余命三日の異世界譚

廉志

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第六話 今後

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重苦しい蔵書室の空気。奴隷制度という負の歴史を説明したのだから当然であるが、それでも向かい合う二人の空気はよろしくない。
そんな空気を払拭するように、アエルは手を叩いて仕切り直した。

「さて、嫌な話も済んだし、次はもう少し面白い話をやろうねぇ」



黒板の文字を消し、次に書いたのは”各人種の国家”と言う言葉。

「各人種の有名な国について説明するねぇ。まずは人族。最も有名なのが、今ユーくんが居るこの国。モントゥ王国。人間の中では最も大きな国で、すなわち世界でも最大の国。格好良いでしょぉ?」
「お、おう……でも俺は城の中しか知らないからなぁ。規模と言われてもピンとこないけど」
「そのうち自由行動の許可がもらえると思うよぉ? で、この国は人間の国々をまとめる大国。その王様は”戦王”と呼ばれるほど戦に長けた方。ワング・ジ・アラム・モントゥ国王陛下。本当はもっと長い名前なんだけどぉ、長すぎるし使う機会もないだろうから覚えなくても良いよぉ?」

そう言いつつ、黒板の約三分の一を埋め尽くす勢いでチョークを走らせた。
読むだけで数分を要するであろう国王の名前に対し、「そもそも覚えようとしても覚えられねーよ」と心の中でツッコミをいれる雄一であった。
文字列で塗りつぶされたすぐ横に、次の名前を書き連ねる。

「獣人の王。ディアカ族長。フェンリルって言う太古の血筋を持つ王様で、人間との間で交流のある、獣人達を治めるお方だよぉ」
「やっぱり、獣人にも国があるのか?」
「もちろん……と言いたい所だけど、規模としてはすごく小さいの。各地に転々とある獣人の集落を取りまとめたのが、このディアカ族長なわけだねぇ」

「それじゃあ最後に」と言いつつ、黒板の端のスペースに文字を書く。

「最後はエルフの王。ステラ・ルツ・サーフェイス最長老だよぉ。私の生まれ故郷の一番偉い方でぇ、世界最強の大魔法使いでもあるんだぁ」
「あれ? でも、アエルってモントゥ王国の王宮魔法使いって言ってなかったか? 仕える相手が違うんじゃ……」
「人間とエルフは友好関係にあるからねぇ。定期的に技術交流をしているのぉ。私は人間の国に来て魔法を教えて、かわりにエルフの里には建築技術とかを教えに王国の人が行ってるの」

なるほど、とうなづく雄一。

「まあ私は居心地良くって、かれこれ百年くらい王国に仕えてるんだけどねぇ。人間の食べ物って美味しいよねぇ」
「感心して損したわ」

アエルはチョークを置いて、満面の笑みを浮かべて雄一の顔を見た。美人に正面から見つめられ、雄一は気恥ずかしく目をそらす。
両手を大きく広げて、やや興奮気味に口を開く。

「実はもうすぐね、この国で三国の王が集う会議があるの。パレードとかお祭りが盛大に行われるからぁ、すごく楽しくなるねぇ」
「ああ、面白い話ってそのことか」
「何せ世界的な大イベントだからねぇ。美味しいものもたくさん出るよぉ? じゅるり」
「さっきからそればっかりだな……」
「とまあ、この世界の基礎知識はこのくらいかなぁ。もちろんまだまだ説明は足りないけどぉ、時間がかかっちゃうからねぇ」

気がつけば随分と時間が経っているようだった。凝り固まった体をほぐしながら、雄一は大きく欠伸をした。
ふと、目に映る奥扉。アエルの登場によって有耶無耶になっていたが、異世界講座が終わって一息ついたことによって、雄一の好奇心に再び火がついた。

「なぁ、あの扉の中って何があるんだ? さっき誰か居たみたいだけど」
「え? あの扉はここ数十年開けたことは無いよぉ? 今日だってずっとここに居たけどぉ、ユーくんの他に誰も蔵書室には入ってきていないしねぇ」

首を傾げるアエルと雄一。
扉に近づいて指でなぞってみると、アエルの言うとおり、数十年分の埃が指先に乗った。扉を開いていたならば、積もらない場所の物だ。
だとすれば、ますます先程の体験に矛盾が生じる。雄一は、本当に幽霊が出たのではないのかと、背筋をゾッとさせた。
奥扉への興味は冷めて、むしろ不気味で近寄りたくない場所と化してしまった。

ひとまず、雄一の目的は達成されたと言って良いだろう。アエルと出会ったことによって、予期せず効率よく世界観について調べることが出来た。
加えて現状への再認識。元の世界に帰るという目的と、その難しさについてため息をつく。
しかも雄一に出来ることが実質存在しないため、このまま城の厄介になるしか無いのが辛い所。雄一は頭を掻いて、アエルに礼を述べてから蔵書室を後にした。












