勇者パーティーを追放、引退、そして若返った二度目の人生でも、やっぱり貴方の傍にいる

薄影メガネ

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第二部

24 あるべき決定事項

 ルーカスとラーティが互いの想いを通い合わせてすぐに、事態は一変した。

「──どうやら仲直りは済んだようだな」

 ラーティの声に似ているが、違う。耳に馴染む聞き慣れた……

「オルガノ……? それにスクルド様にドリスも」

 地面に膝をつくラーティのふところ深くに抱き締められていたルーカスは、呆然と彼らを見上げた。

 騎乗したオルガノがいた。すぐ傍には立ちすくむスクルドとドリスの姿もある。その不思議な組み合わせにルーカスは目を数度まばたく。

 少し離れた木陰こかげから、オルガノは手綱たずなを操りゆっくりと進み出る。

 しかし、こちらへやってくるオルガノと目が合ったのは、ほんの一瞬だった。彼はルーカスの状態を確かめるように一度、視線を向けたものの、即刻興味を無くしたかのごとくすれ違う。ルーカスには目もくれず、そのままフォルケ達妖精がいる前方へと馬を歩かせる。

 ここは王子のラーティが所有する屋敷だ。中庭は民家が軽く二、三十軒は入る広さがある。

 馬屋もあり、中庭で騎乗するのは別段珍しいことではない。しかし──

「来たか」

 前を行くオルガノのつぶやきが耳に届く。先刻彼がいた木陰のはるか後方。中庭に到着した黒衣の騎馬隊にルーカスは瞠目どうもくする。

「この圧倒的な威圧感、あれは……」

 主のめいを待ち、整列する騎馬隊。その整然せいぜんとした空気に、ラーティによって連携を解かれた妖精達が、じわりとされている。

「王直属の近衛騎士団『キロプト』」

 答えに、ルーカスはハッとラーティを見返す。

「近衛騎士団のなかでも所属の騎馬隊は陛下の気に入りと聞いたことがある。それを出してきたということは、今回陛下は本気ということだ」

 父親を陛下と呼び、いつも一歩距離を取るラーティのこめかみに、薄っすらと汗がにじむ。その表情から、ルーカスはこれからオルガノがすることをうかがい知る。

 近衛騎士団「キロプト」は、その華やかな職位に反して表立った活動を控え、暗躍あんやくする。治世ちせいに数ある不都合を隠蔽し、王のためにのみ存在する影の騎士団。そう噂されている。

 規模は一般的な騎士団の半数程と所属は少ないが、精鋭せいえい中の精鋭。その力はラスクールに現在するどの騎士団よりも上だ。

 ルーカスとラーティの前に出ると、オルガノは手綱たずなを引き、馬を止めた。

「国の秩序が乱され、名目は立った。ルーカス、これより私は統制を図るために動く」

 だから止めるな。こちらに背中を向けたまま、そう暗に示される。

「しかし!」

「口出しは無用だ。ラーティ、自分の妻をよくよく抑えていろ。それ以上傷付けられたくなければな」

「……承知した」

 ルーカスを抱くラーティの手に、グッと力が入った。

「ラーティ様!?」

 フォルケはオフィーリアス卿にふんしてオルガノをたばかった。異国の王女ウルスラを利用して、ラスクールの王子であるラーティを騙し、つその妻であるルーカスを攻撃した。

 オルガノは、ルーカスの負傷をラスクールの王族への攻撃とみなしたのだ。

 けれどルーカスは、オルガノを静められるだけの理由を持ち合わせてはいなかった。

「ルーカス、大丈夫だ。陛下は彼らを殺しはしない」

「ですが……!」

 妖精は誇り高い一族だ。確かに、素直に投降しろと言って話を聞く相手ではない。まして自分達より寿命も身体的な能力も劣る人間に屈するくらいなら、彼らは潔く死を選ぶだろう。そういう種族なのだ。

 ──だとしてもだ。

 どうやって止めればいい。ルーカスは歯痒はがゆい思いに駆られた。

 そして戦闘が始まる予感を覚えたのは、他ならぬ妖精達当人も同じだった。ラーティに倒された妖精達が、フォルケを中心に再び立ち上がり、集結する。

 相対する場の誰もが息をむ静けさのなか、オルガノは一人ました顔で軽く片手を上げ、号令する。

「捕えよ」

 発令に、ラスクールの国鳥が描かれた黒い装備に身を固めた集団が、一斉に動き出す。下命かめいはいする騎士達の装備が擦れる金属音を耳に、ルーカスは何もせぬまま黙認する。

