勇者パーティーを追放、引退、そして若返った二度目の人生でも、やっぱり貴方の傍にいる

薄影メガネ

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第二部

38 裏切りの騎士

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 王族付きの騎士のなかでも最上位に位置する国王直属の騎士団ガイアルス。庶民の出でありながらその団長にまで上り詰めた男、父セザン・フォリンは旧王族によって殺された。

 精霊の代替わりにより紋章の喪失を余儀なくされた旧王族は、その内情など知るはずもなく。勇者の紋章を再び手中に収めようと衰退する王家の権威を振りかざした。

 民から財を絞り上げ、迫る魔王の支配よりも精霊に選ばれた勇者であるオルガノの両親に冤罪を被せ、一族諸共もろともを処刑する方を優先させた。魔物によって追い詰められている民を、彼らは私欲のために見捨てたのだ。

 本来絶対的な味方であらねばならなかった旧王族の暴挙ぼうきょに、多くの人々は住む家を失い。すべなく時勢に呑まれ、命を落としていった。

 旧王族の悪政に、名うての騎士たちが次々と王家を離脱し、旧王族と魔王は手を組んだのではないか。ちまたでそのような噂が流れ始めた頃。

 王家に抵抗する者たち──王家を離れた騎士を中心とする反乱軍が形成される。王家の騎士たちがとうとう旧王族に反旗をひるがえしたのだ。

 あるじへ絶対の忠誠を誓う騎士が、どのような時勢にあっても君主を選ぶは純然たるもの。しかし主の過ちを正すのもまた、国の秩序を守るべき騎士たる者の務めである。

 しくも騎士たちは民と主との間で板挟みとなった。だがその多くが主を見限り民衆の盾となるべく動いたなかで、セザンは主の元に残り、仲間との決別の道を選んだ。

 国の秩序を守るべき騎士団のおさたる者が、民のために立ち上がった仲間よりも、民を見捨てた王を選ぶ。

 王へ不動の忠誠を示すセザンは、民にとって許せるものではなかったのだろう。保身に走ったと世間のみならず団員からも裏切り者の声が上がった。

 けれどセザンの意志は固く、揺るぎなく、誰も彼の決断を覆すことはできなかった。

 何故なら王の元に身を置いた彼の本意は、別にあったからだ。

 時は、勇者の血筋の代替わりが起きた、オルガノ誕生までさかのぼる──


***


 長年精霊の祝福を受けていなかったラスクールに、ついに勇者の紋章を持つ子供が誕生した。

 これで世界の安寧秩序は保たれる。国も安泰あんたいだと人々は喜びいさんだ。──が、待望の勇者誕生に民衆が沸くさなかに、それは起こった・・・・・・・

 日中、王城の訓練所で騎士団の鍛錬に当たっていたセザンの元に、一枚の文書が届いた。

 現王の動向を探らせていた密偵からの報告だった。

 文書には、勇者の紋章を保持する子供が産まれたというのは虚言であり、子供の両親は王家乗っ取りをくわだてた反逆者であるとして、一族諸共もろともに処刑する大命が下されたと書かれていた。更には子供に関わった者は全員処分しろとの密命があったという。

 勇者誕生という民にとっての吉報は、王家にとっての凶報であった。

 代々勇者を輩出してきたラスクールでは、魔王討伐を果たした勇者を次代の王と定める。当たり前の王位継承だが、それがあだとなった。

 勇者とは次代の国王候補であり、王家以外からの勇者誕生とは、王家の血筋の代替わりを意味する。古代よりラスクールを治めてきた王家の終わりだ。

 王家の血筋が入れ替わる。

 新たなる王の血族の出現は、王家を震撼しんかんさせた。

 皮肉なものだ。

 勇者の紋章を保持する子供の誕生を、王家は誰よりも強く望んでいた。しかし待望の勇者誕生は、これまで築き上げてきた王家の威光を失墜させ、王族の矜持きょうじをずたずたに引き裂いた。

