余命三日の異世界譚

廉志

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第七話 始動

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異世界生活三日目。
朝日がようやく登り始めた頃、雄一はすでに本日の仕事に取り掛かっていた。
シンメトリーが美しい城の中央部。城の中でも何番目かに高い塔の最上部で、巨大な鐘をデッキブラシでこする作業。
大きなあくび立てながら、フランと共に鐘についた埃を落としてゆく。

「しっかし、こんなデカイ鐘があるなんて知らなかったよ。鳴ったことあるか?」
「数日前に鐘を鳴らす”ぜつ”と言う部分が破損して、修理に出していたそうです。ちょうど、今日のお昼ぐらいに取付作業があるそうなので、お昼の鐘の音は聞けると思いますよ?」

鐘の中を覗き込むと、本来鐘を鳴らすための重要な、フランが言った”舌”と言う部分がぶら下がっていなかった。

「なるほど……で、修理が完了する前に、ついでに掃除をしろと言うことか。二人で出来る大きさじゃないけどなぁ」
「それでも、ユーイチさんのお陰で取り付け作業までには終わりそうですよ」

日が昇らぬ薄暗い中から作業を始め、進捗具合は一割程度。ようやく登った朝日は、遮蔽物のない高い塔の最上部に居る雄一とフランに直撃した。
目を細めて手をかざし、陽の光に慣れるまで瞼を閉じては開きを繰り返す。そして、陽の光が敵対行動を終えた時、雄一の目には美しいものが映り込んだ。


「ふわぁ……すっげぇ」


思わず感嘆の息を漏らす。
異世界に召喚されてから二日間、城の内部で仕事に勤しんでいた雄一が、初めて目撃する外の世界。
朝日に照らされる王都の街並み。ヨーロッパの一等観光地に行ったとしても、お目にかかることが出来るかどうか分からない、整然とした街の風景。
ファンタジックな建物が列をなし、空中には空飛ぶ船。街を囲む城壁も、ファンタジーならではの光景だろう。
感動的な場面を表現するボキャブラリーのない雄一は、「すげぇ」と言う言葉を何度も繰り返し口にした。

「確かに、なかなか見れる光景ではありませんね。綺麗……」

雄一と共に街を望むフラン。金色の髪の毛が朝日に輝き、幼いながらもその横顔は、雄一の頬を染め上げるのに十分過ぎる美しさを備えていた。

「……? どうかされましたか?」
「あ、いや…………そんじゃま、残りの作業も終わらせちまうか」
「はい、頑張りましょう」

シルフィやアエルもそうだが、出会う女性すべてが美人というのも、異世界召喚の良いところなのかもしれない。
雄一は赤く火照った顔を、清掃作業のせいだと言い訳にするために、必死に鐘を磨き上げた。





*    *


鐘の清掃作業が終わった後も仕事は続く。
大量の使用人服が並ぶ地下の衣装部屋で、不器用なフランに服の繕い方を指導しながら、世間話に花を咲かせていた。

「そう言えば、今日はデックスさんがいらっしゃらないんですね」
「ああ。なんか、お姫さんが気を使って監視を解いてくれたみたいなんだ。あいつも晴れて、お役御免というわけだ」

先日の夜、中庭でシルフィと別れる際に、監視状態を解除すると宣告されていた。
元々、シルフィへの無礼への罰則として与えられていた監視役。一応の和解を果たしたために、そんなことをする理由が薄れてしまったのだ。
同様に、下男としての立場を是正して、客分に格上げしても良いと言われたのだが、雄一はこれは断っていた。
「働くのは嫌いじゃないし、面倒見なきゃいけないポンコツメイドが居る」と言うのが理由である。
元来雄一は面倒見の良い性格だ。児童養護施設の年長者として、年下の子供たちの面倒を見ていたのだから、その責任感も育ちゆえのものである。

「あ痛っ」
「大丈夫か? これで指を刺したのは一三回目だな」

フランの指は、すでに治療の痕でいっぱいであった。雄一は慣れた手つきでフランの手を取って、十三箇所目の治療を施した。

「何度もすみません……」
「良いよ。出来るようになるまで付き合ってやるから、めげずに頑張ろうぜ」
「ありがとうございます。じゃあその……午後からは料理のやり方を……」
「分かった分かった。勉強以外ならどんとこい」
「では洗濯も?」
「ああ」
「掃除も?」
「あ、ああ……」