 グッとこぶしを握る。勝敗は見えていた。

 一糸乱れぬ鮮やかな手並み。騎士達の闘争する姿は勇ましく、優美で洗練された動きは紳士を思わせる。品格のある戦いを見せつけられ、またたく間に妖精達が制圧されていく。

 あっけない幕切れは、技量の違いによるものではない。妖精は産まれでたときより優秀だ。けれどそれが手負いとなると、話は別となる。

 反撃もままならず、たまらなく逃げだそうとした妖精の足元にドスッと矢が打ち込まれた。

 中庭の茂みから、騎士とは違う軽装の、身なりの者達が現れる。

 手には各々得物えものを保有し隙がない。眼前で繰り広げられる戦闘に対し、爛々らんらんと好奇を帯びた表情を見せる彼らが、ただの民でないことは明白だった。

「スクルド様の配下の者達か……」

 示し合わせたようなオルガノとスクルドの連携に、ルーカスは直感する。

「貴方がたは……最初から捕縛するつもりでいらしたのですね?」

 オルガノとスクルド、双方へ非難の目を向ける。

 フォルケのはかりごとに気付いていたのか、ルーカスの行動を読んでいたのか知れないが。オルガノははなから城へ戻る気などなかったのだ。

 そしてスクルドも、ルーカスにおとりになることを依頼しておきながら、こうなることを見越して屋敷に配下をひそませていた。

 何にしてもと、とがめる調子でラーティの腕から出て立ち上がろうとしたら、少しフラついた。危なっかしく見えたのか、ラーティがルーカスを抱き上げ起立する。

 長身の夫に抱き上げられると、普段より視野が広くなる。

 ルーカスの身長は元戦士にしては低く小柄だ。見上げるのに慣れた世界から高い目線へ。変化を不思議と体感する。

 そうしている間に次々と妖精が捕縛されていくのを、気掛かりに感じていると……最後はフォルケを囲い、動きを封じたのを確認したオルガノが、馬を悠々ゆうゆうと歩かせルーカス達の近くまでやってきた。

「私以上に頑固な男を止めるのは骨が折れるからな」

 飄々ひょうひょうとしているが、おそらくそう言った自身も相当に頑固な性質の、目の前の男を軽くにらむ。

 ラーティに抱き上げられていても、騎乗しているオルガノより目線は低い。やはり見上げる形で、ルーカスはオルガノと対面する。

「だから私を自由にさせていたとおっしゃるのですか?」

 くとオルガノは「よく分かっているじゃないか」とあっさり肯定した。

 貴方の本質などこちらも見通している。などと考えるのは思い上がりだ。しかし、

「どうやら国王とは刺激の少ない職業らしい」

 会う度、言葉たくみに人を玩具おもちゃにしようとするのだから。現に今もそうだ。それを当てられる臣下はたまらないだろう。

「つれない言い方をする」

「つっているつもりはございませんが」

 夫の前で誤解を生むような発言はお控え願いたい。そう言って、シラっと話題をらす。

「私のしたことが不満か? 大人しくお前がやることを見守っていてやったのだぞ。それも夫婦の危機を救ってやったのだ。少しは感謝の念を示してもばちは当たらない。そうは思わないか?」

 からかい混じりの声で言いながらも、オルガノの声にはルーカスへのいたわりが含まれている。素っ気ない対応を続けるのは難しく、ルーカスは態度を軟化させた。

「……私達は別に喧嘩をしていたわけではないのですが」

「自覚がないとは恐ろしいものだ。どうみてもすれ違う夫婦の痴話喧嘩だろう」

「痴話喧嘩……」

 驚きに、思わずオルガノとしっかり目を合わせてしまった。途端──ニヤリとされた。

 そうしてまたもオルガノは、悪びれもなく「ああ、水を差してしまったか?」などと不遜ふそんに言ってのける。

 ラーティは眉を顰めたが、何も言わない。いつものことと取り合う気もないようだ。

 言い合いながらも当然とこの場所にいさせてくれる、ラーティとオルガノ。美しい親子に抱くこの温かな感情を、何と呼べばいいのだろうか。

「そうだな、まずは『様』を付けるのを止めてみるのはどうだ?」

 それは……と、オルガノから出た突飛な提案に口ごもる。先程から一言も発言をしていないラーティの様子をうかがう。彼は珍しいものでも見たような顔で、しげしげとルーカスを見ていた。そしてとうとう、驚いた雰囲気で言った。

「お前が私を呼び捨てるのを、私は一度も聞いたことがない」

「ラーティ様……?」

 夫の思わぬ反応に、ルーカスは惑う。手を伸ばし、同じ男とは思えぬほど白くすべらかな頬に触れる。

「ラーティさ……」

 ──パンッ!