 それも子供は、貴族の中では最下位の男爵家から産まれた。

 古来の王家存続の危機に直面した現王を中心とする王家の面々は、定期的に開いていた舞踏会ももよおさず、ここのところ華やかな場に出るのを極力控えている。

 不穏な空気を感じ取り、セザンは現王の周囲を密偵に探らせていたのだが……予感は的中したようだ。

 現王の統治は世辞にも良政とは言い難い。民の不満も多く、その上先程の件が重なれば、遅かれ早かれ内乱が起こるのは必至。

 ラスクールに所属する全ての騎士団を巻き込んだ派閥闘争へと発展するのを見越したセザンは、訓練を副官に任せると急ぎ帰宅した。





 警戒して屋敷に戻ったセザンを客間で待っていたのは、裏では不逞ふていやからと取引をしていると悪名高い黒の騎士団、キロプトの団長ローランドだった。

 のちオルガノ直属の黒衣の騎馬隊──近衛騎士団となるキロプトに所属する団員のほとんどは、君主より任命された正騎士ではない。叙任じょにんしたのは同じ騎士身分の者であり、君主との直接的な関わりは持っていない。

 国や民に献身的な働きをした者。騎士を手助けし、つ、なかでも任命に値する格別の行いをした者。魔物を退治し手柄を上げた者など。

 むくいて同格の騎士から叙任を受けた人物の配属先となっているキロプトには、実に様々な身分の人種が混在しており、ゆえに騎士団としての地位も低い。

 当然彼らの素行は、貴族出身の洗練された一介の騎士よりも劣る。

 騎士らしからぬ粗野そやな振る舞いが目立つキロプトは、同じ騎士団のなかでも任務に失敗した者が左遷させんされる先として扱われている。いわば騎士たちの掃き溜めだ。

 けれどもセザンは、彼らが騎士に取り立てられた経緯を高く評価していた。

『先程、俺は国王から呼び出しを受けた。言うまでもないが内容は知ってのとおりだ』

 子供に関わった者は全員処分しろとの密命を、誰がはいしたのか。予測はしていたが、下命を受けた当人があっさりと自ら報告しにきたのに、肩透かしを食う。というより、これでは罠だとこちらに警戒されても仕方ないのではと、セザンはひとまず話をそらす。

『いったい何の話だ?』

『とぼけるな。お前が陛下の動向を探るため密偵を放っているのを、俺が知らぬとでも?』

『…………』

 客間に入り、顔を合わせた直後に始まった言い合いで、互いに起立したままだ。

 壁に背中をつけ、腕を前に組むローランドに合わせて、セザンもまた客間の中程でたたずんでいたのだが。素知らぬ振りで応戦しながら、セザンはまたかと嘆息たんそくしソファーに腰を下ろす。

 どうやら自分は、彼の機嫌をすこぶる損ねてしまったらしい。

 それにしても……耳聡みみざといな。

 キロプトの団長はセザンの従兄弟であり、彼を騎士に任命したのもセザンであった。

 温厚なセザンと違い、ローランドは気性が荒く粗暴そぼうな振る舞いが目につきやすい。

 好戦的な彼の態度に、他の騎士団に所属する団員のみならず市民からもよく苦情が寄せられ、その度セザンが後始末をつけていた。

 セザンに対してもそりが合わないと、事あるごとに彼は突っかかり、決闘まがいの手合わせの相手をよくさせられていた。

 けれどセザンにはローランドを騎士に任命した責任がある。そう簡単に見放す訳にはいかない。

 しかしそれが彼には気に食わないのだろう。何をされても愚痴一つこぼさず、淡々と事務的に処理をする、セザンにローランドはわざと角を立てるきらいがある。

 いったい何が不満なんだ……? と、その度セザンはわからなくなるのだ。

 傍から見てもガイアルスとキロプトの団長は仲が悪いと有名で。そのためガイアルスの団員はキロプトを毛嫌いしているし、キロプトの団員もガイアルスの団員から目のかたきにされていると、困ったことに騎士団同士で真っ向対立しているような状態だ。

