーカスはフォルケに視線を戻す。彼と目を合わせると、傍に来るよう指を動かされる。
ルーカスは素直に従い、フォルケの前まで来ると、あと一歩の距離で止まった。
「……一つ、聞いてもいいだろうか」
ルーカスの問い掛けに、フォルケは目だけで許可をした。
「本物のオフィーリアス卿はどうした?」
クーペとナディルを両腕に抱えたバルバーニからフォルケの関心をそらすため、ルーカスは別の話をした。
「よくあそこまでの演技ができたものだと思ってな」
「目的を果たすためならば他愛もないことだ」
フォルケは何でもないことのように言うが、彼は生粋の妖精貴族として産まれた。誇りの塊のような男だ。その男がオフィーリアス卿の真似をして人間に頭まで下げたのだ。並の覚悟ではない。
「あの男はお前との関わりを聞き出してから氷漬けにした。だが殺してはいない」
「殺してはいない?」
「仮死状態ではあるがな」
「それは……イーグリッドとエストラザの民達は皆生きているということか?」
凍結された民達は死んでいなかった。だが、此度の件は婚約者を人に奪われた男と人間嫌いの精霊が手を組んだ、人間達への報復と国への侵略が目的……であるのなら、何故民達を生かしておくのか、
引き換えにフォルケが望むものに、ルーカスは話しながら気付いていた。
「殺してしまっては、お前はけして彼女について口を割らないだろうからな」
フォルケの言う彼女とはティアーナのことだ。彼の婚約者でありながら、人間と駆け落ちした妖精族の裏切り者。そう周りには認識されている娘。
フォルケは四方を囲う武装した妖精達にチラリと目を向ける。
「安心しろ。彼らは私の同士であり友人。誇り高き妖精族の者達だ。卑劣な手管は好まない。用が済んだなら我々は誰にも手は出さず、直ぐに屋敷を出ていく」
肩ほどで切り揃えられた白銀の髪が、日の光に反射して目映く。気難しそうな顔立ちに映える、芯の強い切れ長の黒い瞳がルーカスを射抜く。
風の吹く音だけが互いの耳を掠める時間が少し続いて、
敵対する間柄でありながら、品格を失わないフォルケの気高さに、ルーカスは折れた。
フォルケから視線を外し、観念したように溜息を一つ吐く。
「……ティアーナの何を、貴方は知りたいのか」
「あの時のことだ。何故ティアーナは人間の恋人と一緒に駆け落ちしたなどと、最後まで嘘を突き通したのか。私は真実を知るためにここへ来た」
「屋敷にいる者全員の命の保証を約束するのなら話そう。答えは純血を尊ぶ貴方が望まないことだろうが……」
口を閉ざし続けることは、やはり容易ではなかったか。
『──いずれ彼は真相に辿り着く、ティアーナ……貴女もそれを分かっているはずだ』
それが、冷たい地べたに横たわり、死に行く妖精の娘にルーカスが掛けた、彼女が聞いた最期の言葉だった。
*
人間と駆け落ちした妖精王の娘ティアーナ・アウレリオ・ラ・ユインブルグ。
その娘を連れ帰ってほしいという妖精王の頼みを聞いて、オルガノ達勇者一行がティアーナを妖精の国へ連れ帰ったのは、もう何十年も前の話だ。
妖精の国で無事父親との対面を果たしたティアーナは、しかし父親との決別を結論し、彼女は人間の世界へ再び戻ることとなった。
オルガノ率いる勇者パーティーがその見送りを請け負い、帰り道に起こったティアーナの死。
けれどティアーナの死に居合わせたのは、ルーカスのみだった。
何故ルーカスは一人で妖精王の娘を見送ったのか、
それは道中、盗賊に襲われていた娘、リビオラを町まで送ることになったからだ。
また、捕らえた盗賊をギルドへ連行する必要性もあり、どうしたものかと思案していた仲間に「家まではあと少しだから」と言うティアーナからの提案で、ティアーナはルーカスが、他の仲間達はリビオラと盗賊達を連れてラスクールの町へ向かうことになり、別れた。
だからそこから先のことはルーカスしか知らない。
妖精のティアーナが人間の世界で暮らす家──ラスクールの町外れにひっそり立つ掘っ建て小屋。
小屋は燃えて、今はその跡地に以前建っていたのと似たような形状の縁側付きの小屋が建てられているが、現在ルーカス達の屋敷が立てられているこの場所で、生前ティアーナは暮らしていた。
魔王討伐に力を貸した褒美にこの場所を指定したとき、オルガノは酷く苦い顔をしたものだが……。きっと彼は、血まみれで町に戻ってきたルーカスの姿を思い出していたのだろう。
町に戻る前、フォルケが去った小屋で、ティアーナと二人残されたルーカスは放心し、立ち尽くしていた。
夕暮れに、美しい妖精族の娘の顔は翳り、生気を失っていく。
喀血して地面に横たわるティアーナの口から漏れるヒュー、ヒュー、と掠れた息の音。地面に広がり続ける赤が、土に染み込むのを見ながら、ルーカスは戦慄く膝を地面につけ、彼女の冷たくなっていく手に自らの手を重ねた。
妖精族の王の娘を見送るのが人間の自分一人という侘しさに、彼女の生きた世界の過酷さを思いルーカスは目頭が熱くなるのを感じていた。
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