*    *


窓のない蔵書室から出てみると、すでに太陽が沈み始めて、窓から差し込む黄金色の光が廊下照らしていた。
結局、収穫はあったものの、雄一の午後の自由時間は勉強に費やされてしまっていた。勉学が苦手であると自他ともに認める雄一が、眠りもせずに逢えるの話を聞いていたのは、一重に、ワクワクするファンタジー世界の基礎知識が楽しかったからであった。
相も変わらず硬いパンの夕食を済ませると、なんとなく食後の散歩に出た雄一は、中庭の噴水縁に寝転びながら夜空を見上げていた。
夜空には満面の星空と、巨大に光る三つの月。召喚されて直後は二つだったはずだが、月は満ち欠けをするものである。先日は一つの月が新月だったらしく、三つの月がこの世界の基本らしい。

「けどどうすっかなぁ……お姫さんに任せっきりなのは仕方がないとして、やっぱり城の中での情報収集は限界がありそうだし……」

これから自分が何をすべきなのか。そして、自分に何が出来るのか。
決断を下すには、二日という日数は少なすぎる。もう少し様子を見ようかと思いもするが、やきもきする気持ちは変わらない。
飄々としているが、これでも雄一は焦っていた。異世界に召喚されて、元の世界の知人たちは今何をやっているのだろうか。施設の院長先生や、雄一が世話をしていた年下の子供たちは心配しているのだろうか。
雄一自身がこの世界にとどまることを望んだとしても、元の世界の親しい人々は混乱することだろう。捜索願いが出されて、大勢の人たちに迷惑がかかることだろう。
そんな人たちに、一声をかけることすら出来ない。結局のところ、雄一が元の世界に戻る他、解決策は無いのである。

片手を空にある三つの月に掲げた。二つの月を手で隠して、ようやく安心感を得る。
心躍る異世界生活。元の世界への焦燥感。入り乱れる感情を、見慣れた数の月の安心感で押さえつけた。


「何黄昏れてるのだ、気持ち悪い」
「……お姫さん?」


考えにふける雄一の顔を覗き込むのは、初日以降出会うことのなかったシルフィであった。
そばで待機していたデックスが慌てふためいて駆け寄ってきたが、シルフィはしばらく二人にしろ、と言う命令を下したことで、デックスは敬礼をしてから中庭を去った。
姿勢を正して噴水の縁に座ると、シルフィも雄一の隣にちょこんと座り込んだ。
肩がぶつかるほどの距離にドキドキする雄一だったが、横目に確認した、目の下にクマをこしらえた不健康そうなシルフィの顔つき。
アエルが言っていた、シルフィが休まずに研究していると言う話を思い出して、冷静になった。

「……おつかれさん」
「うむ、労いの言葉をかけるくらいの常識はあるようだな」
「アエルに聞いたよ。研究、頑張ってくれてるんだって?」
「こちらもアエル先生から聞いた。調べ物に熱心だったそうだな?」

二人の間に沈黙が流れる。先にそれを破ったのは、シルフィのため息だった。

「ふぅ……確かに、そのほうが効率も良いのかもしれんな。妾の研究も、かなりの時間を要するだろうしな」
「……三百年だか八十年だっけ?」
「もちろん、もっと早く完成するかもしれないが、逆にもっとかかる可能性もある。具体的な日数を確約は出来ないと言っておこう」

雄一は再び黙り込む。恐らく、彼にはシルフィを罵倒するなり、皮肉を込めて侮蔑するなりの権利はある。事実だけ述べれば、雄一は被害者で、シルフィは加害者なのだから。
しかし、シルフィの努力の具合は目に見える。そして何より、雄一は焦りこそあれど、シルフィのことを恨んでなどいなかった。
異世界に召喚される。こんな経験、やりたくても出来ない。未だ使用人の仕事しかしてい無くても、彼は異世界生活をそれなりに楽しんでいるのである。
シルフィはそんな雄一の表情を読み取ったのか、ふわりと微笑んだ。
噴水の縁から立ち上がり、数歩進んで夜空を見上げる。そしてボソリと、雄一に聞こえない程度の小声でつぶやいた。

「……すまなかったな」
「ん? なんだって?」
「いや…………ふっ、安心すると良い! 先程は少し弱音を吐いてしまったが、妾はシルフィ・ド・アラム・モントゥ! モントゥ王国第三王女にして、魔導師の位を持つ魔法使いである! ユーイチが元の世界に戻れるよう全力を尽くし、必ずやそれを成し遂げよう!」

振り返って自信満々に笑うシルフィの表情は、目の下のクマなど気にならないほどに輝いていた。
雄一は思う。彼女に任せていれば心配ない。心強い彼女の宣言を、自身の胸へと受け入れた。

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