 何事か言いかけたとき、突然聞こえてきた乾いた音にルーカスの声はかき消され、場の全員がハッとする。

「そこまでです」

 柏手かしわでを打つように、両手の平を合わせたスクルドの一喝いっかつだった。

 次いで、辺りを見渡す。スクルドの隣りにいるドリスから始まり。いつの間にやって来たのか、遠目にはガロンとフェリス、屋敷の使用人達がいた。みんな心配と驚きがない混ぜになったような、キョトンとした様子でいる。

 ……確かに、一国の王相手に言い合いをする者など珍しいにもほどがある……な。

 そして極め付きは──バルバーニに抱っこされているクーペとナディルが、瞬き一つせずジーッとこちらを見ている。二人揃って、仲良く大きなおめめがこぼれ落ちそうなくらい見開いてのガン見だ。可愛いな……ではなく。

 外野はおろか、息子達からも相当注目されていたことに今更気付いた。

 パパとママのやりとりから始まって、最後はパパに似た男とのママの言い合いが、大変興味深かったらしい。恋愛を知るにはまだ早いお年頃だ。息子達に何となく見せてはいけないものを見せたような気分になる。

 オルガノに痴話喧嘩と言われた後では尚更だ。

「スクルド様……面目次第めんぼくしだいもございません」

 反省に、頬がわずかに赤く染まる。それを隠すため口元に手をやり謝罪するも、一向に注目は解消されない。寧ろ益々見られている気がした。

「後は私と陛下が引き受けましょう」

 スクルドの手際てぎわにオルガノは「ふんっ」と鼻を鳴らす。余計なことをと、明らかに機嫌を悪くした顔で手綱たずなを握り、ルーカスとラーティに背を向けた。

「ルーカス、お前は……お前達・・・は休んでいろ。状況は追って伝える」

 傷付いた勇者の紋章を行使したラーティもまた、相当に体力を消耗している。彼はそのような素振りを見せないが、オルガノは息子の状態を見抜く。

 何年経っても変わらない。目端めはしく男だ。

「オルガノ後を頼みます」

 頭を下げるルーカスの信頼に、オルガノは背を向けたまま、ひらひらと片手を上げて答えた。





 痴話喧嘩と言われて、羞恥しゅうちに頬を赤らめたルーカスのうぶな反応に当てられた。やれやれと、オルガノは熱を冷ますように理性を働かせ、後頭部に手を当てる。

 ルーカスとラーティが子供達を連れて退散した。使用人達も共に居住区へ戻り、警護でルーカス達についていったバルバーニを除き、中庭にはガロンとフェリス、そしてドリスが残った。

 オルガノ率いる近衛騎士団とスクルドの配下、ギルドの傭兵が屋敷に侵入した妖精達を制圧し切る構図に、残った面々は真顔で視線を交わす。

 なかでも視線を多く集めている騒動の首謀者フォルケを、オルガノは上から下まで見やる。

 どんな事情があろうとも、ルーカスに手を出した相手だ。容赦するつもりはさらさら無かった。だが……ラーティに叩きのめされた血塗ちまみれの惨状に、昔、街に血塗れで戻ってきたときのルーカスの姿が重なった。

 ……ルーカスお前は昔も今も、変わらず驚かせてくれる。美しい男だな。

 困ったものだ。ルーカスに関わるとこうも感情が揺さぶられる。

 妖精は人間よりも治りが早い。フォルケはもう動けるまでに回復しているようだ。

 周りを囲う騎士達に剣を向けられながら、フォルケは傷口を押さえていた手を腕から外し、立ち上がる。瞳がオルガノに向けられた。

 チッこの妖精貴族……ルーカスと同じ黒い瞳か。
 
「──さて、ルーカスの状態を看過かんかすることはできないのでな」

 ルーカスは何でもない風を装っていたが、かなり衰弱しているはずだ。ラーティといい、やせ我慢がすぎる似た者夫婦めと、心の中で毒づく。

「そろそろ白黒つけるとしようか?」

 死なせはしない。オルガノにとってそれは願いではない、あるべき決定事項だった。
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