『それよりローランド。お前はまた酒場の主人に悪態をいていたと聞いたが』 

『あ? いきなりそれこそ何の話だ?』

 酒場の主人はローランドと幼馴染おさななじみで、その上悪友らしい。不良騎士と酒場の亭主とは、手がつけられない組み合わせだ。

『客にもしょっちゅう喧嘩を吹っ掛けているそうだが、そのうち出禁になっても知らんぞ。シラフでも悪態いて生きていけるというのなら別に構わんがな』

『…………』

 起立したままのローランドとしばし雑談混じりの情報交換をして、途中、席を勧めたが彼は案の定断った。これもいつものことだ。

 現王からの密命が下った先はローランドだと想定し、対処すべく、彼を除いたラスクールに所属する全ての騎士団の団長を召集しょうしゅうする手筈てはずを整えるため、セザンは急ぎ屋敷に戻ったのだが、

 当の本人が来てしまってはな……

 この件にローランドは含めない予定が、崩れた。

 さらには、さっきから内心鳩が豆鉄砲を食ったように、ローランドをいぶかしむセザンの様子を、彼は不満に思っているようだ。話せば話すほど、ますますかたくなになっていく。

 ……はぐらかしは効かないか。こちらはお前の件以外もあって、それこそ手一杯なんだが。

 仕方ないかと、そこでようやく密偵の話を認めると、彼はやっと少し機嫌を直した。
 
『子供に関わった者は全員処分しろだと? 甘いな。正確には、新たなる王の血族に関わった者は根絶やしにしろとの下命だ』

 詳細な話に、拝命したのはローランドであるというくつがえせない事実を確信して、内心肩を落とす。

 下命は騎士の掃き溜めであるキロプトが、王の気に入りとなる絶好の機会だ。けれど──

『だが俺は、そのやり方は好かん』

 一瞬、思考が停止した。ローランドの口から出た、あまりに優等生な回答に、似合わないと率直な感想が浮かぶ。

 先程から覚えていた違和感はこれだ。見かけた悪事を率直に親へ報告しに来る、今日の彼はまるで……素直な子供のように、聞き分けが良すぎるのだ。

 従兄弟で歳も近いローランドは、セザンより二つ三つ年下だ。

 ローランドの父親は遠方へ出稼ぎに出ていることが多く、母親と二人で暮らしている。彼に兄弟はいない。

 それもあってセザンの両親は、ローランドの家と家族ぐるみの付き合いをしていた。セザンもローランドの世話を焼くのを、当たり前として育った。

 兄のように、ときには家を不在しがちな彼の父親のように、接してきた。が──

 私は、お前の親ではないのだが……

 これまでの彼の態度はおそらく、父親への反抗のようなものだ。

 てっきり自分はローランドに嫌われているものと思っていた。しかし嫌われていないのなら良かった。むしろこれは慕われている部類のようだ。

 行き着いた答えに茫然として、それから思わず込み上げてきた感情を抑える。

 数秒遅れてやってきた笑いをこらえていたものの、やがて限界が訪れる。

『らしく、ないではないか』

 うつむきがちに口元を手で押さえ、どうにか返答する。

 肩を小刻みに震わせるセザンに、ローランドは最初キョトンとしていたが、セザンにクックッと笑われていることに気付いた。顔をそむけ、舌打ちされる。

 同じ体勢のまま抑え気味に一頻ひとしきり笑って、少しすると、落ち着いた思考が戻ってきた。

 一刻を争う事態にも関わらず、穏やかな心境にさせてくれた。機嫌を悪くして、こちらと視線を合わせようとしないローランドの横顔を眺める。

 現王はローランドとセザンが従兄弟であるつながりを知りながらも、普段は荒事を好み手柄を立てるのを優先する彼の素行に目をつけたようだが。

 確かに一見するとローランドは、のし上がるためなら規律違反など物ともしない。

 だが好戦的で徹底した利己主義の塊のように見せながらも、その本質は弱者に優しく、己より力の弱い女子供に向けて手を上げるような真似はけしてしない。義賊のような男だ。だからこそセザンはローランドを騎士へ任命した。