薄々気づいていたことであるが、もしかしてフランは、メイドとして失格なのでは無いだろうか。ポンコツと表現したことも、あながち間違いではなかったのかもしれない。雄一は、少し顔をひきつらせてそう思った。
掃除洗濯なども、作業をすればするほど散らかす始末。逆に大人しくしてもらった方が作業が進むほどなのである。
屈託のない笑顔の少女は、手のひらを雄一に向けてかざした。

「……ん? 何?」
「約束する時に、このあたりの地域ではこうやるんです。お互いの手のひらを合わせて、とある呪文を唱えます」
「指きりげんまんみたいだな。針を千本飲ませるのか?」
「は、針を千本は辛そうですね……」

喉を押さえて顔をしかめるフラン。
雄一はフランが差し出した手のひらに、自分の手を合わせた。フランは目を瞑って口を開く

「『鐘が鳴ったぞ聞こえたか。鐘の音綺麗だ聞こえるか。聞こえたならばハッとしろ。聞こえぬならばホッとしろ』」
「…………どういう意味?」
「『鐘の音が聞こえる』と言うのは、この国では『やましい事がある』事の比喩表現なんです。なので、鐘の音は道徳の象徴とされています」
「おお、異世界っぽい言い回しだな。で、これで約束完了ってわけか……結局、何を約束したんだっけ?」
「……とりあえず最初は、裾上げが出来るように教えてください」

つまり、彼女に炊事洗濯掃除などの家事全般を覚えさせるまで、雄一の耳には鐘の音が鳴り続けるという事らしい。


ゴーン!


鐘の音が響いた。重低音の綺麗な音色。絶妙なタイミングで鳴ったその音に、驚いて自分にやましい事があるのではと考えた。
しかし、思い返してみれば本日の早朝。鐘の掃除をしていたことを思い出す。お昼には部品の取付作業が終わり、鐘の音が聞こえるとフランが言っていた。
つまりこの音は、その作業が完了したという証であり、今話していた比喩表現とは関係ない物なのだ。

「ちょっとビックリしちゃったじゃねぇか」
「どうしました?」
「いや、あんな話の最中に聞こえたら驚きもするだろ。けど、もう昼なんだな。そろそろ飯の時間…………は?」

鐘の音が鳴ったということは、お昼過ぎの時間帯。昼食を含めた昼休憩である。
食堂へ向かおうと衣装室の扉を開き、廊下に出た。
しかし、雄一は強烈な違和感を感じ取って立ち止まる。

「なんで……暗いんだ?」

太陽が真上にのぼる時間。窓が大量にある廊下には、陽の光が照らして明るいはずだ。少なくとも、魔石の光が必要なほど暗い訳がない。
しかし現に、廊下は魔石の淡い光が照らすだけの暗闇が続いていた。


「た、助けて!」


廊下の端の曲がり角。雄一と同じ服を身にまとった使用人が、必死の形相で駆け寄ってきた。
発する言葉の意味とその表情を見て、異常事態であることを察知する。
どうしたのかと尋ねるも、その使用人は次の言葉を繰り出さない。どころか、その身を床へと突っ伏して、ピクリとも動かなくなった。
駆け寄ろうとするが、その様子に雄一の足は止まった。
倒れた使用人の背中から生えるナイフ・・・。そしてその向こう側から歩み寄る、フードをかぶった人間。顔は見えないが、体型から女であることが見て取れる。

「あら、まだいたのね。お姉さん嬉しいわ。くふっ、くふふっ」

不気味な笑い方をするその女を見て、雄一の体から冷や汗が吹き出した。
刺した? あの女が? 使用人を?
額から流れた汗が床へと落ちる。体がこわばって動かない。

ゴーン!

再び鐘の音が鳴った。その音に雄一の体の硬直は溶けて、意図せず聞こえたそれは合図となった。

「逃げるぞフラン!」

フランの腕を掴んで、全速力で駆け出した。





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