 そんな彼が、現王のやり方に異議を唱えたのだ。ならば自分のすることは一つだ。

『──たとえあるじの意にそむくとも、勇者の血族を途絶えさせてはならない』

 決断したセザンをローランドは一瞬食い入るように見つめ、やがて満足したようにニヤリとした。

『わかっているじゃないか。俺が尻を叩くまでもなかったか』

 ローランドが下命をはいしたのはチャンスでもあった。 

 少なくとも現王がローランドからの報告を待っている間は、時間稼ぎができる。窮地にあって、こころざしを同じくする者たちを一度に逃がすことのできる、これは千載一遇せんざいいちぐうの好機だ。しかし、

『……調子に乗るな。そのようなもの、君に言われるまでもない』

『ふんっ、普段は品行方正の団長様が言うじゃないか』

『君は珍しく聞き分けがよくなった』

『口の減らない』

『互いにな』

『『…………』』

 バチバチと火花が散るにらみ合いもいつものことだ。

 そして闘心とうしんは、灯籠とうろうの火が風に掻き消えるように、収まる。

『すまない。私はお前に辛い役目を背負わせる』

『いまさらだな。ここに来た時点で俺は反逆者だ。とうに覚悟は決めている』

 真っ直ぐに視線を交わす。彼のまばたかない強い瞳が、雄弁に語っていた。心変わりなどありはしないのだと。

『そうか……』

 ソファーより起立して、セザンは腰元の剣を抜く。

 ローランドの前へいくとセザンはひざまずき、片手に握りしめた剣を横持ちに構え、朗々ろうろうと述べる。

『ならば私はこの命に懸けて誓おう。今より私は、お前と未来の英雄を守る永劫えいごうの盾となる。これは騎士としての正式な誓いだ。たがえることはないと心得こころえよ』

 剣を前に、鈍色に光る横向きの剣身に映し出された双方の姿は、約束のあかし

 ラスクールの騎士の間では、これが正式な誓いの儀となる。けれど通常は格上のものが格下相手に誓うことはない。

 セザンは騎士のなかでも国王直属の部隊にあり、その団長だ。最上位の地位を与えられた上級騎士である。同じ団長といえど、不良騎士のローランドはセザンよりも遥かに格下となる。

 そのセザンがローランドに一目置いてひざまずき、誓いを立てるのを、彼はおごるでもなく静かに見つめていた。

 真剣で、余分な感情が一切ない。先にあるものを悟った者の目だ。

『それと君の両親は責任を持って私が保護する。安心してくれ』

『……ああ、頼んだ』

 ──約束だ。

 互いの手の甲をコツンと当てる。

 途絶えることのない誓いと共に、セザンはローランドと固い悠久ゆうきゅうの絆を結んだ。





 それから程なくして、セザンは裏から手を回し、下命を受けた騎士と勇者の紋章を持つ子供を逃した。

 ローランドは子供の守護者となり、反逆者として追われる身となった。

 子供の両親を救うことはできなかったけれど、勇者の紋章を持つ子供は生きている。

 紋章を持つ子供を殺せば再び王家に精霊の加護が戻ってくると盲信もうしんし、紋章奪還だっかんのため新たなる血筋に汚名を着せた旧王族にとって、子供の生存はあってはならないことだ。

 王家は面目めんぼくを保つため、全てを隠蔽いんぺいをした。

 表向きは一族諸共もろともに子供も処刑したことにされ。子供を連れて逃走したローランドの背信はいしん事由は伏せられている。

 希望を残すことはできた。しかしこのままでは済まされないだろう。

 セザンにはわかっていた。旧王族は王家存続に際して致命的となる存在を、けして許しはしない。

 セザンは同じこころざしを持つ者たちを集め、影の騎士としてローランドと共にいる子供の守護に当たらせると。現王より密やかに下されたオルガノとローランドの暗殺の命を回避すべく、彼らに情報を伝え支援し続けた。

 王家を離脱した騎士たちが中心となって起こした反乱軍が本格的に動き出した後も、セザンは敵の本拠地にあって、その抑止となるべく残り。新たなる血筋を守るかなめとなった。

 その本意を知る者は少なく。子供の安全のため、件に関わった一握りの者のみが知るところとなり。セザンは裏切り者として孤高の道を歩むこととなる。
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